4-16 死に戻った少女は、師匠を今度こそ守りたい
スキルを持たないまま高ランクの冒険者となったウィルトゥスは、弟子を取るよう依頼される。
そこに現れたのは、見ず知らずのはずの少女リネアだった。
「食事が偏りすぎです! もっとちゃんと食べてください!」
「その依頼受けるんですか? ならもう少し準備していきましょう、なんでもです。」
「師匠は、私の前からもう居なくならないですよね……?」
住み込み、過剰な世話、そして不自然な執着。
「貴方は、絶対に私が守りますから」
弟子としては奇妙なその一言から、静かに何かが動き始める。
「あー……今日の依頼は、洞窟に住み着いた巨大な毒蛇の魔物の討伐、だっけか?」
依頼書を見て確認のためつぶやく。
ただでさえ面倒な蛇の魔物、毒持ちで、種類さえもわかっていない。
ポケットに突っ込んでいた保存食を一齧り。
味もわからないままに依頼に記されていた洞窟へと向かう。
しばらく歩き、目的の洞窟を進むと、目標が存在していた。
威嚇をしてくる蛇型の魔物。大人三人の高さは裕にある洞窟のその大きさに、負けず劣らずな存在感を放っていた。
毒を飛ばしてくるとか、そんな雰囲気はない。もしそうだとしても十分対処できる、と判断する。
「俺もこれが仕事なんだ。申し訳ないが、許してくれよ」
剣を鞘から抜き、油断はせず、軽く構えながら歩いて近づいていく。
魔物は突進してくるが横に回って回避し、すれ違いざまに首へ向かって剣を振り下ろす。
「疑似『スラッシュ』、なんてね」
依頼を終えてすぐ、普段はめったにない組合からの呼び出し。
それだけ緊急事態か重要な事と言う訳で、つまり大抵ろくなものじゃない。
扉を押して中に入ると、見慣れた机と、見慣れた顔がいくつかあった。
書類の匂いと、朝の少し湿った空気が混ざっている。
「ウィルトゥスさん、こちらへ」
呼ばれて椅子に腰を下ろす。向かいの職員は、どこか言いにくそうに視線を泳がせていた。
「今回はちょっとお願いがありまして」
「とりあえず用件は聞きます。聞いた上でどうするかは……内容によりけりで」
それなりに顔見知りの職員だったからか、曖昧な苦笑いが返ってくる。それなりに面倒なものを押し付けている自覚はあるのだろう。
さっき熟した毒蛇の依頼も、俺が受けなければ他の実力者へ緊急依頼として回されていたであろう案件。
だが反応から、切羽詰まったお願いではなさそうで少しだけ安心する。
「それがですね、上からお達しがありまして。高ランクの方へ後進の育成を依頼してほしい、と。簡単に言えば、弟子を取っていただきたいんです」
「断った時の罰則は」
「特には。ただ、受けていただけるとこちらが助かります。あと育成を理由に緊急の依頼を断れたり、多少ですが報酬も出ます」
「スキルを一つも持っていない俺に何か教えられるとでも?」
「またまたご謙遜を。たとえそうでも現在活躍されていることに変わりはありません。スキルのことを持ち上げる世論もありますが、私どもはあなたを正当に評価しているつもりですよ」
面倒だとは思うが、断るほどの理由もない。
「分かった。何人か見るだけ見ればいいんだな」
「はい、志望者はすでに集まっていますので」
別室に通されると、数人の若い連中が並んでいた。緊張した様子でこちらを見ている。
順番に話を聞いていくが、似たようなやり取りが続く。やれ「これから成長していきたい」、「あなたの元で学びたい」、「あなたの戦い方に興味がある」。
どう成長したいのか聞いてみれば、言葉に詰まってスキルの育成や剣技といった目先のテクニックばかり。もちろん考えは間違いでないが、それなら俺じゃなくてもいい。
「閲覧、許可します」
一人がそう言って、軽く手を上げる。こちらも形式的にそれを確認する。
登録されているスキル情報や身体情報などを確認しても、特に何か思うことはない。
滅多にいないらしい金のスキルを持っている志望者もいるが、ただそれだけ。
「やっぱスキルって大事ですよね」
別の志望者が、少し自信ありげに言った。
「まあ、あった方が楽だろうな」
それだけ返すと、少し拍子抜けしたような顔をされた。別に嘘は言っていない。
スキルを一つも持っていない俺にスキルの良さを説くなんて、果たして俺のことをどれだけ知っているのだろうか。
何人か見終えたところで、正直なところ誰でもいいという結論に近づいていた。決め手に欠ける、というより、どれも似たり寄ったり。
そろそろ適当に決めるかと思ったところで、扉が少し乱暴に叩かれた。
「失礼、します……!」
息を切らした声と一緒に、一人の少女が入ってくる。部屋の空気がわずかに止まった。
年はまだ若い。だが、妙に目だけが落ち着いていた。
「ウィルトゥスさん、ですよね」
「──初対面だと思うが、顔を合わせたことがあったか?」
「あー、この辺りで有名な方だったので……それに志願に来たんですから名前を知ってるのも当然じゃないですか」
言いながら、わずかに視線が揺れていた。その時、後ろにいた組合員が首をかしげる。
「……リネアちゃんって、この前『他人にあんまり興味ない』って言ってなかったっけ?」
間髪入れず、少女は前に一歩出た。
「この人は別なんです!」
食い気味だった。部屋の中が一瞬静まる。
「……そうか」
それ以上突っ込む気も起きず、適当に流す。
「志望ってことでいいんだな」
「はい。お願いします」
迷いがない。形式的にただ尋ねる。
「一応、スキルやらを見せてもらっていいか」
「……はい」
短く答えて、彼女が許可を出したため内容を確認する。
「へえ、虹スキル持ちか」
それだけ口にする。周囲がわずかにざわついたが、特別どうこう思うわけでもない。
たしか金よりも珍しい、とは聞いたことがある。ただこの子の虹スキルは表示が「???」になっていて内容までは分からない。まだ発現していないのか、それとも隠しているのか。
視線を上げると、彼女は少しだけ不安げに瞳を揺らしていたが、すぐに表情を取り繕う。
息もまだ切れてはいるが、なかなか隙を見せていない立ち振る舞い。
なんとなく、興味をもったのは確かだった。
「それで、どうしますか?」
職員が控えめに聞いてくる。
「この子で頼む」
気づけばそう言っていた。多少なりとも光るものがあった、そういえば納得するだろう。
「ありがとうございます、師匠」
少女──リネアは、へにゃりと顔をほころばせて笑った。
ほんの一瞬だけ力が抜けたように見えた。
手続きを済ませ、組合を出る。後ろから小さな足音が一つ。
「……家までついてくるつもりか?」
「何か問題でも?」
「そりゃお前にも住んでいる家とかあるだろ」
「もし良ければ、あなたの家に住み込むつもりです、私のはどうせ借りてる宿ですし。あとお前っていうのやめてください。私の名前はリネアです」
「荷造りとかは──」
「特に必要ありませんね。冷蔵庫の中もカラでしたし、持ってきたいものはこれから作っていきますので」
……ホントにこの子で良かったのか?
ちょっとだけ不安に思いつつも、それ以降会話もなく、そのまま家に着く。
背後からやけにリネアからの視線は感じたが、それだけ。
鍵を開けて家の扉をくぐると、いつもの空気が流れた。
中は簡素だ。余計なものは置いていない。見える場所にはせいぜいソファに椅子と机、あとは武器の手入れ道具が置かれている。
「まあ適当にくつろいでくれ。俺も好きにさせてもらう」
いつも通り、棚から栄養食を取り出す。封を切ろうとしたところで、後ろから声がかかった。
「……それ、やめてください」
手が止まる。
「は?」
振り向くと、リネアが真っ直ぐこちらを見ていた。
「そればっかりじゃ、体に良くないです」
「別に問題はない」
「あります」
言い切って、そのまま台所の方へ歩いていく。勝手に棚を開け、食材を確認し始めた。
「……おい」
「少し待っててください。……何もない」
リネアの目の前にはカラの冷蔵庫。そりゃあそうだ、ここ最近栄養食と携帯保存食以外は買った覚えがない。
さっきは彼女のことをとやかく言ったが、俺も人のことを言えなさそうだ。
「食材買ってきます、表の鍵は開けて待っててください」
「俺、戸締りはしっかりする派なんだが?」
「その習慣はぜひ続けてください、師匠の為にも。それで、師匠のために料理、作ってもいいでしょうか」
「やりたいならやればいいんじゃないか」
「ありがとうございます! 行ってまいります!」
「ただいま戻りました」
手持無沙汰になりなんとなく武器の手入れを始めていると、数分足らずでリネアが帰ってくる。
ここから一番近い店でも往復だけで十数分くらいかかるはず。相当急いで帰ってきたらしい。
「それじゃあ、もう少しだけお待ちください」
俺でも仕舞った場所を忘れかけていた包丁やまな板を棚の奥から取り出し、リネアは持ち帰った食材の調理を開始していく。
初めて来たはずだろう、と言いかけて、やめた。料理に慣れているならばそれくらいなら察知できるのかもしれない。
迷いのない慣れた手つきだった。包丁を握る動きも、火の扱いも、恐らくは無駄がない。
しばらくして、簡単な料理が並ぶ。湯気が上がっている。
「どうぞ」
椅子に座って一口食べる。悪くない……どころか美味しくすら感じた。
顔を上げると、リネアがこちらを見ていた。
妙に柔らかい目だった。まるで大人が子供をあやすような。
少しだけ、居心地が悪い。
「……なんだ」
「いえ」
リネアが首を振る、が目線はそのまま。
しばらく無言で食べる。静かな時間だった。
やがて、彼女がぽつりと口を開く。
「貴方は、絶対に私が守りますから」
手が止まる。
俺は仮にも彼女の師匠となったわけで。
「……普通逆じゃないか」
思ったままを返すと、彼女は小さく笑った。
「それでも、です」
その声は落ち着いていて、冗談には聞こえなかった。
今日が初対面のはずなのに、その言葉だけは妙に嘘に聞こえなかった。





