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4-17 魔法使い、その恩讐について

魔法を使える人間、すなわち魔法使いが社会の主人公となり数百年が過ぎた。不死身である魔法使いの王、大魔王による圧政は続き、人間と魔法使いの対立は深刻化していた。

一方その頃、プライドの高い魔法使いの中でも一際プライドの高い魔法使い、「フォート」は、その魔法の危険性から大魔王に200年もの間封印されていた。フォートの元へやってきたのは人間の青年「カノン」。フォートはカノンによって封印を解かれ、大魔王討伐に向けた魔法対抗戦線に勧誘をされるもあえなく決裂。瀕死の重傷を負う。

辛うじて魔法での蘇生が成功したフォートだったが……。

 私は上空10,000メートルを浮遊する球体に閉じ込められていた。光沢の無い黒でアダマントを中心とした合金に、魔法による結界が何十枚か重ねられている。

 囚われの身でありながら理解できたのは、私が天才魔法使いだから。


 浮遊する球体の内部は、段差すらなく球状にくり抜かれている。密閉された空間には通風口や光源も無いため、呼吸はできないし視界は暗黒。生存できているのも、私が超天才魔法使いだから。


 私は大魔王から魔法の研究を禁止されている。好奇心と魔法で何もかもを解き明かしてしまいたくなるから。205年もの間、摩訶不思議な牢屋に閉じ込められているのも私が超絶天才魔法使いだったから。


 要するに、私は封印されている。

 天才は理解されず、孤独なものである。現に、あまりに退屈で死にそうだ。絶対に死なないけど。



 何もすることが無さすぎてぼーっと天井を眺めていたところ、突然視界が開けた。球体の上半分が消し飛んだのだ。雲ひとつない青空が広がった。200年目にして、初の予想外だ。しかし、私ですら破壊に難儀しそうな物体を瞬間的に消滅させるなんて。一体何が起こったのだろう。

 好奇心が頭を埋めつくし、即座に断面の観察を始めた。背中側にいる、何者かの魔力反応などどうでも良い。断面にピッタリと顔を寄せる。青白い光に照らされて、合金の緻密な積層構造がキラキラ反射する。



「んー断面めっちゃ綺麗。無かったことにする系……? いや、魔積重そうだし空間転移? でも浮遊魔導だけ残して防護魔導消してっから、相当器用なことしてね? これ大魔王製だし、大魔王かそれ以上の手練ってわけー? すご」



 独りごちながら考察していると、



「取り込み中申し訳ないが、俺に気付いてるよな?『解』の魔法使い。 ……まさか別人じゃないよな?」



 奴は背後から話しかけてきた。振り返ると、灰色のローブを目深に被った細身の男が浮いていた。ローブは男の体を足元まですっぽり覆っていたが、若々しく日焼けした手には長い杖が握られている。魔力操作用の触媒だろうか。



「これさー、壊したのお前?」


「ああ、そうだ」


「どうやったの? めっちゃ綺麗なんだけど」



 私の質問に男は答えず、懐から小さな紙片を取り出して、私とそれを交互に見比べた。



「えっと……白のつば広とんがり帽、青白いドレスを着た古風な魔法使いの見た目。……白い肌に白い髪、青の目。そしてスレンダーな体型。

 ……よし、文献に合致しているな。間違いなく『解』の魔法使いフォートか」


「……きっっっっしょ」



 ベラベラ容姿を語られて気持ち悪いので指先を向けると、男は私に向かって防護魔導を展開した。おそらく全力で。半透明の青い光の壁が何層も、バチバチとプラズマを迸らせながら男を包んだ。かなりの防御力を有しているので、私でも突破に2秒くらいかかりそうだ。

 ここまで警戒されると思ってなくて、すこし萎える。 


「待て、待つんだ。『解』の魔法使い、フォート。 君は相手の全てを知っていないと気が済まないのだろう?

 しかし君に指先を向けられることは、人にとって死を意味する。不用意な脅しはよせ!」


「脅し? 私が解るのが先か、お前が自己紹介するのが先か、順序が入れ替わるだけでしょ?

 ちょっと素性が割れたり、わかった対象を分解できるくらいだし。めんどくさいなーお前」


「……お前はともかく人は分解されると死ぬ。君の封印を解いてやったにも関わらず、君に殺されては仕方がない」


「なんだとー、人を人外みたいに言いやがって」



 実際人外みたいなものだが、そんなに警戒しなくていいだろう。

 今も男は両手をこちらに向けて、全霊で防護魔導を展開している。アリクイの威嚇のようだ。

 しかし本当に妙だ。外側からでもあの球体を壊せるなら、相当な実力者なはず。いちいち、強者の挙動じゃない。私は男の素性がどうしようもなく気になってしまった。


 そうと決まれば、指先を男に向けながら、浮遊して近付づく。対話を優位に進めるには、単純な暴力を持ち出したほうが早いから。



「だ、だから脅さないでくれって俺は対魔法戦線の者だ!」



 男はローブの上からでもわかるほど、息を荒くして叫ぶ。対魔法戦線とか言ったな。なかなか不遜な響きだ。もう少し近づいてやろ。

 私は瞬間的に、防護魔導から10センチ程の距離まで近づいてやった。



「俺は君を説得しに来たんだ! 

 な、なんか言えよ! なんで何も言わずに接近してくんだ!」



 男は警戒をとかずこちらに杖を向ける。ちょっと反応面白いなこいつ。魔法使いを説得か。面白いことを言うやつだ。


「それで君さ、どうやってあの牢屋を壊したの? 強いんでしょ、本当は」


 私は指先から魔力の光線を出した。雑に高出力のエネルギーをぶつけられた防護魔導の壁は、たちまちにスパーク。バチバチとけたけましい音を立てた。


「ひ、ひいぃぃっ!! やめろっ! まっ、魔導具が壊れるっ!」


「さっさと答えないと壊れちゃうぞー? 壊れたら浮遊すらできなくなるんじゃない?」


「た、対魔法戦線は……魔法使いに対抗するために活動してる集団で君には是非とも協力をだな!

 って、本当に壊れるからそのビーム撃つのやめよ!」



 本当に話が通じない。

 奴が持っている杖は、逆流する魔力に耐えきれず煙を上げている。本当に魔導具を持ってきているだけの一般人だったらしい。魔導すら自力で使えないのだろう。

 たとすれば、どうやって魔法の壁を破った? 魔道具では到底できそうもないほど魔積……つまりコストが大きい仕事だ。なにか切り札を隠し持っているのか? どうしようもなく興味がそそられてしまう。さっき魔法使いに対抗とかっていうクソつまんないことを言っていたが、そんなことはどうでもいい。

 私は防護魔導の壁に指を差し込み、強引にこじ開けた。


「は、はぁ!?」


 メキメキと音を立てて壊れた青白い壁を前に、負けず劣らず男の顔面は蒼白だった。


「ねー、お前さあ。さっさと『解』らせてくれないかなー? こちとら200年黒い天井見続けて退屈しまくってるんだけど。説得とかどうでもいいから、さっきどうやって私の牢屋を壊したかだけ教えてくれない?」


 痺れを切らした私は、男のすぐ側で笑いかける。

 男は吹っ切れたのか、杖を握りしめて私を見据えた。


「いやいや俺は君を『大魔王殺し』の遠征に参加するよう説得に来ただけだから!

 君の牢屋を壊した手段なんて、今はどうでもいいだろう?」


「……大魔王、殺し?」


 滾りに滾った頭に、冷水をかけられたような感覚があった。わざと違う話をし続けていたのに、あの男の話を耳にして本題に戻されてしまった。

 

「それはつまり……私を封印した大魔王を殺すってこと? 私がそいつを憎いと思っていると?」


「そうだ! 君を封印し、民を圧政で苦しめるあの憎き王を何としてでも仕留めなければ、人間の時代は一生来ない。だから、大魔王を殺すんだ。

 君も憎いだろう? 君を200年も閉じ込め、魔法を奪っていった、あの傍若無人の大魔王が!」


 奴はそう言って、ローブの下から、笑顔を覗かせ手を差し伸べた。


 解ったことがひとつある。こいつは人間だ。少しでも面白いかと思ったが、他の人間と同様に底が知れている。あいつが死ねば全てが解決すると思っている。

 おそらく私の牢屋を壊せたのも、きっとまぐれだ。魔法を、舐めるな。

 


「ぶっ殺してあげるよ。お前に私のことが解ってたまるか」


 

 何百年振りだろう、全霊で魔力を迸らせたのは。私はついに魔法を両手から展開した。

 手から伸びる青い魔力の糸は、触れた対象の構造を緻密に理解する。魔法であろうと例外でなく、全てが解る。そして、構造が解ったものは当然の如く分解できる。

 これが私の『解』の魔法。大魔王からも封じられた最強の魔法なのだ。


「じゃーね、形だけ似た劣等種族。微粒子レベルに砕けて消えて」


 両手から伸ばした無数の糸は男の姿を一瞬で包んだ。一本一本が質量を持ち、高濃度の魔力を持った触手。人体が触れれば瞬間的に蒸発するだろうが知ったことでは無い。私は残滓からでも奴の所属先を知り、徹底的に分解するのだ。

 私が男の情報に触れた、その瞬間だ。両手に鋭い痛みが走った。


「ッ……!」

 

 そして目の前から、魔力の触手が消え、男の姿も同じく消えた。どういうことだ、触れたはずなのに何も解らなかった。痛覚だってとっくに魔法で消していたはず。さらに私だけが、その場に取り残されたのだ。今の一瞬で何が起こった?


「そんなに気になるなら、教えてやろう。魔法使い」


 背後から、声が聞こえた。


「これは魔剣。魔法を無効化して、魔力を霧散させる退魔の剣。お前らを殺すための剣だ。お前の魔法でも解析できなかったようだな」


「人……間め……!」


「人間? ああ、俺の名はカノンだ。じゃあな、お前とは違う出会い方をしたかったぜ」


「カノ……ン!」


 振り返ろうとした瞬間、私の体は崩壊する。

 200年もの間永遠を保ち続けた体が朽ちていく。浮遊用の魔力もなく、ただ上空10,000メートルに投げ出される。

 抗う術はない。根源的な消滅の恐怖が、胸の奥から湧き上がった。せめて無事な部位を切り取って、魔法で体を再構成出来れば。


 私は、かろうじて無事だった頭部に魔法をかけて糸で首を切る。構造は理解している。体を再構成させ、再誕させるのだ。


 そして一縷の望みにかけて、意識を手放す。

 魔剣、そしてカノン。次こそ貴様らを理解してやる。

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