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4-14 令嬢たちのウメダ・ダンジョン脱出記――賢者さま、ほんまにこちらでよろしいのん?

その内部では距離感も時間感覚もおかしくなるというウメダ国の広大なダンジョン、その名もウメダ・ダンジョン。モンスターが現れ、この世界の物とは思えぬ宝物を目的に冒険者たちが挑戦し、そんな彼らを目的にしたナニワ商人たちが露店を開くカオスな迷宮だ。


 心配性の辺境伯令嬢のアンと、見た目と違ってやんちゃな侯爵令嬢、レティはそんなウメダ・ダンジョンで迷子になった。


「どうして? 聖なるイズミの広場が消えてます!」

「あかん~、ゴブリンたち、追いついてきたんとちゃう?」


 ピンチに陥った二人は異世界の賢者を召喚する。彼はどうやらウメダ・ダンジョンに詳しそうで……。


二人の凸凹ご令嬢がカオスな迷宮から異世界賢者のサポートで脱出するまでの騒動記。

 もう体力の限界だ。


 アンリエッタ・ラ・ディアンジェロは、石造りのダンジョン通廊を全速力で逃げていた。

 もうすでにどこがどこだか分からない。


 軽装甲とはいえ戦士が着る鎧を身にまとっているアンリエッタだ。金属鎧と装備がぶつかり合うガシャガシャという音がダンジョンの中を響き渡る。いつヤツらが追いついてくるか……巻き上げられた栗色の髪もすでにほつれている。


「アン~、ゴブリンたち、もう追ってけぇへんみたいやよ~」

 アンリエッタの背面、腰のあたりからふんわりとした声がかけられた。

 由緒正しきオオサカ言葉である。声主の性格からなのか、この状況でもノンビリとした口調だ。


「レティシア様、ヤツらはしつこいのです。早く出口にたどり着かないと!」

 アンは肩口から突き出たロングスカート姿のお尻へ叫んだ。

「レティシア様はドウヤマ入口から入られたんですよね?」

「せやよ~」

 アンの腰あたりから上下に揺れる声が返ってくる。

 レティシアはアンの肩に担がれているのだった。レティシアの美しく長い金髪がアンのしっぽのように跳ねる。


「うち、重たいやろ~、ごめんなぁ」

「まったく大丈夫です。タワラを担ぐより軽いです」


 乗馬ドレス姿の淑女を肩に担いで走るアンは、こう見えて伯爵令嬢である。大柄で、幼い頃から使用人たちの作業をよく手伝い、周囲の者たちを慌てさせ、呆れさせ、そして好ましく思われていた。

 舞踏会よりも武道会よ! というアンは剣を習い、自領であるトガノ地方の警備隊にも所属しているほどであった。

 それなりの姿をすればハッと見惚れるほどの美しさだが、このような(さま)に伯爵も頭を抱えているという。


 一方、担がれているレティシアはその領地の隣であるドウヤマ地方の侯爵令嬢であった。見る者を思わず和ませる愛らしさながら泰然自若として穏やかな物腰。貴婦人たちにも人気のお嬢様だ。


 ウメダ国の辺境の地で隣りあうトガノとドウヤマは領主同士も仲が良かった。

 その娘たち、アンとレティシアの出逢いは3歳の時だった。体格も性格もまったく違う二人だが同い年ということもあったのかすぐに仲良くなり、それから13年――ただいま二人は仲良く逃げ回っているところである。


「痛っ!」

「ほら~、脚が()ってたんやろ。ムリしたらアカンって」

「でも!」

「アンは心配性やねんて」

「れも……」

 アンは涙声になり鼻水を盛大にすすり始めた。

「ここはウメら・らンジョンなんれすよ? レティに何かあっららと思うと――」

「いいから落ち着きて~。ディアンジェロ伯爵令嬢がはしたないやろ~」

「誰のせいれ、こうなっれるんらろ思うんれすか!」

「美人さんのお顔がぐちゃぐちゃやよ~」

「あーん! レティがイジワル言うー」

 淑女同士とは思えない。



走ることしばし。


「あ……」

「どん突きや……」

 二人の前に壁が立ちふさがっていた。


「どうして? 聖なるイズミの広場があるはずなのに……」


 イズミの広場はウメダ・ダンジョン内部にあり、二人の領地を結ぶ場所にある。結界が張られ、徘徊するモンスターも近寄ってこない。


 アンは肩に担いでいたレティを下ろしてへたり込むと、ダンジョンの石壁に背中を預けた。もう走れない。


「ちゃんと見張ってるから安心してラクにしーや」

 レティがその傍らに立った。


 ぐしゃぐしゃの顔で見上げるアンは籠手越しに鼻水を拭った。

「レティがダンジョンから帰ってこないって聞いてもう心配で心配で! 近道だからって気軽に通ってきちゃダメって言ってますでしょ!」

「ごめんなぁ」

「……」

「ウメダ・ダンジョンって冒険者目当てにおもろい品売ってる商人たちも居てるやん?」

「……」

「いつも通ってる筋からちょっと横にズレたんやなぁ。護衛たちとも、はぐれてしもてなあ」

「……」

「ちゃうねん、ちゃうねん! ほんの入口んとこやん、イズミの広場やったら変なん寄ってけーへんし……って、アン、めっちゃ怖い顔してる~」

「レティシア・エルメ・ルミエール侯爵令嬢」

「あかん、アンが怖いこと言う時のしゃべり方や……」

「ここは通廊も中もコロコロ変わるんですよ?」

「でも、聖なるイズミの広場は変わらんやん」

「デモもヘチマもありません!」


 ウメダ・ダンジョンの内部は特殊な魔法がかけられていた。

 流れる時間感覚も距離感もおかしくなるのだ。おかげで距離のある場所でも短く感じたりする。トガノとドウヤマのお互いの領地を結ぶルートは常に整備され旅人や商人たちが近道をするほどであった。

 二千年前、異世界から来た勇者が造ったという広大な迷宮。深部に行けば世にも珍しいお宝が眠っているとか、見たこともない怪物が現れるそうだ。


「でもまさか、あんな所にゴブリンたちが居たとは……」

 このままではゴブリンたちが来る。

 イズミの広場はどこに消えてしまったんだろう。


「せや!」

 レティは胸元に付いていた大きなブローチを外した。

 身の危険が迫り、本当にどうしようも無くなったときに強く握り祈れという言葉と共にルミエール家の女性が代々受け継いできたアイテムだった。


 かつて貴族の令嬢がそんな身の危険に陥ることはなかった。少なくともレティまでは。

 今こそその時。レティはブローチを握りしめた。


 ブローチが一瞬振動し、強い光が噴き出した。へたり込んだアンの横の石壁に当たると、そこに小さな鏡らしき物が現れた。アンの肩幅よりも小さく、境目はユラユラとぼやけている。


 二人が呆然とその揺らめく面を見つめていると、何かが映し出されてきた。


 通廊のようだ。こことは違い、この世の物とは思えないツルツルの美しい壁に男が一人、だらしなくもたれていた。


「これは……なんでしょう?」

「絵、なんやろか? あ、動いたわ」

 鏡のなかの男が床面に力なく崩れ落ちた。

 アンが思わず声をあげた。

「そこのお方、大丈夫ですか?」

 さすがはご令嬢である。レティと二人きりの時とは違い毅然とした声音である。


 声に気づいたのか、男は立ち上がるとヨタヨタと近づいてきた。片手をあげると何事か話しかけてくる。

「え? お酒くさい!」

 声に反応し、おまけにニオイまで出てくるとは。

「これ、絵やないってこと?」

「魔法ですよ! こういうゲートがあるって聞いたことがあります。どこかに繋がっているのかも!」


 男は見たところ二十歳過ぎくらいであろうか。見たことのない服装だ。貴族や軍人の正装スーツに似ているが上下とも黒ずくめ。首元には濃いブルーの帯が巻きつけられ垂らされている。生地はしっかりとしていてさぞ高級な物だろう。

 どこか異国の貴族なのかもしれない。泥酔しているが。


 ワラにもすがる思いでアンは訴えた。

「わたくしはトガノの伯爵の娘です。助けてくださいませんか?」

 男はぼやけた表情で何語かをしゃべっている。

「え? ガイジン? コスプレ? 何を仰っているのかわかりません……」

 レティが小窓を覗き込んだ。

「うちはドウヤマ侯爵の娘、レティシアです~。ゴブリンたちに追われてるんです~」

「カンゲイカイ……ノミスギタ? だめ……何を言ってるのか……メチャクチャビジンって何語なんでしょう」


 必死な二人の姿に男は多少まともな顔になってきた。

「なにゆうてはるんやろ……ケイサツ? ソネザキ?」

「ソネザキですって?」

 ソネザキはウメダの中でも強力な軍隊を持つ地方だ。ダンジョンの治安維持にも大きく貢献している。

「ソネザキをご存じ?」

 アンに希望の光が見えた。この男は何者? ひょっとすると賢者? レティのブローチは賢者の召喚アイテムだったんだ! ソネザキへ行けばなんとか……道を教えてもらおう!


「ゴブリンたち来たみたいや~」

 追いかけてきた3体が近づいてきているようだ。

 ゲートは小さい。あるいは身体が通れば逃げられるのに!


「ふぁいあ~? なんやわからんけど……そうそう、ふぁいあ~なんよ」

 レティが小窓越しに会話している間にゴブリンたちが通廊の角から現れた。

 見つかった。

 松明を片手に奇声を上げて近寄ってくる。


 大きな筒が小窓から突き出されてきた。なにこれ? アンの腕よりも太くずっしりと重い。赤い鋼鉄製だ。黒いロープのような物がついており、握りしめる棒が突き出ていた。

 きょとんとするアンに賢者は、「ショウカキ!」と繰り返しながらロープを掴んでレバーを握るジェスチャーをする。

「アン~!」

 レティの悲鳴にアンが振り向くと目の前にゴブリンたちが迫っていた。

「キヒャヒャーー!」

 奇声を上げ飛びかかってくるゴブリンに向け、アンはレバーを握りしめた。

「ショウカキッ!」

 呪文を唱える。


 聞いた事のない凄まじい音とともに白い噴射がゴブリンの顔面に叩きつけられた。

 もんどりうって吹き飛ぶゴブリン。松明の炎は消え、パニックになったゴブリンたちは、ギャアギャアと叫びながら逃げていった。


 アンは噴射が止まったマジックアイテムを下すと疲れきった表情で男に微笑んだ。

「ありがとうございます。なんとか撃退できました」

 小さな窓越しに握手をする。

 男は暗い茶色の小瓶をアンに手渡した。


「ヒュンケル?」

 飲めということらしい。元気になる――みたいな動きをしている。回復の魔法薬だろうか。やはりただ者ではない。

 小窓越し、何を言っているのかわからない、しかしウメダ・ダンジョンをよく知っている。彼のサポートを受ければ脱出できるかもしれない。

 アンはヒュンケルをレティと分けて飲むとしっかりと立ち上がった。

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