4-12 バレたらしぬ、まじでしぬ ~俺と妹の間の300日戦争~
俺は金子琢磨。25歳。中肉中背フツメン。会社員。俺には墓場まで持って行かなくてはならない秘密がある。
それは……小説投稿サイトにて趣味で書いていたゲロ甘恋愛小説が、あろうことか妹の名前を用いた筆名で書籍化されてしまったことだ。
「まあ、大丈夫だろ。これまでもバレなかったし……」
しかし、書籍発売当日――帰宅するとJKの妹・文乃が、まさにその本を読んでいた。
しかも――
「もう読んだから、ママに貸した」
さらに追い打ちをかけるように、担当編集者から「出版社からの荷物、ご自宅へ送っちゃいましたー」という絶望的な報告が。
果たして、俺は家族に正体を隠し通せるのか? 秘密を抱えた新米兼業小説家の、身バレとの壮絶な闘いを描くノンストップ・コメディ!
たすけてくれ。
富澤✒️typing……
富澤✒️:やべえしぬ
トミヒルガー:どした
富澤✒️:あやのがぼくなが読んでた
トミヒルガー:wwwwwwwwwwwwww
イカフライ:まw じw かww
七味唐辛子(一味):なにそれわらう
トミヒルガー:よかったねおにいwwww
七味唐辛子(一味):いいじゃんいいじゃん、もうカムアウトしちゃえよ
富澤✒️:ねえよ!!!!
イカフライ:年貢の納め時ー。もうええやろ、富澤文乃先生。言っちゃえよ。
富澤✒️:しぬ
富澤✒️:まじでしぬ
富澤✒️:たすけてくれ
トミヒルガー:つーか前からバレてただろ
富澤✒️:ない、ない、それはない、まじでそれはない
七味唐辛子(一味):って信じたい気持ちはわかる
イカフライ:いつまでも隠せるわけじゃないんだからさー。もう言っちまえよ。楽になるぞ?
トミヒルガー:お前が思ってるよりずっと賢い子だと思うぞ、文乃ちゃん
トミヒルガー:バレてたって
富澤✒️:だめだムリだ軽く死ねるまじでキツイ
七味唐辛子(一味):ああ酒が美味え、いい肴をありがとう
富澤✒️:他人事だと思いやがって
七味唐辛子(一味):そりゃ他人事ですよ
自室に逃げ込みSNSのDMグループで愚痴ると、ひときり囃し立てられた。
俺は金子琢磨。25歳会社員。趣味で書いていたWeb小説が跳ねて、商業作家に仲間入りしたばかりだ。
今日は待ちに待ったデビュー作発売日。半休を取り午後から沢山の書店を巡った。
店舗特典SSをつけてくれた書店の近隣店舗は全て回り、他にも手当たり次第に行った。さすがに作者だって名乗り出る勇気はなくて、こっそり売り場の写真を撮って逃げた。平台設置が多かった。ありがてえ。
飲んでから帰ると母さんには言ってあった。小学生時代からの友人で創作仲間でもある富田と祝杯を干した。あーでもないこーでもないと言っていい感じにほろ酔いで帰宅したら、高校二年生の妹がソファで横になり本を読んでいた。いつもスマホばかりいじっているのに珍しいと思った瞬間……酔いが覚めた。
見間違えるわけがない。それ、神絵師・純ヶチーフ先生が俺の『ぼくなが』に描いてくれた87ページの挿絵じゃねえか‼
「おまえ、なに読んでるんだ!」
驚きすぎて想定以上に大きい声が出てしまった。びくっと妹が振り返る。寝返りをしながら見せてきた表紙は、紛うことなき俺のデビュー作……本日発売の『僕らの恋は、流れ行くまま』だった。
無事、死んだ。
「……なんだ、それは、誰の本だ」
平静を装い、探りを入れる。バレてんのか。気づいてんのか。勘弁してくれ。
「『小説家になるぞ』の本。おもろいよ、読んだら貸してあげよっか」
あっけらかんと妹は言う。よっっっしゃセーフ‼
そして急いで自室に戻り、DMして、今。
……まさか俺の部屋から献本を持って行ったとかじゃないよな? 慌ててクローゼットを開き、奥にしまった箱を開封する。あってる、ちゃんと7冊。10冊届き、一冊はサインの練習をして富田へ、一冊は中学時代の恩師で文芸部の顧問だった菊澤先生へ。一冊はさり気なく俺の書架に置いて、それもちゃんとある。……てことは買ったのか。
あいつ、買ってきたのか。
富澤✒️:なあ……
イカフライ:覚悟決まったか?
富澤✒️:あいつ、自分で買って来たみたいだ
イカフライ:そうでしょうともよ。
富澤✒️:泣けるよな……
七味唐辛子(一味):シスコンうけるwwwwwwww
トミヒルガー:サインしてやれよおにいw
富澤✒️:おまえらもはよ書籍化しろ、そしてこの喜びを味わえ
七味唐辛子(一味):まずは私にJKの妹をよこせ、話はそれからだ
イカフライ:せやな、それ大事。
富澤✒️:やらねえ、ぜってーやらねえ
トミヒルガー:文乃ちゃんが無事に嫁に行けるか俺は昔から心配している
富澤✒️:行かなくていい!!!
PCを立ち上げ、約二年前から登録している小説投稿サイト『小説家になるぞ』にログインする。感想と活動報告コメントが来たことを報せる赤文字をクリックし、確認した。Web版『ぼくなが』の感想欄には、初めてコメントを書き込んでくれた読者さんが数人、書籍の購入報告とお祝いを述べてくれている。書籍版の感想置き場として設置した活動報告には、さっそく読了報告と感想がいくつもあって、ありがたさに供え物をしたくなる。
れもね~どさん、鮭オニギリさん、加賀美遊さん。この三人は、古参読者で『なるぞ』内での友人でもある。そして読み専の活字中毒エースさん、雫さん、セルランさんと明智学さん。いわゆるイツメンが勢ぞろいだ。セルランさんは店舗特典をコンプリートしてくれたらしい。神か、神なのか。
今は返信しない。なにを書くかわからん。
もう一度赤文字が出たので確認する。――Ayayanさんだ。その名前を見て、肩の力が抜ける。
Ayayanさんは、俺が連載している『アードベック戦記』へ一年ほど前に初めて感想をくれてから、ずっと更新を追いかけてくれている読み専さんだ。ネット上の人なので確証はないが、若い女性だと思う。お気に入り登録やブックマークを見ると、現実恋愛が好きなようで、元はと言えばきっとファンタジーを読まない人だ。それなのに一気読みしてくれ、その上感想までくれた。本当に嬉しかった。
『Ayayan
2026年04月23日 21:34
書籍版読みました。めちゃくちゃおもしろかったです!
悠斗きゅんがかっこよくてメロいです!
特典SSはきつねかわ書店のしかゲットできなかったけど、でもそれを読めて、なるぞ版ではあんまりよくわからなかった楽歩ちゃんのことが好きになれました。すごくいろいろ考えてる子だったんですね!
続きも読めたら嬉しいです!』
泣きそうだ。ちょっとうるっとした。
今回書籍化まで至った『ぼくなが』は、Ayayanさんをイメージして書いた作品だ。きっとこんなのが好きなんじゃないか、と考えて。自分で言うのもなんだが『アードベック戦記』は堅い作品で、そこまで一般向けではない。もらった感想を読んでもAyayanさんが読み解くのに苦労しているのはよくわかっていた。
他の作者さんの、あの作品みたいに……気軽に感想をくれればいい。そう期待しながら、甘々を意識して手癖で書いたものだ。それが、ここまで一般受けするとも賞レースで勝ち進むとも、正直全く思わなかった。
なので、いつかお礼が言えたらいいと思う。Ayayanさんへ。俺が飛躍できる、きっかけをくれてありがとう、と。
今日くらいはちょっと酒の量を過ごしたっていいだろうと思い、冷蔵庫から500ミリリットルのビール缶を取って自室へ戻る際、気になってリビングを覗いた。妹はスマホをいじっている。
「なんだ、もう本飽きたのか」
少しだけがっかりして言うと、妹は「もう読んだー」とこちらを見ずに言った。
「から、ママに貸した」
「⁉」
声を上げなかった自分を褒めたい。
「あたしが本読んでるの珍しいからってー。あたしと同じ名前の人が書いてる本だよーって言ったら、読んでみたいってー。ママ、恋愛小説好きなんだってー」
――終わった。
妹にも、母にも、読まれるとは。しかも、妹の名前を筆名にしている恋愛モノとか。
いや、この筆名は出来心なんだ。スマホで『なるぞ』にアカウントを作る時になにも思いつかず、でも文章が得意そうな名前にしたくて。とりあえず富田と菊澤先生を混ぜようと思った。そしてふと目を上げると妹が冷蔵庫を漁っているのが見えた。後で変えればいいと思い暫定で『富澤文乃』で会員登録をした。
妹の名付け親は俺なんだ。文章が上手い子になればいいと思って「文の『あやの』がいい」と言った。お陰で賢くはないけど国語は得意そうな子に育ったぞ。
そのままズルズルと。まさかそのまま商業デビューまでするとは思わなかったんだ。担当さんに「このままで行きましょうー。読者さん着いてるし」と言われて今更変えられなかったんだよ。勘弁してくれ。しぬ、バレたらしぬ、まじでしぬ。
母が今読んでるって言ったら、またDMグループが大草原になった。ド畜生。おまえらしねよ。
富澤✒️︰俺は、決意した
イカフライ︰ほう。なんだ。一応聞いておこうか。
富澤✒️︰なにがなんでも、隠し通す
トミヒルガー︰ムリだろ
七味唐辛子(一味):まあ、決意するのはタダだから……
イカフライ︰志は高い方がいいよな。精々頑張れよ、お兄。
富澤✒️︰おまえら、他人事だと思って
七味唐辛子(一味):どこまでも他人事だって言ってんだろ
トミヒルガー:あー、次文乃ちゃんに会える日が楽しみだ
富澤✒️:ふっざけんな富田おまえ言ったら殺すからな!!!!!
トミヒルガー:やだあ、おにいこわぁい!
そして……ひとつ目のミッション。
出版社からの郵送物を、局留めにする。
『えー? 富澤先生、まだご家族に言ってなかったんですかー?』
「はい。なので、今後は中央郵便局留めにしていただければと」
『あらあ、どうしましょうー』
翌日の昼休み時間に、職場の休憩室の隅から担当編集さんへ電話した。俺よりいくらか年長の女性編集さんは、おっとりとした声色に少しだけ焦りを滲ませて言った。
『イベント用に書いていただくサインの色紙、ご自宅へ送ってしまいましたー。今日届いちゃうと思いますー』
「あー、それはマズい、とてもマズいですね! 私が伺う他ないと思います! はい、すぐに向かいます!」
俺は即デスクへ戻ってバッグとジャケットを取り、ホワイトボードの自分の欄へ『外部障害対応、直帰』と殴り書きをし、走った。





