第十二話 神の手の全肯定
ある日の放課後。藍那と桃は用事があると先に帰ってしまい、澄香とゆりえが取り残された。
あ、と澄香が思いつく。
「そうだ、いつもゆりえの家にお邪魔させてもらってるし、たまにはうちに来る?」
澄香がゆりえを誘うと、驚愕の表情を浮かべ両手で自分の肩を抱き震える声で澄香に問う。
「へ…変なことするつもりじゃないでしょうね!?」
「あんたにだけは言われたくないわ!」
ごもっともである。
「ただいまー」
澄香の家に着いた二人は、玄関で文香に迎えられる。てっきり澄香一人だと思っていたら、どこの誰ともわからない人を連れて来ていることに驚く文香。
文香は訝しげな表情を浮かべながら、おさげメガネのその人物に挨拶をする。
「こんにちは、いらっしゃい…どちら様?」
コタローに向けるような敵意丸出しの視線をゆりえに突き刺す。
その様子を見てゆりえは、ああ!と言うと、伊達メガネを外し自分の顔を文香の顔に近づける。
「あたしだよ、すみれの姉、ゆ・り・え」
「ゆりねえ!?」
文香は驚愕の表情で後退りをする。そう、文香はゆりえの学校スタイルを見た事がなかったのだ。
そんな文香をよそに澄香がゆりえに尋ねる。
「あんた、文香にゆりねえって呼ばれてんの?」
「そそ、うちによく来るし、澄香よりも先に仲良くなったよ。まあ澄香の妹だって知ったのは最近だけどね」
そりゃまあそうか、と靴を脱ぎ、ゆりえにも上がるように促す。
そこではっと気を取り直した文香は、いつも通りのご挨拶。
「お姉ちゃん!足!」
はいはい、とお風呂へ行こうとするが、そこへゆりえが割って入り、文香の小さい肩を力強く掴み笑顔で言う。
「文香ちゃん? 今日は澄香、足、洗わなくてもいいから…ね…?」
「は…はい…」
ゆりえのあまりの迫力に圧倒される文香。その顔は笑顔だが、目は全く笑っていなかった。
その様子を見て、いつもは妹に言われ面倒臭そうにお風呂へ向かう澄香だが、今日ばかりは絶対に洗わなければ! と、足を洗いに行こうとしたが、万力のような力で肩を引き寄せられ、澄香の部屋はどこ? とゆりえに聞かれた文香が2階を指差し、そのまま階段を引きずられて行った。
文香はそれを見ながら、合掌していた。
部屋に着くなり澄香はベッドの上に放り投げられ、ゆりえは両手の指をワキワキさせながら、澄香に迫る。
「いやあああ!」
顔を真っ赤にして自分の胸元を抱く澄香。しかし押さえるべき所はそこではなく足。ゆりえの魔の手が澄香の靴下に迫っていた。
うわあしまった! といった感じに足を縮こめる澄香。
「ちぇ! 逃げられちゃったよ!」
いたずらっぽく笑うゆりえ。はあはあと息を切らしながらベッドの隅でまだ胸を抱いている澄香。
「あ…あんた…本気だったでしょ…」
「んー…そんなことないョ?」
怪しげな語尾に不信感を抱きつつも、ゆりえの側に戻る。
ここで澄香は一つの疑問が思い浮かぶ。
「あんたさ…あたし以外の子にもこんなことしてないでしょうね?」
「しないよー! そんなことしたら変態じゃない!」
(いや、まごうことなき変態だが!?)心の中でつっこむ澄香。
ゆりえはニヤニヤしながらベッドに座る澄香の太腿の上に横から頭を乗せる。
「もしかして、ヤキモチー?」
「んなわけないでしょ!」
澄香は指で、ピン!とゆりえのおでこを弾く。
その時ガチャリ、と扉が開く音がした。二人の視線が扉に向かう。
「やあ、澄香姉ちゃん。こんにちは」
そこに立っていたのは澄香のいとこ、コタローであった。
「誰?あの子…」「いとこのコタロー君」
二人の濃密なドキドキタイムを邪魔されたゆりえは明らかな不機嫌顔。
そんなゆりえの所まで来て、跪くコタロー。
「お姉さん、少しだけ、澄香姉ちゃんとお話ししてもいいですか?」
柔らかな笑みを浮かべたコタローにゆりえは、
「はい…」
と言い、部屋の外へ出る。そして、ハッとする。
「な…なんて…恐ろしい…」
廊下には部屋の外からこっそり見ていた文香。
「コタローは敵です!」
その言葉を聞き、ゆりえと文香はガッチリと握手する。
コタロー対策同盟が誕生した瞬間だった。
部屋の中ではコタローの神の手が澄香に迫る。
「澄香姉ちゃん、足見せて?」
澄香は顔を赤くしながらも、コタローに言い聞かせるように話し始める。
「いい? コタロー君、足を見られるのって恥ずかしいことなの。あたしも見られるのは恥ずかしいんだよ?(臭いから)人の嫌がることはしちゃダメだよ?」
「うん、知ってる」
その言葉に澄香はホッと胸を撫で下ろす。
しかしコタローは笑みを浮かべながらも、少し不思議そうに聞いてくる。
「どうして恥ずかしいの?」
「へ?い…いや…だって…臭いから…」
澄香が恥ずかしそうに言うとコタローはふふっと笑い、
「足が臭いってことは、一日頑張った証。むしろ勲章だよ? 恥ずかしがることなんてないんだ」
その真っ直ぐな瞳と、謎の説得力によりぐうの音もでなくなる澄香。
部屋の外のゆりえと文香は、
「あやつ…なかなかいいこと言うじゃない…」
ゆりえは敵ながらあっぱれといった感じで言い、文香はぐぬぬと唇を噛む。
「だから澄香姉ちゃん、恥ずかしがらずに足、見せてね」
「にゃーーー!」
結局ベッドに転がされ、靴下をするっぽんと脱がされる澄香。
ゆりえは戦慄した。
「あ…あやつは危険だわ…ジゴロの素質がありすぎる!」
胸に手を当て震え上がるゆりえ。
「ゆりねえ! あいつはジゴローじゃなくコタローです!」
そうだけど、そうじゃないことを言う文香に、ジゴロと言うのはね、と懇切丁寧に説明し始めるゆりえ。だが事態は刻一刻と深刻さを増していた。
「ゆりねえ! 敵がお姉ちゃんに! どうしますか!」
慌てる文香の声に、
「くっ! 即時攻撃とはやるわね! とりあえずあやつを男の娘に変身させて…!」
「ゆりねえ! 敵はそれを利用して警戒心を解く可能性が!」
ゆりえの薄い本により、変な知識と少し難しめの言葉を知っている文香とゆりえが、なんの対策にもならない対策会議をしていると階段をドスドスと誰かが上がってくるのが見えた。
その人物の顔を見て、震え上がるゆりえと文香。
一方部屋の中では、澄香に迫るコタローの神の手。澄香は胸を両手で抱いて、必死にベッドの隅へと逃げる。
そして、コタローの手が澄香に触れようとしたその瞬間、コタローは澄香から引き離される。
コタローが後ろを振り返り、上を見上げる。
「コタローーーー!」
そこには般若の表情を浮かべ仁王立ちしているコタローの母、美彩の姿があった。
「コタロー! 何してるの! 迷惑かけちゃダメっていつも言ってるでしょ!」
「ボクは澄香姉ちゃんをキレイにしてあげようとしてただけだよ?」
ふふふ、と爽やかに笑う。しかし当然母である美彩には通用せず、襟首を掴まれ部屋の中から引きずり出される。
澄香はふぁー…と、ベッドの上で脱力する。
引きずられるコタローは、澄香、ゆりえ、文香に聞こえるように言う。
「生きてるんだから、臭うのは当たり前だよ。悩むのはいいけど、悩みすぎないでね」
引きずられながらも、どこか爽やかに去っていくコタロー。
「し…真理ね…」ゆりえは感心したように言い、文香は、「くやしーーー!」と両足をジタバタさせる。
美彩はコタローを引きずりながら呆れたように言う。
「なんでこんな子に育ったのかしら…」
その問いにコタローはあくまでも爽やかに言う。
「お母さんの子だからじゃないかな?」
「…納得だわ…」
美彩は諦めの境地に達したのだった。




