第二十八話 沼の底
「これは……なんか気持ち悪いな……」
問題点の一つ、沼地にやってきた。
ある程度の瘴気が漂っているが、このくらいで穢は産まれない。
しかし、浄化すれどもすれどもいつまで立っても薄い瘴気が取り切れない……
なんとも気持ちが悪い……
「タスク様、沼が怪しいと思います。
なんか、気持ちが悪いです」
確かに、沼に起きる小さな水疱がブベチャと音を立てて割れると薄い瘴気が出ている気がする。
白衣が嫌がっているような気配を感じるが、俺は沼の水というかヘドロを白衣で洗浄する。
白衣に力を込めると沼の水を吸い上げて浄化した砂と水に別れていく……
「沼の水、全部抜いてみた」
俺は生前に見ていた番組を思い出しながら、沼の浄化を続ける。
ヘドロのような沼の水が少しづつ綺麗な物に変化していく……
すると、突然水面が巨大に盛り上がり……魔物が現れた。
超巨大なワニのゾンビだ。
大量の瘴気を吐き出し、吹き出している……
体液なのか吹き出す液体が地面に落ちるとその場所が穢れていく。
白衣に袖を通して全力全開で空気清浄、周囲の浄化を開始する。
「やつの吹き出すものには触れるな!」
奴がワニを模しているのなら、試したい方法がある。
「カイ、カフェ! やつの口を縛り上げる! これを使え!」
ポケットから大型犬などのしつけに過去使われていたギロチンチョークを取り出す。
引っ張ったりした時に手綱を引くと首がしまるというアイテムだ。
今はあんまり使われることも少なくなっている。
弓矢、短刀、距離をとって攻撃を加えながら隙をついて輪を口にはめる。
「今だ、引っ張れ!!」
鎖が閉まって、腐った肉に食い込む。
ワニは顎を閉じる力は非常に強いが、開く力はそれと比べると弱い。と聞いたことがある。
あの大きく開いた顎が閉じられ、牙による攻撃が減るだけでも驚異は減る。
図太い尾による攻撃、爪での攻撃だけになれば、距離を取って少しづつ敵の力をそいでいけばいい……
体全体を使って口輪を振りほどこうとも、カイとカフェは決して最期まで自由にはさせなかった。
「安らかに眠れ」
動けなくなったゾンビを白衣の力で浄化していく。
「おおおおおお!」
大変立派な骨格標本が残ったので、大切に白衣にしまっておく。
その後沼の浄化を進めていくと、ようやく瘴気を吐き出さなくなった。
「あのような動物はこの当たりでは見たことがありません。
人為的に持ち込まれた気がします」
「クレイルの言うとおりだろうな、沼の底で姿を隠しながら瘴気でこの地を満たしていく作戦ってとこだろ……」
「オヤオヤ、癪に障る雰囲気がすると思って来て見れば……
何者だ人間? 瘴気を吸うだと? ここに溜まっていた瘴気は我が糧になるはずだったんだが……」
冷静に、しかし、その言葉の節々から激しい怒りを感じる。
一本の木のてっぺんにいつの間にか人の姿をした……化け物が立っていた。
ビリビリとその強さが肌で感じる。
漆黒のマントを身にまとったガリガリに痩せまるで髑髏のようだ、目は爛々と赤く光っている。
直ぐにサインを送り、全員を俺の背後に布陣させる。
「お前が……魔人か……悪いけど、森を瘴気まみれにされると困るんでね」
「フハハハ、人間ごときが困ろうがどうでもいいが、そこのお前、いや、貴様の姿……
俺がこんな下仕事をしなければいけない理由を作った奴らによく似てますねぇ……
死ね」
軽く手を払った。
ただそれだけで、巨大な炎の剣が高速でクレイルに飛来する。
「くっそ!」
俺はとっさに白衣でそれを払おうとすると、全て吸い込んでくれた。
流石だぜ白衣!
「……貴様、何だそれは!?」
「白衣だよ」
「ふむ、ハクイか……貴様俺を舐めているな! 死ね!!」
数十本の炎の剣が背後の仲間も含めて降り注ぐ。
「俺の影に入れ!」
流石に吸い込める範囲は決まっている。俺は魔人に向かって飛び上がり、剣が散る前にできる限り吸収する。背後で周囲に着弾して爆炎を上げているが、きちんと全員固まって防御を固めている。
「あぶねーだろーが!」
魔人に斬りかかると、隣の木に素早く移動する。
代わりに俺が木の頂上に着地する。
「何者だ人間……その運動能力、ただの人間ではないな……
それに、不愉快なものを撒き散らかしおって……」
「いやいや、こちらからすればあんたらが嫌なもん撒き散らかしてるんだよ!」
少しは稽古をつけてもらっているが、俺の不慣れな剣技では魔人を斬るには届かない。
とにかくこいつを、下で戦ってもらわないといけない。
どうやら魔法的なもので空を浮いているなら手はある。
「精霊よ、うまい飯やるから、こいつを地面に引きずり下ろしてくれ……」
俺はボソボソとつぶやくように語りかけ、マナを吐き出す。
「何をボソボソと……何っ!?」
突風が吹き、魔人の身体を木から引きずり下ろしていく。
「おのれ精霊風情が! 魔法に干渉しおって!!」
どうにか体制を整えて着地する魔人。
俺も木から飛び降りて魔人の前に着地する。
魔人の周囲にはおかしな空気の流れになっており、どうやら飛ぶことが出来ないみたいだ。
「小賢しい真似を! 穿て大地の槍よ!」
地面から鋭いトゲが生えて襲いかかってくる。
「ふんっ!」
大地を強く踏み込み正拳を突く。
棘は震脚で砕け、正拳によって飛ばされたマナが魔人を撃ち抜く。
外傷は無いが、その部分の魔素をごっそりと持っていったので魔人の顔が苦痛で歪む。
「はっ!!」
俺は大地を蹴って魔人へと飛び込む。
期を図っていたカイとカフェが左右から斬りかかる。
慌てて両側の二人の剣を受け止めた魔人の手がジュウジュウと焼ける。
「ぬぐっ! 何という濃度のマナ……ぐべぇ!!」
前蹴りをみぞおちに受けてくの字に曲がった魔人を膝で打ち上げる、上がった顔にそのまま回し蹴りをお見舞いする。
「飛燕三連脚……漫画で見た技だけど、出来るもんだ……」
俺が打撃を撃ち込んだ場所からジュウジュウと同じように身が焼けている。
身にまとう漆黒のマントがボロボロと崩れ、ガリガリの身体に刻まれた痛々しい傷跡が露出する。
噛み傷、爪での擦過傷、激しい戦いの傷が癒えていない。
「父上……母上……」
クレイルが一歩前に出る。
「決めてこい」
俺は白衣の力をクレイルに注ぎ込む。
クレイルの身体が白銀に輝き出す。
「感謝します」
次の瞬間、クレイルの姿がかき消え、魔人の身がいくつにも引き裂かれたのだった。