⑱ 火星にて
それは8月6日の事だった。
そこでは、茶色い地表を吹き抜ける、風の音だけが聞こえていた。
NASAが送り込んだ火星探査ローバー"キュリオシティー"は、目的地であるゲール・クレーターの底に、無事に着陸した。
このローバーの目的は、古い岩石を調べ、有機分子や水環境の痕跡を探す事である。つまり、生命存在の可能性を探るのだ。そして、このミッションは、将来の火星有人探査の、礎となる予定だった。
その様子を、クレーターの頂上の物陰から、簡易宇宙服を着て、じっと見つめる者たちが居た。皆さんご存じの、好戦的な爬虫類族、"アラハバキ"一派である。
「ニンゲンどもめ。とうとうここまで辿り着いたか。だが、ココは我々のテリトリーだ。侵されてたまるものか!お前たち、用意はイイか!?」
隊長格らしき者はそう呟き、今まさに、武器を構えた部下たちに、攻撃命令を下そうとしていた。
「……おっと。そうは行かないなあ」
宇宙服のヘルメットの中に、ヘブライ語でそんな事を言う声が聞こえた。
思わず振り返る爬虫類族たち。
そこに立って居たのは、ニンゲンのくせに宇宙服も着用せず、グレーのパーカーにジーンズの軽装で、平気でいるような男だった。
「キ、キサマは真田雪村!?まだそんなチカラが残っていたのか?」
「人類の火星進出は、邪魔させないよ」
彼は笑顔でそう言うと、その場で柏手を一つ打った。
パンッ!と音がしたその瞬間、その場に居た、アラハバキの一個中隊は、残らずそこから消えて無くなってしまった。
「また、つまらぬモノを、ブラックホール送りにしてしまったな」
彼は、まるで"ルパン三世"の"石川五右衛門"のようなセリフを言って、苦笑した。そして……。
「なあ、その辺でみんな見てるんだろう?コレに懲りたら、もう人類の火星探査の邪魔はしない事だ。そちらさんさえ、静観してくれれば、共存の可能性を探ってもイイさ。でももしまた、邪魔を続けるつもりなら……分かっているよね?」
と周りに向かって宣言し、その場を後にして消えてしまった。
そして、そこに残されたローバーだけが、健気に、クレーター中心部にあるアイオリス山を登り、必要な岩石の成分の採取を始めるのであった。
今や火星の地表には、ソレ以外に動くモノは居ない。
他のモノ音は何も無く、辺りは再び静寂に包まれるのであった。




