⑰ 大停電
それは7月30日の事だった。
時刻は午前2時30分頃。
場所はインド北部。首都ニューデリーを含める広範囲。
突然、有史以来の、未曽有の大停電が起こった。
公式発表された原因は、猛暑による電力需要の急激な増加や、送配電インフラの老朽化・管理不足だったと言われている。
しかし、直接のきっかけは、別の事件だったのだ。
マハーラーシュトラ州の、ムンバイ近郊に、トロンベイのバーバ原子核研究センターがある。ここはインドの核開発の心臓部とされている。
その地下50mで、その日、怪しい動きが有ったのだ。当時、そこには、国中の核ミサイル発射装置を制御する、集中管理センターが存在していた。
そこで働いていていた、オペレーターの一人が、突然立ち上がり、拳銃を構えた。そして……。
「今から、第三次世界大戦を始めてもらおう。そして、貴様らニンゲンの文明は、終焉を迎えるのだ!」と、宣言したのだ。
しかも彼は、そのセリフを言い終わる前に、他のオペレーターに向けて、拳銃を発射した。
だが、その弾丸は、その場の誰にも届かなかった。
何故なら、それは空中で、真っ二つに斬られてしまったからだ。
拳銃を持った男の前に、忽然と現れたのは、聖女ジャンヌ・ダルクだった。
彼女の手には、オリハルコンの剣が握られていた。
「狙い通りでした……何とか間に合いましたね」
ニッコリ笑って、囁くように、彼女はそう言った。
彼女の着用している簡易甲冑が、カチャリと音を立てた。
それに気を取られた男の背後に、もう一人の少女が現れた。
それは、誇り高き戦闘民族の、カグヤ・イシュタルだった。
巫女服を着た彼女は、手刀でトン!と男の首を叩き、気絶させた。
すると、その男の中から、例によって、あの黒いモヤモヤが現れたのだ。
カグヤの両手から繰り出された衝撃波と、ジャンヌの剣先から出された火球が、同時にそれを包む。黒いモヤモヤは、一瞬で燃え尽きてしまった。
ジャンヌが、一件落着かと思ったその時、カグヤが、その男の手元の操作パネルを見て、顔色を変えた。
「いけない!北部の基地のオペレーションが、操作されているわ。至急、伯爵に連絡を!」
連絡を受けた伯爵は、インド北部の某地下施設の、独立した予備電源を破壊した。
そして「鷹志君、後はヨロシク」と連絡を入れた。
「ちょっと僕の扱いが、雑じゃないですか?」
思わず不満を漏らす鷹志。
「流れる大量の電流と電圧をモノともせず、コレを成し遂げられるのは、キミだけなのですよ……と申し上げれば、納得して頂けますか?」と、切り返す伯爵。
「……分かりました。やりますよ」
渋々承諾する鷹志。
頼まれた杉浦鷹志は、巨大なスカラベの姿に変身した。そして念のために、マディヤ・プラデーシュ州にある、ビナ・グワーリヤール高圧送電線を、文字通り物理的に切断してしまったのだ。
……こうして、全てのミサイル発射シークエンスは、無事に中断されたのである。
そして、ミッションを無事に終えた、チーム・サン・ジェルマンの4名は、左腕のデバイスの機能を使って、その場から、煙のように消えてしまったのである。
現場に居た者たちには、目撃した事について、上からかん口令を敷かれた。
もっとも、仮に本当の事をバラしたとしても、誰もそんな話を信じなかっただろう。それどころか、頭がオカシくなったと思われるのが、関の山だったであろう。




