⑯ 逮捕劇の前に
それは6月15日の事だった。
時刻は午前9時頃。場所は、東京都大田区西蒲田7丁目。
コミックバスター蒲田の西口店内。
店の従業員が、警察に連絡を入れた。
彼は今、指名手配中の男によく似た客を、見かけたのだ。
その男は、店内でマンガを読みながら、コーヒーを飲んでいた。彼は、とても落ち着いて見えた。
一見、そんな大それた事をする、凶悪犯には見えない、薄いグレーの半そでシャツと、ブルージンズを着用し、黒ぶち眼鏡をかけた、地味で真面目そうな男だった。
しかし、警察が到着する前に、ちょっとした出来事が有った事は、当時のどのメディアも、報道していない。何故なら、ソレは……。
「こんにちは、高橋さん」
明るい声で彼にそう言って、相席になる目の前に、二人の女性が座った。
(今、声をかけた方はセーラー服の女子高生。もう一人は、黄色いワンピースを着た……大学生かな?)
高橋と呼ばれた男は、一瞬で相手の素性と力量を推し量る。コレこそが、今日まで警察の眼を逃れて、彼が生き残れて来た術だった。
「可愛いお嬢さん方、どなたか人違いを、されているのではないかな?」
彼は、あくまでもジェントルな態度で、そう答えた。
「確かにそうね」黄色いワンピースの女が答えた。
「……私たちは、アナタの中身に、用事が有るのだから」
そのセリフを聞いたとたん、高橋の顔色が変わった。
そして彼は、何時の間にか、店内の物音が一切聞こえない事に、気づいた。「まさか……?」
次の瞬間、彼の背中から、黒いモヤモヤしたモノが逃げ出した。
しかし、黄色いワンピースの女が、すかさずソレを凍らせ、動きを止める。
そして、セーラー服の少女が、指先から稲妻を出し、ソレを焼却してしまったのだ。
その間、約10秒。まさに文字通り、電光石火の早業だった。
高橋と呼ばれていた男は、座ったまま、目も閉じずに、眠っているようだった。
もはや、そのカラダは、抜け殻に過ぎない。
タダのニンゲンには用が無いので、二人の女は店の外に出た。
「やっぱり、私の睨んだ通りだったわね?」
店内の時間凍結を解除しながら、雪子が言った。
「今のが、あの新興宗教の事件の、最後の容疑者だったとはね」京子もそう言って、少しだけ驚いていた。
「他の幹部たちの中にも……もちろん教組にも、アレが入っていたからね」と雪子。
「そっちはみんな、イエス先生が、片付けてくれたらしいじゃない?流石のチカラよね」と京子。
「まあ、中々キリスト教の教組に、敵う新興宗教も無いでしょ。彼とイイ勝負が出来るのは、恐らくブッダか、ダライ・ラマか、或いは……これ以上はヤメておくわ。因みにウチは、浄土真宗だけど」と雪子。
二人はそんな事を喋り合いながら、路上駐車してあった、黄色いビートルに乗り込むと、その現場を後にしたのであった。
尚、その後の逮捕劇は、史実に示された通りである。




