⑩ 墨田区にて
それは2月29日の事だった。
東京は墨田区の、隅田川からほど近い場所の上空を、土鍋を二つ合わせたような形の、茶色いUFOが飛んでいた。もちろん、光学迷彩を、透明モードにしているから、地上の人々に気づかれる心配は無い。
ソレが飛来した目的は、本日、竣工式を迎えた、"東京スカイツリー"を見学するためだった。機上の主は、猫王子の白猫ミケーネだった。案内人は、今日も赤いウイッグにメイド服の由理子である。
「おお、ニンゲンも中々やるねえ。立派な電波塔ではないか」
「でしょ?確か、自立鉄塔としては、世界一の高さを誇るはずよ。あらゆる建造物を含めても、2位か3位にはなるはず」
「それに、美しいな。特にあの、螺旋形のラインが好みだ」
「お気に召して何よりです」
「まあ、勿論、何時も由理子が居る、名護屋テレビ塔が、私の一番のお気に入りなんだがな?」
「あらあら、ありがとう」
「美しいと言えば、アッチの方に見える、頂上に雪をかぶった山もイイな?」
「あら、お客様。お目が高い。あちらに見えますのが、富士山でございます。標高は3776m。日本で一番高い、休火山ですのよ」
急にバスガイド口調になる由理子。
「おお、アレがそうか。火星のオリンポス山も趣があるが、コッチの方が、私の好みだな……しかし、あんな美しい山が、後10年もすると、インバウンドの影響で、あんな事になるとはなあ」
「えっ、イン……何て?」
「いやいや、タダの独り言だ。気にしないでくれたまえ」
「ふーん?」
急に瞳孔が縦に伸びた、猫王の目を、ジト眼で見返す由理子。
「あの、ほら、あれだ。未来の事を知り過ぎるのは、とても危険な事なのだよ。映画バック・トゥ・ザ・フューチャーの中で、ドクター・エメット・ブラウンも、そう言っていただろう?」
「ハイハイ。まあ、いいわ。貴方はいつも、最後にはちゃんと、私の味方になってくれるしね?」
「そうとも。何しろ由理子は、並行宇宙の至宝だ。キミは、あらゆる種族の絆を繋ぐ、可能性を秘めているからな」
「お褒めに預かり光栄です。王子様」
半ばふざけて、ワザと丁寧にお礼を言う由理子。
「……さて、こういうランドマーク的なモノの竣工式には、陰謀めいたものが付き物と睨んで、来てはみたが。どうやら、これと言って、事件も起こりそうに無いし……そろそろ名護屋に戻ろうかな」
話の雲行きが怪しくなり、そそくさと機体の向きを変えるミケーネであった。




