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親友に嵌められて推薦枠を失った日から、わたしは同じことをする側になりました  作者: 桜野結
第2章

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9/13

第九話 9月

夏休みのあいだ、わたしは週5日、スーパーのレジに入っていた。


時給1,020円。1日6時間。8月は21日入って、128,520円になった。


学校には届けを出していない。うちの高校はアルバイト禁止ではないが、届出が要る。届出を出すと理由を書く欄がある。理由を書くと、担任が読む。


わたしは届出を出さなかった。


見つかれば素行の記録がつく。素行の記録がつくと、推薦が止まる。


そのことを知っていて、出さなかった。


「嘘はついてない」と、わたしは6月に言った。


8月のわたしは、書くべき紙を書かなかった。書かないことは嘘ではない、と自分に言った。


線は、そうやって少しずつ動く。


父は7月から、家にいる。


8月に、市の相談窓口に2回行った。3回目からは行かなくなった。


奨学金の書類は、7月の終わりにようやく出てきた。父が役所で取ってきて、テーブルに置いてあった。


「ありがとう」


「ああ」


それだけだった。


給付型は、去年の所得で落ちた。千歳が5月に言ったとおりだった。


貸与型の第二種は通った。月10万円まで借りられる。4年で480万円。利息をつけて返す。


わたしは申請書に月額を書く欄で、20分止まった。


書いた数字は8万円だった。


8万円なら4年で384万円。利息を入れて、420万円くらいになる。


420万円を、22歳から20年かけて返す。


わたしはその計算を、8月の暑い部屋で3回やった。


3回とも同じ数字が出た。


夏休みのあいだ、楓とは4回会った。


7月に1回、8月に3回。全部、楓から誘われた。


7月28日は駅前のカフェだった。楓は模試の話をした。英語が上がったと言った。数学は変わらないと言った。


8月6日は同じカフェだった。楓は補習の話をした。5日出て、最終日に確認テストがあって、平均より上だったと言った。


「先生が、これなら評定変えられるかもって言ってた」


わたしは、そのとき何も思わなかった。


「よかったね」と言った。


楓は「うん」と言った。それだけだった。


8月18日と8月25日は、楓の家の近くのファミレスだった。


わたしは2回とも、自分の家の話をしなかった。バイトの話もしなかった。父の話も、母の話もしなかった。


楓は一度も聞かなかった。


聞かないでいてくれている、とわたしは思っていた。


いま書き出すと、違う読み方ができる。


楓は、聞く必要がなかった。


9月2日、月曜日。2学期の始業式。


体育館は暑かった。校長の話は8分あった。3年生に向けた話が2分あった。


「進路が決まる学期です。焦らずに」


焦らずに、という言葉を、わたしは頭の中でもう一度読んだ。


教室に戻ると、楓が先に座っていた。


「澪、日焼けしてない?」


「してるかも」


「どっか行ったの?」


「行ってない」


「ふうん」


楓は日焼けしていなかった。夏休みに5日の数学補習に出て、そのあと塾の夏期講習に行っていたはずだった。


その日の6限、進路のホームルームがあった。


室生先生が入ってきて、A4の紙を配った。


『指定校推薦 校内選考について』


わたしは1行目を読んで、意味がわからなかった。


もう一度読んだ。


『校内選考委員会は12月上旬に開催します』


12月。


わたしは手を挙げた。挙げてから、聞き方を考えていないことに気づいた。


「7月のは、何だったんですか」


「候補指名だ」室生先生は言った。「言葉のとおりだよ。候補を指名した」


「決定じゃないんですか」


「決定なわけないだろ」


先生は、こちらを見なかった。プリントの次のページをめくっていた。


「大学から募集要項が来るのが9月なんだ。要項が来て、条件を確認して、それから正式な選考をやる。早瀬は毎年9月に来る」


「じゃあ、7月の候補指名は」


「絞り込みだ。要項が来たときに動けるように、先に見ておく」


先生はそこで、はじめて顔を上げた。


「そう説明したはずだが」


説明されていない。


わたしは掲示を3回読んだ。『指定校推薦 校内候補者一覧』と書いてあった。候補者、と書いてあった。


書いてあった。


読んだのはわたしだ。


放課後、わたしは進路指導室に行った。


「12月まで、何が変わるんですか」


「評定と、出欠と、素行だ」


「評定は1学期で締まってますよね」


「原則はな」


原則、という言葉が引っかかった。


「例外があるんですか」


室生先生は、机の引き出しから冊子を出した。学校の内規だった。付箋が貼ってある。付箋は新しかった。


「ここ」


指さされた行を読んだ。


『補充指導及び追認考査の結果に基づき、学期評定を修正することができる』


「夏の補習で、評定が変わるんですか」


「変わることがある。めったにないけどな」


「今年はありましたか」


先生は答えなかった。


答えなかったので、わたしにはわかった。


家に帰って、わたしは計算をした。


うちの高校で、1年から3年1学期までに評定がつく科目は28ある。


わたしの評定の合計は129だった。129を28で割ると、4.6071。表記は4.6になる。


楓の合計は126だった。126割る28で、4.5。


1科目が4から5に上がると、合計が1増える。平均は0.0357上がる。


3科目上がると、合計は129になる。


129割る28は、4.6071。


わたしと、同じだ。


わたしはその数字を、紙に3回書いた。


3回書いても、同じ数字だった。


夏の補習は5日間だった。数学の補習だ。数学は1科目しかない。


1科目で3科目分は動かない。


だから、数学以外の2科目にも何かがある。


そこまで書いて、わたしはペンを置いた。


わたしは、8月6日の会話を何度も思い出した。


『先生が、これなら評定変えられるかもって言ってた』


楓はそう言った。


わたしは「よかったね」と言った。


7月17日の掲示の前で、楓は「おめでとう」と言った。わたしは「ありがとう」と言った。


8月6日、楓は評定の話をした。わたしは「よかったね」と言った。


わたしたちは、正しい言葉を正しい順番で交換していた。


中身は何もなかった。


中学の卒業式で、わたしが「楓のおかげだよ」と言ったのと、たぶん同じ種類のことだ。


あのとき、わたしは本気で言っていた。


8月6日の「よかったね」は、本気ではなかった。


それが、この4か月で変わったところだ。


9月5日、木曜日。


わたしはもう一度、室生先生のところに行った。


「同点だったら、どうなるんですか」


先生は、少しのあいだ黙った。


「よく調べたな」


「規定に書いてあります」


内規の次のページに書いてあった。『評定平均値が同一の場合は、出席状況及び日常の行動記録を総合して判定する』


「出席は、わたしは3年間で欠席2日です」


「知ってる」


「神谷さんは」


「言えない」


「素行は」


先生は答えなかった。


わたしは、そこで気づいた。


4月の動画のことだ。


わたしは元データを出して、疑いを晴らした。室生先生は「戻る」と言った。実際に戻った。


だが、あのとき何が起きたのかを、学校は一度も記録していない。


処分もしていない。調査もしていない。文書は1枚も作られていない。


——処分すれば記録が残る。記録が残れば、済んだことになる。


先生は4月にそう言った。


記録が残らなかったから、済んでいない。


済んでいないものは、消えてもいない。


「先生」


「うん」


「わたしのあの件、記録には」


「ない」


「ないと、どうなりますか」


室生先生は、はじめて言いにくそうな顔をした。


「日常の行動記録っていうのは、文書だけじゃないんだ」


「じゃあ何ですか」


「印象だよ」


その夜、わたしは千歳にメッセージを送った。


送るのは初めてだった。連絡先は6月の取引のときに交換していて、一度も使っていなかった。


『神谷さんの評定、上がってるの知ってた?』


既読はすぐについた。返事は40分後に来た。


『知ってた』


『なんで教えてくれなかったの』


『聞かれてないから』


わたしはそこで、20分打たなかった。


20分後に打った。


『何が欲しいの』


返事は1分で来た。


『今は何もいらない』


『なんで』


『今のあなた、見てて面白くないもん』


わたしはその5文字を、何度か読んだ。


面白くない。


6月に、千歳はわたしを「面白い」と言った。


9月には、面白くないらしい。


わたしはスマホを伏せた。


伏せてから、自分が何に腹を立てているのかを考えた。


千歳に見捨てられたことに腹を立てている、というのが答えだった。


そこまでわかって、わたしは電気を消した。


教室に戻ると、楓が自分の席で数学の問題集を開いていた。


わたしが横を通ると、顔を上げた。


「澪」


「うん」


「12月まであるんだね」


「うん」


「わたし、知らなかった」


嘘だ、とわたしは思った。


思ったが、証拠はなかった。証拠がないことを、わたしは4月に学んでいる。


楓は問題集に目を戻した。戻してから、こう言った。


「今度は、わたしが上だよ」


顔は上げなかった。


上げないで言った。


わたしはその横を通り過ぎて、自分の席に座った。


座ってから、財布を出して、中の紙を触った。


開かなかった。触っただけだった。



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