↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
親友に嵌められて推薦枠を失った日から、わたしは同じことをする側になりました  作者: 桜野結
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/13

第六話 自白

座席表のことを、わたしは25日抱えていた。


5月2日に気づいて、5月27日まで、誰にも言わなかった。


言わなかった理由を、当時のわたしはこう説明していた。


角度だけでは証拠にならない。同じ列にいた人は他にもいる。楓の隣の席は空席だったが、廊下側からでも似た画は撮れるかもしれない。確証がないのに人を疑うのはよくない。


全部、もっともらしかった。


いま書き出してみると、1つも本当ではない。


本当の理由は1つで、聞いたら終わるからだ。


聞いて、楓が「違う」と言えば、わたしは信じない。信じないまま、これからも一緒に弁当を食べることになる。


聞いて、楓が「そう」と言えば、それで終わる。


どちらでも、いまより悪くなる。だから聞かない。


わたしは25日、そうやって毎日、楓と昼を食べた。


---


5月20日から23日まで、何も起きなかった。


わたしは学校に行って、授業を受けて、帰って、勉強した。父は家にいた。母から連絡はなかった。


それが、その週の全部だった。


何も起きない、というのは、いいことのはずだった。


わたしは3月に「94日、何もしなければいい」と書いた。書いたときは、何も起きないことを望んでいた。


5月の終わりには、望んでいなかった。


何も起きないままだと、わたしは外されたまま7月を迎える。


わたしには、何かを起こす必要があった。


そう考え始めていたことを、ここに書いておく。


千歳が取引を持ちかけてくるのは6月3日だ。わたしはその10日前から、自分で自分を用意していた。


---


5月24日、金曜日。


昼休みに、千歳がわたしの席の前で立ち止まった。


わたしは弁当を食べていた。楓は購買に行っていた。


「佐倉さん、7月まで何日か知ってる?」


「……なんの」


「1学期の期末。評定が締まる日」


「50日くらい」


「49日」千歳は言った。「今日から49日」


「なんで数えてるの」


「数えてないよ。今、逆算した」


千歳はそう言って、行った。


わたしはそのあと、49という数字を1日中考えていた。


考えていたのは、日数のことではない。


なぜ千歳がわたしに日数の話をしたのか、だった。


答えは1つしかない。


わたしが焦っているかどうかを、確かめに来ている。


---


25日の土曜、自習室で6時間やった。帰りに、楓から『今日ひま?』とメッセージが来た。


わたしは『勉強中』と返した。


『えらい』と返ってきた。


---


5月26日、日曜日。


楓と悠真が付き合い始めた、という話を、わたしはクラスの女子から聞いた。メッセージで来た。


『神谷さんと東くん、付き合ったらしいよ』


『知らなかったの?』と続いた。


『うん』


『神谷さん、言ってなかったんだ』


『うん』


『意外』


意外、と書いてきたその子は、面白がっていなかった。


ただ、事実として意外だと思っていた。


それが一番きつかった。


---


わたしは30分くらい、スマホを持ったまま座っていた。


30分のあいだに考えたのは、悠真のことではなかった。


楓が言わなかった、ということだった。


3年になってから、楓は毎日わたしに話しかけていた。バドミントン部の後輩が誰と誰と誰なのか、わたしは全員の名前を知っている。模試の判定も知っている。数学の点数も知っている。


その量を毎日聞かせておいて、これは言わなかった。


隠したのではない。隠すつもりなら、他の量を減らすはずだ。


量を増やして、1つだけ抜く。


それは、抜いていることを気づかせないためのやり方だ。


---


わたしは、その夜も眠れなかった。


眠れなかったのは、悠真のことではない。


もう一度書くが、悠真のことではなかった。わたしは5月20日の時点で、悠真については終わっている。彼が沈む船から降りたのは、彼の計算として正しい。わたしは同じ計算を1年半やってきた人間だ。だから怒れない。


眠れなかったのは、こちらだった。


3年になってから、わたしには友達が1人しかいなかった。


早坂という名前の子とは、2年で別のクラスになってから話していない。中学からの子は、みんな別の高校に行った。


1人しかいない友達に、わたしは家のことも、外されたことも、座席表のことも言っていない。


言っていないのに、毎日、一緒に食べている。


これを友達と呼ぶのかどうかを、わたしはその夜、天井を見ながら考えた。


考えて、答えが出なかった。


出なかったから、翌日の月曜に呼び出した。


呼び出したのは、答えを出したかったからだ。


出したら終わるかもしれない、とは思っていた。


思っていて、呼んだ。


---


5月27日、月曜日。放課後、わたしは楓を呼んだ。


4階の空き教室に行った。使われていない教室が2つあって、掃除当番だけが割り当てられている。


机は後ろに寄せてあった。床に日が入っていた。


「東くんと付き合ってるの」


「うん」


楓は否定しなかった。言い訳もしなかった。


「いつから」


「先週」


「言わなかったよね」


「言えなかった」


「なんで」


楓は、窓のほうを見た。


「言ったら、澪が『よかったね』って言うから」


わたしは、その意味がわからなかった。


「言うよ」


「うん。だから」


「だから、って」


楓は答えなかった。


「なんでそれが嫌なの」


わたしは聞いた。


聞いてから、自分の声が少し大きかったことに気づいた。


楓は黙っていた。


黙っている時間が、思ったより長かった。10秒くらいあったと思う。10秒は、会話の中では長い。


---


わたしはその10秒で、いくつか考えた。


「よかったね」と言われるのが嫌だ、というのは、こういうことだ。


こちらが祝う側に立つのが嫌だ。祝われる側と祝う側では、祝う側のほうが上に見える。楓はそれを嫌がっている。


だが、それは楓がわたしを「上」だと思っているということだ。


思っているということは、ずっと比べているということだ。


比べているということは、ずっとこちらを見ているということだ。


——ずっと見ていた人間なら。


わたしはそこで止まった。


止まって、それから、口が動いた。


「動画、撮ったの、楓?」


言うつもりはなかった。25日、言わないと決めていた。


言ってしまってから、心臓が速くなった。


楓はこちらを見た。


驚いていなかった。


「うん」


---


わたしは、しばらく何も言えなかった。


「……」


「なんで、今まで聞かなかったの」


聞き返されたのは、そちらだった。


わたしは答えられなかった。


「気づいてたでしょ。座席表、見ればわかるもん」


「……いつ気づいたと思ってたの」


「1週間くらいかなと思ってた」楓は言った。「1か月かかったんだ」


楓は少し笑った。


からかう笑い方ではなかった。むしろ、疲れた顔だった。


「消しゴム落としたの、知ってたよね」


「知ってた」


「知ってて撮ったの」


「撮ったのは、その前から」楓は言った。「あの日だけじゃない」


「え」


「4月の実力テスト、3日あったでしょ。3日とも撮ってる」


わたしは、その言葉を理解するのに時間がかかった。


「3日?」


「うん。1日目と2日目は何も映らなかった。3日目に映った」


「何が映ると思ってたの」


「わかんない」


楓は言った。


「何かあるかな、と思って撮ってただけ。何もなかったら消すつもりだった」


---


「なんで」


わたしは聞いた。


楓は窓の外を見た。野球部のノックの音がしていた。


「ずっと、あなたが羨ましかった」


声が、少し変わった。


わたしは何も言えなかった。


「中学の卒業式、覚えてる?」


「……なんの」


「最後の実力テスト。わたし3年間1位で、最後だけ澪が上だった」


「覚えてない」


「だよね」


楓はそう言った。


「そのとき澪、なんて言ったか覚えてる?」


「覚えてない」


「『楓のおかげだよ』って言ったの」


楓は笑った。笑いながら言った。


「あれが、一番きつかった」


「なんで」


「本気で言ってたから」


わたしは、そこで初めて、言われている意味がわかった気がした。


「嫌味で言ってくれてたら、まだよかったの。嫌味なら、こっちも嫌えるから」楓は言った。「澪は本気で言ってた。本気で、わたしのおかげだと思ってた」


「思ってたよ」


「うん。だから、こっちが1人で勝手に負けてるだけになるの」


楓は机の端に手を置いた。


「わたしがどれだけ数えてても、澪は数えてないの」


「……数えてるよ」


「今は数えてるでしょ。でも、あのときは数えてなかった」


そのとおりだった。


わたしが評定を積み始めたのは、高校1年の6月からだ。中学のとき、わたしは何も数えていなかった。


数えていない人間に抜かれた、というのは、そういうことだ。


---


「先生に言えばいいよ」


楓が言った。


「わたしが撮ったって言えば、澪は戻れるでしょ」


「言わない」


「なんで」


「言っても、わたしの評定は上がらないから」


言ってから、わたしは自分の言葉に驚いた。


そういう言い方をするつもりはなかった。


楓もこちらを見た。


「……ほんとに、そういう人になったんだね」


「なった」


「わたしのせい?」


「わからない」


わたしはそう答えた。


わからない、というのは嘘だった。


半分は楓のせいで、半分は違う。動画がなくても、父の会社は潰れた。母は出ていった。わたしは金の計算をすることになった。


だが、それを説明すると、家の話をすることになる。


わたしは、この期に及んで、まだ家の話をしたくなかった。


「今の、聞かなかったことにして」


楓は言った。


さっき自分が言った「羨ましかった」のことなのか、いま言った「わたしのせい?」のことなのか、わからなかった。


聞き返さなかった。


楓は教室を出ていった。


わたしは、日の入っている床を見ていた。


その日から、わたしと楓は、一度もこの話をしていない。


翌日から、また一緒に弁当を食べた。

お読みいただきありがとうございます! ブックマークや下の☆☆☆☆☆の評価にて応援していただけますと励みになります! どうぞ、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。