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親友に嵌められて推薦枠を失った日から、わたしは同じことをする側になりました  作者: 桜野結
第1章

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第二話 動画

4月9日、始業式。3年5組の名簿は38人だった。


神谷楓の名前が3行上にあった。柏木千歳の名前が一番下にあった。


「同じだ」


楓が後ろから肩を叩いてきた。


「3年連続。すごくない?」


「すごいね」


「わたし、澪と別クラスになったことないんだよ」


楓は笑っていた。わたしも笑った。


そのとき、わたしが考えていたのは席の位置だった。窓側の後ろから2番目。日が入る。ノートが見にくい。


考えていたのは、それだけだった。


千歳は一番後ろの、廊下側にいた。


自己紹介の時間に、彼女はこう言った。


「柏木千歳です。医学部を受けます。以上です」


それだけで座った。笑いも起きなかった。誰も彼女に何も期待していないし、彼女も誰にも何も期待していない。そういう座り方だった。


千歳の評定は4.8で、学年で1番だ。国公立志望なので、指定校推薦は使わない。


つまり千歳は、この4か月、何も失わない。


失うものがない人間が教室に1人いる、ということの意味を、わたしはそのときまだ知らなかった。


3年の1学期で、全部が決まる。


指定校推薦の校内選考に使われる評定平均は、1年から3年の1学期までの通算だ。3年の2学期以降は反映されない。


つまり、勝負は4月から7月までの4か月だった。


わたしはノートに残り日数を書いた。


期末考査の最終日まで、94日。


94日、何もしなければいい。何も起こさなければいい。


わたしはそう思っていた。何かを起こす側になることばかり警戒していて、起こされる側になることを一度も考えていなかった。


3年になってから、楓は前より話すようになった。


朝、教室に入るとすぐ来る。昼は必ず一緒に食べる。帰りも駅まで一緒に歩く。2年のときより明らかに回数が増えていた。


わたしはそれを、受験が近いからだと思っていた。


不安な人間は、隣に誰かを置きたがる。楓は数学が苦手で、模試のたびに落ち込んでいた。だから増えたのだと思っていた。


4月の第2週、楓が「澪、勉強の予定表つけてる?」と聞いてきた。


「つけてる」


「見せて」


わたしはノートを渡した。1日ごとに科目と時間が書いてある。提出物の期限も入れてある。


楓は3分くらい見て、返してきた。


「すごいね」


「べつに」


「わたし、こういうの続かないんだよね」


そう言って、笑った。


そのとき楓が何ページ見ていたかを、わたしは数えていない。数えていればよかったと、あとで思った。


4月18日、木曜日。3年最初の校内実力テストの、3日目だった。


3限は国語だった。開始から27分たったところで、わたしは消しゴムを落とした。


机の右側から落ちて、椅子の脚の横で止まった。


わたしは体を右にねじって、右手を下ろした。指先が床に触れて、消しゴムに当たって、少し転がった。もう一度伸ばして、つかんだ。


体を起こした。


そのあいだ、4秒くらいだったと思う。


わたしは消しゴムを机に置いて、続きを解いた。国語は91点だった。学年で4番だった。


その日は、何も起きなかった。


4月22日、月曜日。


朝、教室に入ったときに、空気がおかしかった。


おかしい、というのは、視線の量が変わるということだ。誰もこちらを見ていないのに、見られている感じがする。


2限が終わったあと、同じ班の女子がスマホを出してきた。


「佐倉さん、これ、大丈夫?」


画面に動画があった。6秒だった。


映っていたのは、テスト中の教室の斜め後ろからの画だった。わたしの背中が右にねじれて、右手が机の下に消える。3秒、見えない。それから戻ってくる。


消しゴムは映っていなかった。


「これ、どこから」


「わかんない。回ってきた」


「誰から」


「グループじゃなくて、個別に来たの。送ってきた子も、もらったって言ってて」


わたしは3人にさかのぼって聞いた。3人とも「もらった」と言った。4人目で止まった。4人目は「見た覚えがない」と言った。


出どころは、消えていた。


昼休みに、わたしは机で弁当を開けて、そのまま閉じた。


食べ物のにおいがだめだった。においがだめになるのは、たぶん、内臓のどこかが緊張しているからだ。


前の席の子が振り返って、「大丈夫?」と聞いた。


「大丈夫」


「顔、白いよ」


「寝てないだけ」


嘘だった。前の日は11時に寝ている。


わたしはそのとき、自分がとっさに嘘をついたことに気づいた。


心配されると、話が続く。話が続くと、動画の話になる。だから短く切った。


3月のわたしなら、たぶん「見た?」と聞いていた。聞いて、違うよと言って、それで終わっていた。


4月22日の昼に、わたしはもう、そういう会話をしない人間になっていた。


4月23日、火曜日。昼休み。


楓が教室の真ん中で立ち上がった。


「あのさ、あの動画、消してくれない?」


10人くらいが顔を上げた。


「澪、消しゴム落としただけだから。わたし見てたし」


見ていない。楓の席からは、机の下は見えない。


だがそのとき、わたしはそれを言わなかった。言うわけがない。かばってもらっているのだから。


「まわしてる人、やめてほしいんだけど」


楓は座った。


教室が静かになって、それから普通に戻った。


その日の放課後、3人がわたしに謝りに来た。「ごめん、まわした」と言った。3人とも、楓が言ったから謝りに来たのだと思う。


わたしは3人に「気にしてない」と言った。


言いながら、少し楽になっていた。


楽になったことを、わたしはあとで思い出す。楓は、わたしを楽にする側にちゃんと立っていた。


わたしは、否定して回った。


「消しゴム落としたの」


そう言うと、たいていの子は「だよね」と言った。「だよね」と言った子の何人かが、その日のうちに、わたしと目を合わせなくなった。


否定するというのは、こういうことだった。


否定すると、その話が存在することになる。存在すると、他の人にも伝わる。伝わると、また否定しなければならない。


3日目に、わたしは否定するのをやめた。


やめると、話は止まった。止まった、というより、わたしの見えないところに移った。


4月23日の帰り、昇降口で東悠真に会った。


「佐倉」


「うん」


「あれ、見た」


「そう」


悠真は少しのあいだ黙った。


「大丈夫?」


「大丈夫じゃない」


「そっか」


彼は何か言おうとした。言おうとして、口の形が半分できていた。


それから、こう言った。


「俺、なんもできないけど」


「うん」


「じゃあ」


悠真は帰っていった。


あのとき、彼が飲み込んだ言葉が何だったのかを、わたしは知らない。


知らないまま、わたしは「なんもできない」を優しさとして受け取った。


受け取ったのは、わたしが勝手にしたことだ。


わたしは出どころを探した。


4人目で止まったあと、別のルートから3人に聞いた。3人とも別々の相手からもらっていた。もらった時刻を聞くと、22日の朝7時台に集中していた。


7時台に、少なくとも6人に配られている。


1人が6人に送ったのか、2人が3人ずつ送ったのかはわからない。わからないが、朝の7時台に、ある程度まとめて動いている。


それは、朝になってから思いついた配り方ではない。


前の日の夜に決めておいた配り方だ。


わたしはそこまで書き出して、ノートを閉じた。


閉じたのは、次に書くことが「誰が」だったからだ。


その夜、母がわたしの部屋に来た。


「学校で、何かあった?」


「ないよ」


「そう」


母はドアのところに立ったまま、動かなかった。


「ないなら、いいの」


「うん」


母は出ていった。


その日、わたしは母に何も言わなかった。言わなかった理由は、心配をかけたくなかったからではない。


母に言うと、父に伝わる。父に伝わると、父が学校に来る。父が学校に来ると、話が大きくなる。


わたしはそこまで計算して、口を閉じた。


計算したことを、あとで何度も思い出した。


わたしはあの時点で、母を「情報が漏れる経路」として見ていた。


わたしは、外されるとは思っていなかった。


その日の夜、わたしが考えていたのはこういうことだ。


証拠がない。動画は6秒で、消しゴムが映っていない。だが、映っていないことは、やった証明にもならない。


学校が処分するなら証拠が要る。証拠がない以上、処分はできない。処分ができないなら、何も起きない。


だから何も起きない。


わたしはそう結論を出して、その計算を2回見直した。


2回見直して、間違いがないと思った。


間違いは1か所あった。


わたしは「処分」のことしか考えていなかった。処分されるかどうかと、推薦を出してもらえるかどうかは、別の話だ。


学校は、処分しないまま、外すことができる。


そのことを、わたしは4月25日まで知らなかった。


4月23日の夜、動画をもう一度見た。


15回見た。


15回見て、わかったことが3つある。


1つ。音が入っていない。消してあるのではなく、最初から録っていない。マナー設定のまま撮ったのだと思う。


2つ。画面が揺れていない。手で持っていたら揺れる。机に立てかけたか、筆箱に立てかけたかだと思う。


3つ。始まりが早い。


わたしが体を右にねじる前に、0.5秒ほど、何も起きていない時間がある。


消しゴムが落ちたのは偶然だ。わたし自身が、落とすつもりで落としていない。


偶然を撮るためには、偶然が起きる前から撮っていなければならない。


つまり、撮った人間は、あの日、何かが映ることを期待して、ずっと構えていた。


わたしはそこで、スマホを伏せた。


伏せたのは、その先を考えたくなかったからだ。


考えたくなかった理由を、わたしは自分でわかっていた。


わかっていて、その夜は、そこで寝た。



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