↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
親友に嵌められて推薦枠を失った日から、わたしは同じことをする側になりました  作者: 桜野結
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/15

第十三話 都築の帰還

10月21日、月曜日。


朝、昇降口で靴を履き替えていると、1年生の列のほうから声が聞こえた。


「え、戻ってきたの?」


「らしいよ」


「なんで」


わたしは、その会話を最後まで聞かなかった。


聞かなかったが、心臓が動いた。


動いてから、なぜ動いたのかを考えて、答えが出た。


わたしは、その日が来ることをずっと想定していた。


想定していて、来ないことを願っていた。


昼休みに、確認した。


1年3組に、都築陽が戻っていた。


転校先は隣県の県立高校だった。1学期の終わりに移って、2学期の途中で戻ってきた。


理由は、誰も知らなかった。


「向こうで馴染めなかったんじゃない?」と、3年の誰かが言っていた。


わたしはその推測を、たぶん当たっていると思った。


思ってから、自分が「馴染めなかった理由」の側にいることを、もう一度確認した。


10月22日、火曜日。


わたしはその日、1日中、都築の名前を考えていた。


考えていたのは、都築のことではない。


自分の推薦のことだ。


都築が戻ってきた。都築は、自分を売ったのが3年の誰かだと知っている。生徒指導部の先生から「3年の子から聞いた」と言われている。名前までは知らない。


知らないが、6月19日にわたしのところへ来た。


——先生が言ってました。3年の子から聞いたって。3年で、わたしのこと知ってる人、いないんですけど。


あのとき、都築はわたしの名前を突き止めていた。どうやってかはわからない。だが、突き止めていた。


つまり、都築は言おうと思えばいつでも言える。


言えば、どうなるか。


わたしは規定を思い出した。『評定平均値が同一の場合は、出席状況及び日常の行動記録を総合して判定する』


日常の行動記録。


室生先生は9月にこう言った。「日常の行動記録っていうのは、文書だけじゃないんだ」「印象だよ」


1年生を売った3年生。


その印象がつけば、12月の選考委員会で、わたしは終わる。


わたしは1日かけて、そこまで整理した。


整理してから、自分に聞いた。


——都築が戻ってきたことを知って、最初に考えたのが、これでいいのか。


答えは出なかった。


出なかったが、翌日、わたしは1年3組の前を通った。


10月23日、水曜日。


放課後、わたしは1年3組の前を通った。


通る用事はなかった。7月19日にも同じことをした。あのときは誰もいなかった。


今度は、いた。


廊下側の窓から2列目、前から3番目に、背の低い子が座っていた。髪を1つに結んでいた。


都築陽だった。


顔を見て、思い出した。


6月19日に、昇降口で会っている。1回だけだ。あのときも、この子は泣いていなかった。


わたしは廊下に立っていた。


都築が顔を上げた。


目が合った。


都築は何もしなかった。立ち上がりも、目をそらしもしなかった。


こちらを見ていた。


わたしのほうが、先に目をそらした。


翌日、都築のほうから来た。


昼休み、3年5組の廊下側の窓の外に立っていた。


「佐倉先輩」


「……うん」


「ちょっといいですか」


教室にいた何人かが、こちらを見た。楓も見た。


わたしは廊下に出た。


わたしたちは、階段の踊り場まで歩いた。


「戻ってきました」


「うん」


「向こう、無理でした」


「そう」


「途中から入ると、もう席が決まってるんですよね。誰も悪くないんですけど」


都築はそう言った。


言い方が落ち着いていた。6月と同じだった。


「先輩に聞きたいことがあって」


「なに」


「なんで、わたしだったんですか」


わたしは、答えを持っていた。


6月19日にも持っていた。


——あなたが、わたしの知らない人だったからです。


その1文を、わたしは4か月持っている。


「……わたしが悪かった」


わたしはそう言った。


都築の顔が、はじめて動いた。


「そういうのが一番むかつく」


声が、少しだけ大きくなった。


「わたし、謝ってほしいなんて一言も言ってないです」


「……」


「なんでわたしだったのかを聞いてるんです」


わたしは黙った。


「先輩、答えを持ってますよね」


「……」


「持ってて、言わないですよね」


わたしは、そこで、言うべきだと思った。


思ったのに、口が動かなかった。


言えば、この子は理解する。理解して、それでも納得しない。納得しないまま、わたしを一生憎むことになる。


——それでいい。


そう思ったはずだった。思ったはずなのに、言えなかった。


「言えないんですね」


都築はそう言った。


「わかりました」


「先輩、1個だけ言っていいですか」


「うん」


「わたし、やってます」


「知ってる」


「3回やってます。全部、本当です」


「うん」


「だから、処分されたのは当然なんです」


都築は階段の手すりに手を置いた。


「当然なのに、腹が立つんですよ」


わたしは、その言葉を聞いていた。


「自分が悪いってわかってて、それでも誰かのせいにしたいんです。でも、誰のせいにもできないんです。だって、わたしがやったから」


「……」


「だから先輩に聞いてるんです。理由があれば、そっちのせいにできるので」


わたしは、そこではじめて理解した。


この子が欲しいのは、謝罪ではない。


理由だ。


理由がないと、この子は自分だけを憎み続けなければならない。


わたしが理由を渡せば、この子は半分だけ楽になる。


わたしは持っている。持っていて、渡していない。


渡さない理由は1つだ。


——渡したら、わたしが最低な人間だと確定するからだ。


わたしはこの子の回復より、自分の見え方を選んでいる。


6月に選んだのと、まったく同じ選び方だった。


「先輩」


「うん」


「万引きした理由、聞かないんですね」


わたしは顔を上げた。


「……聞いていいの」


「聞いてこないと思ってました」


都築は少し笑った。


笑ったのは、そのときが初めてだった。


「みんな聞くんですよ。なんでやったのって。先生も、親も、転校先の先生も」


「うん」


「言わないですけど」


「なんで」


「言うと、かわいそうな子になるので」


わたしは、その言葉を聞いて、階段の手すりを握った。


同じことを、わたしも5月に考えている。


——かわいそうな子になると、もう戻れない。1回そう見られた人間は、次の年もそう見られる。


わたしは黙った。


「じゃあ、失礼します」


都築は頭を下げた。


6月と同じように、下げた。


下げてから、行った。


わたしは、その夜、都築のことを書き出した。


書き出したのは、整理するためではない。


言えなかった理由を、文字にしておかないと、また忘れると思ったからだ。


都築陽。16歳。1年3組。バドミントン部。4月に3回、駅前の文具店で万引きをした。理由は言わない。言うとかわいそうな子になるからだ。


6月に処分を受けた。家庭謹慎5日と反省文。退学ではなかった。


部の中で犯人探しが始まって、転校した。転校の余波で、1年が2人辞めた。


10月に戻ってきた。転校先で馴染めなかった。


この子が失ったものを、数えてみる。


部活。学校。1学期の後半。転校先の4か月。それから、たぶん、親との関係も。


わたしが失ったものは、7月に5つ数えた。


母。父の会社。東悠真。神谷楓。都築陽。


その5つ目に、この子の名前が入っている。


わたしは自分の損失リストに、自分が壊した人間を入れていた。


7月に書いたときは、それが変だと思わなかった。


10月に読み返して、はじめて変だと思った。


失ったのではない。


こちらが捨てたのだ。


教室に戻ると、楓が机に来た。


「今の子、誰?」


「1年」


「知り合い?」


「知らない」


嘘だった。


この半年で、はっきりした嘘をついたのは、これが6回目だった。


4月に3回。「寝てないだけ」と、「ないよ」と、「なかった」。


9月に1回。玄関で、涼子さんに「いないみたいです」と言った。


10月に1回。父に「わたしも知らない」と言った。


6回目は、楓に対してだった。


4月は、数えなくても覚えていた。10月は、数えないと出てこなかった。


「ふうん」


楓はそれ以上聞かなかった。


聞かなかったので、わたしは席に座った。


その日の放課後、わたしは昇降口で、都築と柏木千歳が話しているのを見た。


2人は下駄箱の列のあいだに立っていた。


千歳が何か言って、都築がうなずいた。


30秒くらいだった。


千歳が先に出ていって、都築が少しあとから出ていった。


わたしは柱の陰から見ていた。


見ていたことを、そのときの自分がどう思っていたかを書いておく。


わたしは、まずいと思った。


都築がかわいそうだとは思わなかった。千歳が何を企んでいるのかも考えなかった。


まずい、とだけ思った。


自分の推薦が危ないと思った。


柱の陰から出たとき、千歳が下駄箱のところに戻ってきていた。


戻ってきた、というより、待っていた。


「見てたでしょ」


「……うん」


「聞かないの」


「何を」


「あの子が、何を言ったか」


わたしは聞かなかった。聞けば、こちらが怯えていることが伝わる。


千歳は、少しのあいだ待った。


待ってから、言った。


「じゃあ、教えてあげる。これもただでいい」


「……」


「あの子、わたしに聞いてきたの。柏木先輩は、6月にわたしのことを誰かに話しましたか、って」


わたしは、下駄箱の縁に手を置いた。


「なんて答えたの」


「答えてないよ」


千歳は靴を履き替えた。


「まだ」

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

ブックマークや下の☆☆☆☆☆の評価にて応援していただけますと励みになります!

この作品が面白いと思ったら


『( ゜∀゜)o彡°』


とだけコメントください

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。