「金曜日のひととき」
金曜日、定時を五分ほど過ぎた頃。
白石綾子は顧客へのメールを送り終え、小さく伸びをした。
今日は同期の橘真由とご飯に行く約束をしている。
パソコンの右下に社内チャットのポップアップが出る。
「先に降りてるね」
真由からだった。
——早いな。
白石も最後のメールを送信し、急いで退勤する。
エレベーターでスカイロビーまで降りると、
ヒールの音と一緒に、聞き慣れた明るい声がした。
「綾子ー!」
振り向くと、真由が小さく手を振っている。
今日はベージュのコートに、ゆるく巻いた髪。
会社にいる時より少しだけラフなのに、不思議と華やかだった。
「お疲れさま」
「お疲れー!やっと金曜!」
並んでエレベーターに乗り込む。
金曜の夜のオフィスビルは、どこか軽い空気が漂っていた。
外に出ると、冬の空気が少しだけ頬に冷たい。
「どこ行く?」
「この前言ってたパスタの店、空いてるかな」
「いいね、あそこ好き」
駅前の細い路地にある、小さなイタリアン。
会社の人に遭遇する可能性が低い、2人のお気に入りだ。
タイミングよく、すぐに席に案内され、お冷が運ばれてくる。
注文を終え、ようやく息をついたところで、
真由がストローの袋をいじりながら言った。
「ねぇ、綾子」
「ん?」
「最近なんかあった?」
水を飲もうとしていた白石は、
少しだけむせそうになった。
「え、なんで」
「いや別に深い意味ないけど。
今週半ばからいつもより表情が明るいっていうか…」
観察力が鋭いのは昔からだ。
白石は苦笑する。
「何もないよ。ややこしかった案件がやっと整理しきれたくらいかな」
「ふーん」
納得していない顔。
真由は昔から、
人の空気の変化を読むのがうまい。
「そういえば、綾子の部署の森くんっているじゃん」
真由が続けた。
「この間初めて話したんだよね。彼、ちょっとチャラく見えるじゃん」
「…うん、見た目はね」
「でもめちゃ真面目だよね」
白石は、小さく笑った。
真由なら、きっと同じことを思う。
「意外と、って言われるタイプだよね」
真由が笑う。
その言葉に、白石は小さく頷いた。
「真由もでしょ」
「え?」
「“意外と”って、よく言われるじゃん」
真由は一瞬だけ目を丸くして、
それから肩をすくめた。
「言われる。めちゃくちゃ」
料理が運ばれてくる。
湯気の向こうで、真由がフォークを持ちながら続けた。
「ギャルっぽいってだけで、
仕事できなそうって思われるの、まだあるよ」
軽く言ったようで、
少しだけ本音が混じっていた。
白石は静かに聞く。
「でもさ」
真由が笑う。
「最初からちゃんと見てくれる人もいるじゃん」
「うん」
「綾子とか」
少し照れくさくなって、
白石は水を飲んだ。
そしてフォークにパスタを絡ませながら続ける。
「森くんも、そういうタイプだと思うよ。
一緒に働いてると、よくわかる」
真由は先日のやり取りを思い出す。
『意外と、って何だよって思うよね』
吹き出しかけた森の顔が浮かんで、
小さく笑った。
「彼、ちゃんと見てるよね、人のこと」
真由の言葉は軽いけれど、
どこか嬉しそうだった。
窓の外では、金曜の夜の街がゆっくり流れている。
新田とも、同じようなことを言っていた。
本当のことは、ちゃんと話さないとわからない、と。
きっと真由も同じような価値観なのだ。
「私、真由と同期で…同じ会社に入れてよかったよ」
今度は真由が照れくさそうに
「何それー!私も。とか言っとく?」
と笑った。
金曜の夜の街は明るくて、
来週もまた頑張れそうだと思った。




