「ここから、もう一度」
告白された、あの夜景の場所に着いた。
6月の終わりが近づき、日も長くなっている。
それでも——目の前に広がる景色は、あの日と変わらず綺麗だった。
二人でしばらく並んで眺める。
風が、静かに通り過ぎる。
やがて、白石が口を開いた。
「新田くん。今日は一緒に来てくれて、ありがとう」
一度、言葉を選ぶように間を置く。
「……ひとつずつ、話したいの。いいかな?」
「もちろん」
新田はすぐに頷いた。
「俺も、話したい」
白石は小さく息を吸う。
「展示会の日ね。A社の人で、すごく綺麗な人がいるなって、森くんたちと話してたの」
ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「その人が今回の企画担当だって聞いて……同じくらいの年に見えるのに、こんな大きな仕事を任されて、ちゃんと形にしてるの、すごいなって思った」
少しだけ、目を伏せる。
「その人が、新田くんと並んだとき……すごく似合ってて」
少し言葉に詰まる。
「私、嫉妬してた」
新田は何も言わず、ただ聞いている。
「でも、それって……自分に自信がないからだって思ったの。何も頑張ってない自分が悪いって」
首を振る。
「だから、もっと仕事も頑張って、ちゃんとした人になろうって……新田くんに見合う女性になろうって、思った」
その言葉に、新田が静かに返す。
「白石さんは、十分素敵だよ」
まっすぐに見る。
「仕事だって、毎日見てる。頑張ってるのも知ってる。何も頑張ってないなんて、誰も思わない」
白石は、小さく笑った。
「……ありがとう」
少しだけ、肩の力が抜ける。
「それでね。片山部長から、元同期だって聞いて……納得したの。私も、同期って特別だと思うから」
視線を、夜景に戻す。
「でも……やっぱり距離が近く見えて。不安で」
新田の表情が、わずかに曇る。
「元カノだって聞いた瞬間に——」
言葉が、また少しだけ詰まる。
「……トラウマが、フラッシュバックして」
声が震える。
「また同じことになるんじゃないかって、怖くなったの」
…白石の目に涙が滲んだいた。
「新田くん、あんな顔するんだって……二人があまりにも自然で、似合ってて」
ぎゅっと、指先に力が入る。
「私、美人でもないし……取り柄もないし」
小さく、息を吐く。
「また、“選ばれない側”になるのが怖かった」
ぽろり、と涙が落ちた。
「……でも」
ゆっくりと顔を上げる。
「それは言い訳で……私が、新田くんを信じられなかっただけ」
まっすぐに見つめる。
「信じてあげられなくて、ごめんなさい」
一歩、言葉を重ねる。
「大切なときに、不安にさせて……ごめんね」
静かに、頭を下げた。
ーー少しの沈黙が流れた。
風の音だけが、二人の間を通る。
やがて、新田が口を開いた。
「……俺は、白石さんだけを想ってる」
ゆっくりとした声。
「でも、結果として不安にさせた。それは、本当に申し訳ないと思ってる」
視線を落とさず、続ける。
「川上由梨は、前の会社の同期で……一年くらい付き合ってた」
「別れてからは、同期の集まりで顔を合わせるくらいだった」
少しだけ、息を吐く。
「今回のA社の案件は、その集まりで話を聞いて、うちの商売に繋がりそうだと思ったのがきっかけ」
白石は、黙って聞く。
「開発の段階では、担当者として何度も話した。彼女も初めての大きな案件で……俺も、同じだった」
目を細める。
「だから、気づいたら……昔の同期みたいな距離感に戻ってたんだと思う」
二人の間に風が吹いた。
「展示会の日は、正直、嬉しかった。形になったことが」
自嘲気味に笑う。
「……気が緩んでた」
そして、はっきりと言う。
「でも、それは恋情じゃない。そこだけは、信じてほしい」
少しだけ、声が低くなる。
「それより——」
「白石さんが一番つらかったときに、隣にいなかったことが……一番悔しい」
その言葉に、白石の目が揺れる。
「何もできなかった自分に、腹が立った」
静かに、でも強く言う。
「今日、お兄さんから話を聞いて……初めて知ったこともたくさんあった」
「俺たち、まだお互いのこと、知らないことばかりなんだなって思った」
新田は一歩、距離を詰める。
「でも」
まっすぐに見つめる。
「白石さんを想う気持ちは、本物だ」
ほんの少しだけ、息を整えてから。
「白石さん、ここから……また一緒に、歩いていけませんか」
白石は、涙を拭って。
小さく、でもはっきりと頷いた。
「……はい」
夜景は、変わらずそこにあった。
けれど——
二人の間にあったものは、確かに変わっていた。




