「“意外と”って、よく言われます」前編
森海斗は、始業時間の30分前には席に着くタイプだった。
オフィスに入ると、営業一課で既に一人、パソコンを立ち上げている人がいる。
「おはようございます、新田さん」
声をかけると、隣の席の新田は顔をあげた。
「森くん、おはよう。今日も早いな」
「新田さんもっすね」
軽い口調だけど、敬語は崩さない。
それが森海斗のいつもの距離感だった。
「今日、午前中は外出っすか?」
「ああ。10時にA社の山下さんと川上さんと…例の新規案件について詰めてくる。」
「了解っす。ではF社の案件、午前中に返ってきたら俺の方でまとめときます」
「助かる」
短いやり取り。
でも、仕事の話になると、無駄がない。
森海斗は画面を見ながら、新田の声が、いつもより少しだけ落ち着いていることに気づいた。
穏やか…というか、余計な力が抜けている。
——まあ、何かあったんすかね。
そう思ったけど、口には出さなかった。
時計を見ると、始業時間の五分前だった。
そのタイミングで、フロアの入口がにわかに賑やかになる。
「おはようございます」
事務の女性陣が、ほぼ同時に出社してくる。
——朝からみんなすげぇな。
髪巻いて、まつ毛までちゃんとして。
森海斗が女性陣の挨拶に答えていると、2つ隣の席の白石綾子が出社してきた。
白石が先に声を出した。
「森くん、おはよう!」
「白石さん、おはようございます!」
新田もそれに続く。
「白石さん、おはよう」
白石も挨拶に答える。
白石さんと新田が交わした挨拶に、森海斗は一瞬だけ目を留めた。
言葉は同じ。
でも、温度が違う。
なんかいつもと雰囲気違う…?
2人ともなんか柔らかいっていうか…
——まあ、何かあったんすかね。
また口には出さず、心に留める。
「森くん、昨日頼まれた資料、今日の午前中にはまとめられるので、出来上がり次第送るね!」
「ありがとうございます!助かるッス!」
白石綾子は、営業アシスタントとしての仕事がとにかく丁寧だった。
欲しいものを、欲しいタイミングで先回りしてくれる。
入社以来、何度助けられたかわからない。
「F社の案件、この資料があればもっと良いものに繋がりそうだよね!森くん、いつも鋭い視点を持ってるよね!」
「……あざっす」
白石さんはいつも率直に褒めてくれるから、照れる。
また、それが頑張りに繋がることもあり、幾度となく助けられている。
自分の見てくれで勝手なイメージを持たれることは多かった。
上司の片山部長も先日の新年会で
「お前、意外と細かいところまでよく見て、いい着眼点を持ってるよな!」
と、言われたところだ。
思い出しただけで胸の奥がざわつく。
…“意外と”って何だよ。
……ま、もう慣れてる。
開きかけた感情ごと、パソコンの画面に押し込めた。




