「新田くんの歴代の彼女って、美人な人ばっかりだったんだって。」後編
『新田くんの歴代の彼女って、美人な人ばっかりだったんだって。』
更衣室での橘真由の言葉が頭をよぎる。
その言葉が頭に残ったまま、
私は新田と向かい合って喫茶店のテーブルに座っていた。
なんと返せばよいのか…
「…えっと、新田くんの歴代の彼女が…」
とまで言いかけたところで、彼が食いついてきた。
「そう!!!それです!!!」
メニューを持ったまま、やや前のめりになる彼に、思わず瞬きをした。
そんなに勢いよく肯定されるとは思っていなかった。
「先週末の新年会で、片山部長が、
“新田は付き合う子がみんな美人でさ”って言い出したんですよ」
少し困ったように笑って、彼は肩をすくめた。
あの場の光景が、頭に浮かんだ。
グラスを片手に声が大きくなる片山部長、
周りで愛想笑いをする同僚たち。
実際のところ、新田とは席が離れていたので、その噂は真由から聞いたのが初めてだった。
「たぶん、場のノリです。かなり酔ってましたし
白石さんは席が離れてたけど、もしかしたら聞こえてたかな…って思って」
——自分の席を覚えていたんだ。
胸の奥が、少しだけ騒がしくなる。
「ああ……たしかに、かなり盛り上がってましたね」
私の返事を聞いて、新田は一瞬だけ視線を落とした。
「でも、ああいう噂って、勝手に膨らむじゃないですか」
そう言ってから、少し間を置く。
「正直に言うと、
白石さんには、そう思われたくなかったんです」
胸の奥が、静かに鳴った。
指先でメニューの端をなぞりながら、彼は続ける。
「僕は、ちゃんと話を聞いてくれる人とか、
人のことを雑に扱わない人。
そういう人がいいなって思っています。」
その言葉が、私の中でゆっくり落ちていく。
「だから……」
顔を上げた新田が、まっすぐこちらを見た。
「白石さんにまで、
“ああ、噂どおりの人なんだ”って思われたら、
それはちょっと、嫌だなって」
その視線が、
喫茶店の中で、
いちばん静かで、やさしかった。
胸の奥が、また小さく揺れた。
喫茶店の窓に映る自分を、
私は一瞬だけ見た。
相変わらず、特別な顔じゃない。
それでも今夜は、
少しだけ違って見えた。
「噂のことは真由…同期の橘真由から聞きました。
でも、噂は噂で、本当のことは本人とよく話さないとわからないな…って私は思ってます。」
彼はホッとしたような、優しい目で私を見た。
「だから、新田くんのこと、もっとよく知りたいです。」
自分でもこんな言葉が口から出てくるとは思わなかった。
鼓動が早くなる。
顔は赤くなってないだろうか。
向かいに座る彼は、少し驚いたように目を丸くしたあと、照れたみたいに視線を逸らした。
少しだけ名残惜しそうに、新田が笑った。
「……そろそろ、注文しようか」
その夜のコーヒーは、
いつもより、少しだけ苦くなかった。




