「この続きがしたい」
6月に入り、A社主催の展示会が、いよいよ目前に迫っていた。
慌ただしい日々の中でも、
休みの日は新田と過ごす時間が増えていた。
一緒に散歩をしたり、食事をしたり。
少し遠くまでドライブに出かけることもある。
そんな時間が、当たり前になりつつあった。
水曜日。ノー残業デー。
仕事を終え、会社を出ると、
ロータリーには新田の車が停まっていた。
ドアを開けると、少しだけ疲れた表情。
「お疲れ様」
「……お疲れ様」
声はいつも通りだったけれど、
どこか力が抜けている。
A社の上市が目前に迫り、
最終調整が続いていると聞いていた。
車は、あの日と同じ場所へ向かっていた。
告白されたときに連れてきてもらった、あの夜景。
エンジンを止めると、
フロントガラス越しに、街の灯りが広がる。
「……やっぱり、きれいだね」
「うん」
しばらく、二人で同じ景色を見ていた。
「ちょっと、補充したい」
新田が、ぽそっと言う。
「じゃあ、何か買ってくるね」
そう言ってドアに手をかけた、その瞬間。
腕を、軽く引かれた。
「……いい」
カチ、とロックの音。
少しだけ、シートが倒される。
そのまま、距離が近づいた。
触れるだけじゃない、キス。
驚きながらも、
白石は、ゆっくりと目を閉じた。
いつもより、少しだけ長くて、深い。
どうしていいか分からなくて、
ただ、新田の流れに身を任せる。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
思わず、小さく息が漏れた。
——こんなの、初めて。
恥ずかしさで、顔が熱くなる。
ふっと、唇が離れた。
目を開けると——
新田が、まっすぐにこちらを見ていた。
少しだけ頬を赤くしながら、
でも、真面目な顔で。
「白石さん」
静かな声。
「……俺、今度、この続きがしたい」
その言葉に、
頭の中が一瞬だけ真っ白になる。
何を意味しているのか、分からないわけじゃない。
心臓が、うるさい。
いろんな想像が、一気に浮かんで——
白石は、ほんの少しだけ間を置いた。
「……よろしくお願いします」
らしい、といえば、らしい返事。
新田が、ふっと笑う。
「うん」
もう一度、優しくキスをした。
帰り道。
さっきよりも、少しだけ軽くなった空気。
新田の表情も、どこか柔らいでいた。
「ね、新田くん」
「ん?」
「北海道に、すごくきれいな夜景が見られるところがあるんだって」
少しだけ身を乗り出して、続ける。
「今度、行ってみたい」
新田は、一瞬だけ驚いたように目を細めた。
白石から、行きたい場所を言うのは珍しい。
「いいね」
自然と、笑みがこぼれる。
「夏になる前に行きたいくらいだな」
——一緒に行ける。
その事実だけで、胸が少し高鳴る。
信号が赤に変わり、車が止まる。
新田は、ちらりと横を見る。
「……でもさ」
少しだけ、意地悪な間。
「北海道だと、泊まりになるけど」
白石の頬が、じわりと赤くなる。
「……うん、大丈夫」
そして、小さく続ける。
「だから……そのときに、続きをするのはどうかなって」
一瞬の、沈黙。
新田が、ふっと笑う。
「なるほど。それもいいね」
青信号に変わる。
車が、ゆっくりと動き出す。
「土曜日の展示会の次の日、旅行会社でも見に行く?」
「うん、そうしよう」
白石は、少し照れながらも、嬉しそうに頷いた。
またひとつ、楽しみが増える。
その先にある未来を、
まだ少しだけ遠くに感じながら——
二人は、同じ方向を見ていた。




