表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/39

「それぞれの空へ」

5月3週目。


ゴールデンウィークが終わったと思えば、あっという間に5月も中旬に差し掛かっていた。



空港。


人の流れに紛れながら、森海斗は手荷物のバッグを開いた。


中から取り出したのは、小さな御守り。


「何それ、御守り?」

横から、新田が覗き込む。


「なんだ、彼女からか?」

少し離れたところで、片山部長が軽い調子で声をかけた。


森は一瞬だけ視線を落としてから、答える。


「いえ……まぁ、大切に思ってる人からです」


その言葉に、それ以上の追及はなかった。




——先週の金曜日。


ゴールデンウィーク明けの慌ただしい午後。

珍しく、橘真由の方から声をかけてきた。


「ちょっといい?」


そう言って、給湯室へ向かう。


「この間のさ、なんで話してくれたの?」


あのときのことだと、すぐに分かった。


「……なんとなくっす」


いつもの軽さとは違う声で、森は真由の目をまっすぐ見て答えた。

その話をしたのは、彼女が初めてだった。


「そっか」


腕を組んでいた真由が、ゆっくりとそれを解く。


「ありがとう。大切な日に立ち会わせてくれて」


思ってもみなかった言葉に、森はわずかに目を見開いた。


「てゆーか、あんま思い詰めるんじゃないわよ」

少しだけ強い口調で続く。


「あんた、ちゃんと男前よ」


それが見た目のことじゃないのは、すぐに分かった。


「もっと気楽に生きたらいいのよ」

真由の声は、どこかまっすぐだった。


「他人にどうこう言われても、大切な人が信じてくれてたら——きっと心は守れるわ」


そう言って、ポケットから何かを取り出す。


「ほら」

差し出されたのは、小さな御守りだった。


「なんすか、これ」

受け取りながら、思わず聞く。


「毎年、自分に買ってるの。自分を守るために」

少しだけ肩をすくめて、

「森くんにあげるわ」

軽く言う。


受け取っていいのか、一瞬迷う。


それでも——


「……ありがとうございます」

自然と、そう口にしていた。


「じゃーね。海外出張、頑張んなさいよ」

いつもの調子で手を振って、真由は給湯室を出ていった。



——そういえば橘さんの、“結婚に縁がない”って話、聞けなかったな。


そんなことを思い出しながら、森は御守りをバッグに戻した。



搭乗ゲート前。

それぞれが静かに出発の時間を待っている。

席はバラバラに手配されていた。


新田は機内に入り、手荷物を棚に押し込むと、ゆっくりとシートに腰を下ろした。


窓の外には、よく晴れた空。


——ゴールデンウィーク。


自然と、白石のことを思い出す。

体調が悪そうだったあの日。

迷わず、自分の家に来ることを提案した。

付き合って間もないのに。


本当は、少しだけ迷いもあった。


でも、それよりも——

早く、休ませてあげたかった。


部屋は、もともと綺麗にしている方だ。

それでも、白石と付き合い始めてからは、どこか意識が変わった。

いつ来てもいいように。


ココアも、そのひとつだった。

自分は飲まないのに、彼女が好きそうだからと買っておいた。


——特別だな。


これまでとは、明らかに違う。


お祝いの“リクエスト”も、本当は口実だった。

それでも、白石は頬を染めながら応じてくれた。


嫌じゃ、なかっただろうか。


ふとそんな考えがよぎる。


でも——


あのときの表情は、違った。


むしろ。


思い出すだけで、胸の奥が少しだけ熱くなる。


「……いや」

小さく息を吐く。


——大切にするって決めただろ。


自分に言い聞かせるように、視線を落とした。



そのあとも、何度か会った。

送り迎えをして、無理をさせないようにして。

自分の家で映画を見て、他愛ない話をして。


隣に座らせて。


触れて。


キスをして。



——完全に、ハマってるな。


苦笑がこぼれる。


それでも、その感覚は嫌じゃなかった。


むしろ——


心地いいと思っている自分がいた。


「まもなく離陸いたします」

アナウンスが流れる。

シートベルトを締める音が、あちこちから聞こえる。


新田は、ゆっくりと目を閉じた。


——行ってきます。


誰に向けたわけでもない言葉を、心の中で呟く。


機体が、ゆっくりと動き出す。


やがて加速し、地面を離れた。

雲ひとつない空へと、飛行機は真っ直ぐに上がっていく。


それぞれの場所で、

それぞれの想いを抱えたまま。


また少しずつ、日々が動き出していく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ