「また日々が動き出す」
ゴールデンウィーク明けの木曜日。
事務職のフロアは、朝から慌ただしかった。
止めていた出荷が一斉に再開され、積み上がる受注データ。
連休前に出した商品の問い合わせも重なり、電話もメールもひっきりなしに鳴り続ける。
「お世話になっております——」
あちこちから聞こえる受話器越しの声。
ふと耳を傾けると、その多くは新入社員たちのものだった。
ワンコールで電話を取り、取り次ぎをする。
まだ少し硬さはあるものの、教えた通りに丁寧に対応しているのが分かる。
——ちゃんと、身についてる。
白石はキーボードを打ちながら、小さく息をついた。
手を止めずに仕事が進む。
それだけで、どれだけ助かるか。
「この件、先に出荷手配お願い」
「はい!」
隣では福井が慌ただしくメモを取り、画面に向かっている。
少し前まで戸惑いがちだった動きも、今はだいぶ迷いが減っていた。
一方で——
フロアの奥では、片山部長と新田、そして森が打ち合わせをしていた。
ホワイトボードにはびっしりとスケジュールと工程が書かれている。
A社の案件。
日本で資材を調達し、海外の関連会社へ輸出。
現地で加工し、再び日本へ輸入して販売する。
その最終確認のための、海外出張。
来週月曜から金曜まで。
サンプル品はすでに何度も確認済み。
今回は、現地工場での製造ラインの確認も含めた、最終の詰めだ。
——一週間、丸々か。
白石は、ふと視線を向けた。
資料に目を落としながら話す新田の横顔。
…次に会えるの、再来週か…。
思っていたよりも、少し遠く感じた。
そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ静かになる。
でも、その感情に浸る間もなく、
「白石さん、この案件って——」
呼びかけられて、すぐに意識を戻した。
「うん、それは——」
仕事は、待ってくれない。
気づけば、次々と対応事項が積み重なっていく。
福井に任せられるものは振り分け、自分で処理するものは一気に片付ける。
…今日明日で、落ち着けばいいけど。
心の中でそう呟きながら、手を動かし続けた。
その忙しさの中で、
福井の様子がいつもと少し違うことに、白石は気づけなかった。
怒涛の木曜日と金曜日は、あっという間に過ぎた。
ついこの前まで一週間も休みがあったのに、
気づけば、どっと疲れが押し寄せてくる。
帰り道。
スマートフォンが震えた。
『お疲れ様。怒涛の2日間だったね。
今日、夜電話してもいいかな?
21時くらいになると思う』
新田からだった。
…新田くんも話したいと思ってくれてたのかな。
思わず少しだけ笑う。
ゴールデンウィーク中も、半分くらいは一緒に過ごした。
それでも、こうして連絡が来ると、少しだけ嬉しくなる。
『お疲れ様。電話待ってるね。
新田くんも、残業はほどほどにね』
送信ボタンを押してから、ふと思う。
…前より、文面が少し柔らかくなったかも。
そんな小さな変化に、気づく自分がいた。
一人暮らしのマンションまで、あと少し。
21時。
『白石さん、お疲れ様。新田です』
電話越しの声に、ほっとする。
『忙しかったのに、電話してごめん』
「大丈夫だよ。話したかったし」
少しの沈黙。
その間に、同じ一日を過ごしていたような感覚が流れる。
「来週から海外出張だね」
『うん。だから、その前に——』
一瞬、言葉を選ぶような間。
『週末…って言っても明日か明後日なんだけど、会えないかな』
白石は、少しだけ瞬きをした。
『……ちょっと、充電しときたくて』
充電。
その言い方が、なんだか少しだけくすぐったい。
「いいよ。私も会いたい」
自然と、そう言っていた。
『よかった』
電話の向こうで、新田が少しだけ笑った気がした。
通話を切ったあと。
部屋の中は静かなのに、さっきまでの声が、まだどこかに残っている気がする。
来週は、会えない。
でも——
その前に、会える。
白石は、バッグを置いて、ゆっくりと息を吐いた。
忙しい日々は、また始まったばかり。
それでも、その中に、ちゃんと楽しみがあることが、少しだけ、嬉しかった。




