「それぞれのゴールデンウィーク」橘真由編
ゴールデンウィーク。
橘真由は、特に予定もなく自宅のソファに寝転んでいた。
テレビはついているが、内容は頭に入ってこない。
「……暇ね」
ぽつりと呟いて、スマートフォンをいじる。
友達のSNSには、旅行やデートの写真が並んでいた。
別に羨ましいわけじゃない。
そう思いながら、画面を閉じる。
真由は実家暮らしだ。
妹と弟がいて、妹はまだ学生。
学費も生活費も、できるだけ負担を減らしたいと思っている。
だから給料の多くを家に入れている。
派手な見た目のせいか、「ブランド好きそう」と言われることもあるが、実際はほとんど持っていない。
興味がないわけじゃない。
でも、それより優先するものがあるだけだ。
「……ちょっと出るか」
財布とスマートフォンだけ持って、家を出た。
向かったのは、定期圏内の商業施設。
ウィンドウショッピングなら、お金はかからない。
服やアクセサリーを眺めながら、気ままに歩く。
そのときだった。
「あれ、橘さん!」
聞き覚えのある声に振り返る。
手を振っている男性がいるが、一瞬誰かわからない。
「……え?」
よく見ると——森海斗だった。
「え、森くん!?私服初めて見たから気づかなかったんだけど!」
「そんな変わります?」
ラフな服装の森は、オフィスで見るより少しだけ柔らかく見えた。
「で、何してるんすか?」
「ウィンドウショッピング。森くんは?」
「あー、ちょっと用事で」
少し間を置いて、森が聞く。
「橘さん、彼氏とか、いないんすか?」
唐突な質問に、真由は肩をすくめた。
「いないわよ。…結婚とかも、私には縁ないし」
森は、意外そうに目を丸くした。
「え、なんでっすか」
「さあね。いろいろあんのよ。てゆーか、彼氏いたらあんたと2人でしょっちゅう飲みになんか行かないわよ」
軽く流す。
深く聞かれる前に、話題を変える。
「森くんは何してるの?」
「あー、明日ちょっと花が必要で。予約しに来たんすよ」
「花……?」
「橘さん、明日予定あります?」
「ないけど」
「よかったら一緒に来ません?」
「どこに?」
「内緒っす。遠くないですし、切符は俺が買います」
「なにそれ」
思わず笑ってしまう。
「まあ、予定ないし……行こっかな」
翌日。
駅で待ち合わせた森は、カーネーションの花束を抱えていた。
「……母の日?」
「まあ、そんな感じっす」
曖昧な答え。
二人で電車に乗る。
普段あまり行かない方面。
「降りる駅まで20分くらいっす」
そう言われて降りた駅は、どこか静かだった。
そこからさらにタクシーに乗る。
「……どこ行くの?」
「もう着きます」
到着した場所を見て、真由は言葉を失った。
——墓地だった。
先に何人かが来ている。
森に似た女性と、中高年の夫婦、そして若い女の子。
「海斗!遅いぞ!」
男性が声をかける。
「ごめん、道がちょっと混んでて」
森が軽く頭を下げる。
「こちらは?」
「会社の先輩で、橘真由さんです」
視線が一斉に向く。
「……はじめまして」
軽く会釈する。
「橘さん、こっちが姉貴です」
「どうも」
森にそっくりな女性が、少しだけそっけなく返す。
「で、こっちが叔父夫婦と、その娘」
状況が、つかめない。
真由は正直に言った。
「すみません、何も聞いてなくて……」
すると、叔父という男性が穏やかに口を開いた。
「橘さん、今日は来てくれてありがとう。
海斗の両親は、10年前に事故で亡くなりましてね」
その一言で、空気が変わる。
「それから、私たちが引き取って、一緒に暮らしています」
——そうだったんだ。
真由は初めて、森の過去を知った。
墓石の前で、花を供え、手を合わせる。
真由も、静かに手を合わせた。
何を祈ればいいのか分からないまま、それでも目を閉じる。
ひと通り終わると、「一緒に食事でも」と声をかけられたが、森がやんわり断った。
帰り道は何となくタクシーを使わなかった。
二人で並んで歩く。
しばらく無言が続いたあと、森がぽつりと話し始めた。
「俺が中3のときに、両親が事故で亡くなったんすよ」
前を見ながら続ける。
「それで、姉貴と二人どうするかってなって……母親の弟、叔父さんが引き取ってくれて」
「……そっか」
「養子にするとお金の問題もあるからって、苗字はそのままなんすけどね」
森が少しだけ笑う。
その笑いが、どこか軽くて、でも重い。
ふと、森が真由の方を見た。
「橘さん、結婚に縁ないって言ってたじゃないですか」
「……言ったわね」
「俺もっすよ」
あっさりとした口調だった。
「孤児なんで。彼女できても、結婚ってなったら……相手の家にどう思われるか分かんないし」
風が吹く。
「だから、社会人になってからは彼女作ってないっす。向こうに期待させるのも、悪いじゃないですか」
軽口みたいに言う。
でも、その中にあるものは、軽くなかった。
「意外と同士っすね。結婚に縁ない組」
いつもの調子で笑う森。
——全然、一緒じゃない。
真由は心の中でそう思った。
自分は、選んでいるだけだ。
家族のために。
今の生活のために。
…そして誰にも言えない自分だけの事情のために。
それは、自分の中ではずっと消えない理由だった。
でも、森は違う。
選べなかったものを、ずっと背負っている。
「……ねえ、森くん」
気づけば、口を開いていた。
「その“縁がない”って、自分で決めてるだけじゃない?」
森が少しだけ驚いた顔をする。
「それ、本当に決まってること?」
自分でも、らしくないことを言っていると思った。
でも、言わずにはいられなかった。
森は一瞬だけ黙って、それから小さく笑った。
「……橘さんらしいっすね」
それ以上は、何も言わなかった。
駅に着くころには、夕方になっていた。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ」
最初に待ち合わせした駅の改札前で別れる。
森はいつも通りの様子で真由が角を曲がり見えなくなるところまで見送ってくれた。
真由は自宅へと向かう電車に乗り込み、窓の外をぼんやり眺める。
——結婚に縁がない。…か。
そう言った森の言葉が、少しだけ引っかかる。
本当に、そうなのだろうか。
普段働いているとき、ひょいと突然現れて雑談するとき、飲みに行ったら散々愚痴を聞いてくれるとき…
これまでの彼の姿を思い返しながら、真由は心のどこかに引っかかるものがあるのを感じた。
それが何なのかは、まだ分からない。
でも、簡単に流していいものじゃない気がした。




