「それぞれのゴールデンウイーク」金田遥編
ゴールデンウィーク初日。
カーテンの隙間から差し込む光で、金田遥は目を覚ました。
隣には、まだ眠っている秀平の姿。
規則正しい寝息を立てる横顔を見ながら、遥は小さく息を吐いた。
——こういう朝も、もう何度目だろう。
金本秀平とは大学二回生の頃から付き合い始めた。
同じ大学で、秀平の方が2年上だが同じ授業を履修し、たまたま近くの席に座ることが多かったのがきっかけだ。
当時、周囲からは本心が見えない、とっつきにくいと言われていた自分をほぐしてくれる大切な存在だった。
一緒にいる時間は心地よく、気が付けば付き合って8年が経つ。
秀平は大学院まで行ったので、社会人になったのは遥の方が先だった。
研究で帰宅もできない日もある彼を案じながら、もう成人しているのだから大丈夫だろうと半分はそんな気持ちだった。
同棲し始めたのは秀平が大学院を出て、研究職の仕事に就いて3年目からだった。
もう何年も経っている気もするが、実際はまだ2年しか共に暮らしていない。
最初は、手を繋ぐだけで緊張していたのに。
今では、同じ部屋で目を覚ますことが当たり前になっていた。
「……おはよ」
少し遅れて目を覚ました秀平が、まだ眠たそうに言う。
「おはよ」
遥も自然と返す。
それだけのやり取りなのに、どこか落ち着く。
キッチンに立ち、コーヒーを淹れる。
背後から、そっと覗き込むようにして秀平が言った。
「今日、どうする?」
「んー…特に決めてないけど、買い物くらいかな」
「じゃあ、昼から出よっか」
そんな何気ない会話。
特別なことは何もないのに、満たされていると感じる時間だった。
——このままで、いいのかな。
そう思う自分と、
このままがいいと思う自分がいる。
不満があるわけじゃない。
むしろ、居心地はいい。
優しくて、穏やかで、一緒にいて楽な人。
でも——
どこかで、「次」に進むタイミングを考えている自分もいた。
5月2日。
遥の誕生日。
「おめでとう」
そう言って渡された小さな箱に、思わず笑みがこぼれる。
「ありがとう」
開けると、シンプルなネックレスだった。
仕事でもつけられそうな、控えめなデザイン。
「遥、こういうの好きかなと思って」
「うん、すごく好き」
素直にそう言えた。
夕方。
二人で外に出て、少しだけ遠回りをして帰る。
特別なレストランでもなく、見慣れた街の景色。
それでも、どこか空気が違う気がした。
帰宅後。
リビングで並んで座っていたときだった。
「……あのさ」
秀平が、少しだけ真面目な声で切り出す。
遥は、その声のトーンに気づいて、視線を向けた。
「うん?」
少しの沈黙。
そのあと、秀平はゆっくりと言った。
「将来のこと、ちゃんと考えててさ」
心臓が、少しだけ強く打つ。
「俺の中では、もうずっと前から決まってるんだけど」
そう言って、ポケットから小さな箱を取り出した。
「これからも一緒にいたい。結婚してください」
まっすぐな言葉だった。
何年も一緒にいたのに、
その一言が、こんなにも重くて、あたたかいものだとは思わなかった。
言葉が、すぐには出てこない。
——ああ、ちゃんと来たんだ。
その瞬間、これまでの時間が一気に蘇る。
初めて話しかけられた日。
ぎこちないデート。
何度も喧嘩して、仲直りして。
気づけば、隣にいるのが当たり前になっていた日々。
遥は、少しだけ息を吸った。
「……うん」
それだけで、十分だった。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
言いながら、少しだけ笑う。
涙は出なかった。
でも、胸の奥がじんわりと熱い。
秀平が、ほっとしたように笑った。
その表情を見て、遥も笑った。
——この人となら、大丈夫。
そう思えた。
夜。
遥は姿見の前に立ちネックレスをつけてみる。
両手を後ろに回したところで、秀平が「僕がつけるよ」と後ろに立った。
「遥」
鏡越しに秀平の目を見る。
「似合ってる」
それだけの言葉。
でも、それで十分だった。
今年は特別なゴールデンウィーク、特別な誕生日になった。
遥の未来もまた、静かに形を変え始めていた。
それは劇的なものじゃない。
ただ、確かに隣にある未来だった。




