「同じ夜の、別の場所で」
毎年のことだが、ゴールデンウィークを目前に控えるこの時期は、受注が一気に増える。
「連休前に納品してほしい」という客先の要望が重なり、直前になって追加注文が入ることも珍しくない。
フロアには、いつもより少しだけ慌ただしい空気が流れていた。
白石は新入社員の福井に指示を出しながら、自分の担当分の処理も同時に進めていく。
「この受注、先に入力してくれる?一昨日やった案件と同じだから、大丈夫だと思う。今手に持ってるのはその次に回して。納期優先で」
「はい!」
福井はまだぎこちない手つきながらも、必死に食らいついてくる。
白石はその様子を横目で確認しつつ、次の処理へと手を動かした。
無茶を言ってくる客先もいるが、そのたびに営業が間に入って調整してくれる。
白石は森海斗が担当している客先を仕事を多く持っている。また、森のフォローは的確だった。
「この件、納期ずらせました。代わりにこっち優先でお願いします」
簡潔で無駄がない。それでいて、相手の事情もきちんと汲んでいる。
白石はそのやり取りを見ながら、ふと手を止めた。
——頼もしくなったな。
職種は違えど、ついこの前まで、細かな作業など教えていたはずなのに。
気がつけば、自然と任せられる存在になっている。
そんな変化を、どこか誇らしく感じていた。
その隣で。
福井は、そんな森の姿をじっと見つめていた。
営業とのやり取り、少しだけ低い声のトーン、迷いのない判断。
胸の奥が、わずかにざわつく。
——なんだろう、この感じ。
尊敬とも、憧れとも違う。
でも、目で追ってしまう。
その理由は、まだ自分でもよく分からなかった。
——この気持ちに名前をつけるには、まだ少し早かった。
その日の夕方。
忙しさの波はあったものの、大きなトラブルもなく、白石はいつもより少しだけ余裕を持って退勤することができた。
一人暮らしのマンションに帰宅し、手を洗う。
リビングに入ると、無意識に首元へ手を伸ばした。
新田からもらったネックレス。
そっと外して、そのために選んだ、小さなケースにしまう。
そのまま、ほんの一瞬だけ指先でなぞってから、蓋を閉じた。
——夜ご飯、何作ろう。
冷蔵庫の中身を思い浮かべながらキッチンへ向かおうとしたとき、スマートフォンが震えた。
画面を見ると、新田の名前が表示されている。
少しだけ息を整えてから、通話ボタンを押した。
「もしもし」
『あ、白石さん?今、大丈夫?』
電話越しの声は、いつもより少しだけ低くて、どこか疲れが混ざっているように聞こえた。
向こうから、やや人通りのある雑音が聞こえる。
スカイロビーにいるのかな?と、白石は考えた。
「うん、大丈夫だよ。お疲れさま」
『昨日、メッセージありがとう。』
少し間があってから、続く。
『厚かましいかもしれないんだけどさ……お祝い、リクエストしてもいい?』
新田がリクエストなど珍しいなと思った。
どんなリクエストが出てくるんだろう、と白石は思わず笑った。
「いいよ。なんでも言って」
少しだけ間が空く。
その間に、仕事の空気が流れているのが分かる。
『じゃあ……ゴールデンウィークのどこかで、会えないかな?』
「うん、会いたい」
即答だった。
『よかった。詳しいことはまた連絡する』
「うん、楽しみにしてるね」
短い会話だった。
新田はまだ仕事が残っているのか、「じゃあ、また」と言って電話を切った。
静かになった部屋に、ほんの少しだけ余韻が残る。
さっきまでの声を思い出しながら、白石はゆっくりと息を吐いた。
同じ夜。
同じ時間。
でもきっと、新田はまだオフィスで、仕事に向かっている。
それでも。
こうして繋がっていることが、ちゃんと嬉しかった。
白石はエプロンを手に取り、キッチンに立つ。
包丁を持つ手元が、少しだけ軽い。
ゴールデンウィークまで、あと少し。
その時間さえも、大切にできそうな気がした。




