「先輩みたいになりたい」後編
橘真由のフォローもあり、香川は新入社員の岡山に電話対応や単純作業から教えることになった。
香川がトイレから戻ってくると、三崎が岡山に話しかけていた。
電話対応の際のコツや、取次メモを作ると便利などとアドバイスしていた。
「電話の取り次ぎって、大切な仕事なのよ。丁寧に対応することで、取引先からの印象も変わるからね。それに、お取引先や担当者の名前、取り扱い商品とか、聞いてるうちに覚えられるから、ただ取り次ぐだけじゃないのよ。」
三崎はひとつひとつの仕事に意義があることを伝えていた。
それはかつての自分にも伝えてもらった言葉だったのを思い出した。
「ありがとうございます!意識しながら対応します!」
岡山も不安な顔はなくなり、持ち前のハキハキと言葉で返事を返していた。
(なんで私は三崎先輩にあんな言葉を発してしまったんだろう…)
以前、三崎が子供の発熱などで早退する日々が続いていた。
その度に三崎の仕事のフォローで、残業をしなければならなかった。自分だって早く帰りたい。
子どもって、そんなに毎日熱出すの?ちゃんとしたもの食べさせてないんじゃないの?
他に迎えにいく人とかいないの?旦那さんは?ご両親は?
残業が続くたびにずっと思っていたことが、ある日堰をこえて口に出てしまった。
「また?」「今週何回目?」
一緒になって口にしていた同世代の派遣社員はまもなく契約3年目となり、岡山がある程度育ったころに契約終了となる。
残されたのは、三崎を傷つけた自分だけ。
いつか謝らないとと思いながら、まだ謝れていない。
それなのに、三崎は当たり前のように教育係のフォローをしてくれる。
最低なのは自分だ。
そんなことを考えていると、三崎がマグカップを持って席を外した。
このままじゃ、一生言えない気がした。
急いで給湯室まで追いかける。
「三崎先輩…!!」
突然の声かけに三崎が振り返る。
「香川さん、どうかした?」
三崎は振り返り、いつもと変わらない態度で、首を傾げる。
「あの…私、三崎先輩に酷いこと言ったのに、ずっと謝れてなくて…。本当にすみませんでした!!」
香川が頭を下げる。
三崎が優しく肩を持ち、微笑みかける。
「頭を上げて、香川さん。香川さんは何も悪くないのよ。私が早退してばっかりで、たくさん残業もさせてしまったし、疲労させて不安にさせて、本当にごめんなさい。」
香川は頭を上げ、三崎の目を見てこれまでのことが頭の中に走馬灯のように駆け抜けた。
入社して不安ななか、いつも笑顔でおはようと声をかけてくれたこと。
突然の教育係代理でも文句ひとつ言わずに教えてくれたこと。
限られた時間の中で自分の仕事を完璧にこなしながら、私の苦手な分野はダブルチェックしてくれたこと。
営業と揉めそうになった時、間に入って助けてくれ、守ってくれたこと。
…目頭が熱い。
「私も三崎先輩みたいになれるように、今からでも間に合うように、努力していきます」
香川の目には涙が滲んでいた。
三崎はマグカップと一緒に持っていた、どこか家庭を感じさせる花柄のハンカチを香川に渡した。
「香川さんは、入社したときからずっと努力してるわよ」
そう言って背中をポンポンと叩きなだめた。
「香川さんもコーヒー淹れよ」
そう言って三崎は使い捨てのソーサーをマグカップの横に入れて準備し始めた。
本当に敵わないな…と香川は涙を拭った。
今日は水曜日、ノー残業デーだ。
白石綾子、橘真由、金田遥の同期3人は、なんだかんだでよく集まっている。
「新入社員教育、うまく行ってる?」
遥の問いかけに、真由が一番に答えた。
「どうするのかなーって様子見てたけど、今はようやく瀬戸内海を行き来できてるみたいよ」
地名に見立てた例えに綾子がふふっと笑う。
「香川さんと、岡山さんだもんね。
うちの部署も、いい子が入ってきてくれて成長がたのしみだよ!」
白石が教えるのだから、その子もしっかりと育つのだろうな…と真由と遥は思った。
「佐倉もよく頑張ってるわ。新しい子もね。
…それより綾子、何か報告することあるんじゃない?」
遥がメガネの縁をクイっと上げて、綾子に目を向ける。
…どうしよう、言っていいか新田くんに聞いてないや…。
でも、この2人には話したい…。
しばらく視線を泳がせたあと、意を決したように口を開いた。
「じ、実は……」
2人の視線が真っ直ぐ綾子の目を見ている。
「三崎先輩とみんなでランチに行った次の日から、新田くんと付き合うことになりました」
一瞬の沈黙。
「……ふーん?」
真由が意味ありげに笑う。
「いつ言うのかと思ってた。」
「おめでと、綾子。」
遥は穏やかに微笑んだ。
「……ありがとう。」
綾子の声は、少しだけ弾んでいた。
「で、どっちから言ったの?」
「いつからなの?」
矢継ぎ早の質問に、綾子は少し困ったように笑う。
でも、その時間が、心地いい。




