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「約束の前日」

新田からのメッセージは白石が一人暮らしのマンションに帰宅した頃に届いた。


『さっきはありがとう。水曜日、定時後に駅のロータリーまできてくれませんか?その日は車で出社するので、そこで合流したいです。』


車持ってるんだ…

またひとつ新田のことを知れたのが、少しだけ嬉しかった。

白石はすぐに返信をした。


『わかりました。よろしくお願いします。』


どうもメッセージでは文章が固くなってしまうが、何度かやり取りもしているので、きっと新田も折り込み済みだ。…と送信ボタンを押す。


するとすぐにメッセージが届いた。


今度は新田ではなく同期の橘真由からだった。


『お疲れ~!明日、三崎先輩が一緒にランチどう?って!綾子と遥も誘って4人で行きたいねって話してたんだけど、綾子先約あったりする?』


こちらも嬉しいメッセージだった。

真由の部署の三崎は2児の母、今月から時短勤務になる。

入社したときから部署が違うにも関わらず、気さくに話しかけてくれ、仕事の相談をしたこともある。


『先約ないよ!ぜひお願いします!』

とメッセージを打ちながら、真由だったら、こんなふうに文章が固くなったりしないのにな…と、自分で打った文面を見て小さく笑ってしまった。


『遥もOKだって!お店は先輩チョイスのカフェで!じゃあまた明日ね!』


『楽しみだね。また明日!』


明後日の水曜日の前に、また新しい楽しみができた。

仕事は忙しいが、こういった一緒に働く人との繋がりのありがたさを感じながら、一日を終えた。



翌日。


午前の仕事は早めに切り上げ、三崎に連れられ同期3人はオフィスと同じビルに入っているカフェに入った。

それぞれ注文を終え、三崎のガールズトークが始まる。


「あんた達、子どもに名前つける時はねぇ…気をつけないといけないよ!特に女の子!」

これが三崎の鉄板ネタであり、ガールズトークの始まりである。


「苗字にもありそうな名前は絶対だめ!!!

マキちゃんとか、ミナミちゃんとか!!!」


先輩の旧姓は井上だった。

井上美咲(いのうえみさき)

とても綺麗な名前だが、結婚して三崎美咲(みさきみさき)になった。


「金田さん!あんた彼氏の苗字は何なの!?」


「金本です!」

金田遥が背筋を伸ばして答える。


「あんた、なかなかお金から離れられないね…

まぁいいわ。真由!あんたの彼氏は!?」


「私は今彼氏いないですよー!

誰か紹介してくださいよー先輩!!」


真由はストローをいじりながら答える。


「そういや、いないって言ってたわね。

でも、真田とかいう苗字はやめといたほうがいいんじゃない?

真田真由(さなだまゆ)なんて、1ミリ上に飛び出したら書き間違いになるかもよ!」


「た、たしかに…」


「白石さん!あんたの彼氏はなんて苗字なの?!」


三崎の勢いに押され、すぐに新田のことが頭に浮かび一瞬迷ってから、つい答えてしまった。


「えっと…その…まだ付き合ってなくて…」


真由はふふっと笑い、遥は眼鏡を光らせた。


「まだ!?候補がいるのね!

あんたは綾子だから綾野とかいう苗字は避けなさいね!!!そこんとこは大丈夫!?」


「はい!綾野ではないです!」


よかった…特にどこの誰だとは突っ込まれなかった…。

白石はホッと肩をなで下した。


ようやく料理が運ばれ、三崎先輩のガールズトークが終わり、仕事の話やプライベートの話など、和気あいあいと盛り上がった。





午後。

仕事を終え、白石は席を立つ。

更衣室には同じく残業をしていた真由が上着を羽織って帰るところだった。


「綾子、お疲れ。一緒に帰ろ!」



帰り道、白石はぽつりともらした。

「三崎先輩、あんなに布教してるのに、何で会社で新しい姓を名乗るんだろう。」


人によっては旧姓のまま働いている場合もある。

三崎はそれをわざわざメール署名の変更から電話口での対応まで新しい姓ですぐに対応しはじめた。


「あー、それね。聞きたことあるよ、私。」


真由がまっすぐ前を見ながら話し始めた。


「せっかく大切な人の苗字になれたのに、たくさん名乗りたいでしょう。私は彼の苗字になりました、結婚して幸せですって、そんな気持ちよ。だって。」


嬉しそうに話す真由の横顔をみながら、白石は微笑んだ。


「素敵だね、それ。」

本当にそう思った。


「それに、営業と一緒に取引先との打ち合わせに入った時とか、最初の打ち解ける笑い話にもできるから、悪いことばかりじゃないって!」


2人で笑いながら帰り、電車の方向が違うので駅で別れた。



結婚か…自分にはまだ遠い話だ。


今日、なんで「まだ付き合ってない」なんて言っちゃったんだろう。

思い上がりかもしれないのに。


でも、自分はもう新田への気持ちに気付いてしまった。


首元のネックレスを、指でなぞる。

いつの間にか、それが癖になっていた。


これを新田に知られたら、どう思われるだろう。


約束の水曜日は、明日だ。


春の夜風が、そっと頬をなでていった。


少しだけ落ち着かない気持ちも、少しだけ楽しみな気持ちも、そのまま連れて帰ることにした。



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