「やっと会えた」
三月下旬。
長い出張を終えて、新田がやっと戻ってきた。
白石が出社すると、彼はもういつもの席に座っていた。パソコンを立ち上げ、何事もなかったかのような顔で。
(どうしよう……)
あれから連絡はしていない。
手紙のことも、ネックレスのことも、ちゃんと返事ができていない。
どんな顔をして会えばいいのかわからず、白石はそのまま給湯室へ逃げ込んだ。
コーヒーを淹れながら、小さくため息をつく。
「どんな顔して会えばいいんだろ……」
ひとりごちた、そのとき。
「おはよう!」
突然、ひょいと顔を出した新田に、白石は全身で跳ねた。
「に、新田くん! おはよう!」
心臓がうるさい。
何か言わなきゃと思うのに、言葉が出てこない。
そんな白石を見て、新田がくすっと笑う。
「久しぶり」
その一言だけで、胸がぎゅっとなる。
「俺もコーヒー淹れようかな」
そう言って、隣に立つ。
距離が近い。近すぎる。
もごもごと唇を動かし、白石はようやく口を開いた。
「新田くん、あの……ありがとう。連絡できなくてごめんね」
一度深呼吸して、続ける。
「あの日から……毎日つけてるよ」
橘真由に見せたときと同じように、ニットの襟元を軽く引っ張り、首元のネックレスをそっと見せる。
小さなパールが、朝の光を受けて控えめにきらりと光った。
新田は一瞬固まって、みるみるうちに顔が赤くなる。
「白石さん!男にそんな風に見せちゃダメだよ!!」
「……え?」
言われてから気づく。
距離も近いし、無防備すぎたかもしれない。
「ご、ごめん……」
さっきまで普通だった距離が、
急に近すぎる気がしてしまう。
今度は白石が赤くなる。
気を取り直すように、新田が少し視線を逸らしながら言った。
「つけてくれてありがとう。よく似合ってる」
その言葉は、手紙よりもずっとまっすぐで。
「手紙に書いてたこと……また電話するね」
そう言って、新田はコーヒーを持ち、先に給湯室を出ていった。
取り残された白石は、胸を押さえる。
(手紙に書いてたことって……)
思い出すだけで、また心臓がうるさくなる。
白石は仕事、仕事…とこころを落ち着かせ、デスクに戻った。
午後から新田は出張報告等で、片山部長と会議室にて打ち合わせをしていた。
A社の新規立ち上げ事業について、後どれぐらいで正式契約内定となるか、何が足りておらず何が遅れているのか。
そして、その打ち合わせには何故か森海斗も呼ばれていた。
ここまでの流れや今後のスケジュール見通しを共有し終えた後、片山部長が森を見て言う。
「どうだ、森。お前ならA社の案件を新田と2人でやっていけるだろう」
「え!?」
森海斗は驚きを隠せなかった。
こんな大きな案件が自分に任されるとは。
「片山部長と新田さんでやっていくんじゃないんすか?!!」
「…前にも言ったが、お前は着眼点もよく鋭いところを突いていく、そして真面目だ。お前なら任せられると思っている。」
新田がにっこりと森海斗を見て、「僕も同感です。」と言う。
「大きな案件だからな、もちろん今後もフォローはしていくが、俺は管理職の仕事に戻らせてもらう。頼んだぞ!」
森海斗が一拍遅れて答える。
「承知しました!!」
片山部長が退席し、新田も森の背中にぽんと手を当て「よろしく」と退席していった。
会議室に残された森海斗は、いろんなことを頭の中で巡らせた。
新年会では"意外と"と言っていた片山部長、今日はそれを言わなかった。
たった一言で自分を腐らせたと思っていたのも本心。
しかし自分の事をよく見て信頼し、任せてくれるのかと思うと、嬉しさの方に天秤が傾いていた。
「やってやるよ…」
ぐっと伸びをして、会議室を出た。
日の光が差し込んで、森を後押ししているようだった。




