表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/30

「集中できない」後編

片山部長との仕事の話を終え、通話を切る。


静かなビジネスホテルのロビー。

スーツ姿の人間が行き交う中、新田はスマートフォンを握ったまま、ほんの一瞬だけ息を吐いた。


部署の事務は4人。


4分の1。


その確率で、白石さんが出た。


それだけで、胸の奥がじんわり温かくなる自分に苦笑する。


(……俺、だいぶ重症だな)


バレンタインにもらったガトーショコラ。


あの日のうちにメッセージは送った。

「ありがとう」と「嬉しかった」は、どうしてもすぐに伝えたかった。


でも、食べた感想は文字では足りなかった。


翌日の日曜、電話をかけた。


「本当に美味しかった。

 とても手作りとは思えないほど」


あのときの白石さんの、照れたような声。


思い出すだけで、頬が緩む。


ホワイトデーの近辺は、最初から出張で埋まっていると分かっていた。


だから先週末の出張で三重県に来たとき、空き時間に店をいくつも回った。


お菓子も考えた。無難だし、失敗もない。


でも、違う気がした。


ショーケースの中で、控えめに光るネックレスが目に留まった。


小さなパール。


派手じゃない。

でも、静かに品がある。


——白石さんみたいだ。


気づいたら、店員に声をかけていた。


柄にもなく、手紙も書いた。


何度も書き直して、便箋を二枚無駄にした。


電話でも、メッセージでもなく。


なんとなく、この方法で伝えたかった。


文字にすれば、自分も逃げられない気がしたから。


「白石さん、いつ読むんだろ……」


思わず小さくつぶやく。


だめだだめだ。


仕事だ。


新田はスマートフォンをポケットにしまい、

客先への経路を再確認する。


今は営業。


余計なことは考えるな。


それでも胸の奥は、どこか落ち着かなかった。





結局、白石綾子の昼休みはほとんどなかった。


ロッカーを開ける時間もないまま、

数字と電話と確認作業に追われる。


家に帰り、部屋着に着替え、ようやく紙袋をテーブルに置いた。


部屋は静か。


深呼吸をひとつ。


まず、手紙から。


封筒を開け、便箋を取り出す。


胸が、どくどくと鳴る。


丁寧な字。


一行目を読むだけで、もう鼓動が速い。


(……だめ、ちゃんと読もう)


最後まで読み終えたとき、指先が少し震えていた。


視線を落とし、小さな箱を手に取る。


ぱちん、と蓋を開ける。


「えっ……」


思わず声が漏れる。


小さなパールがついたネックレス。


控えめで、でも上品で。


灯りを受けて、静かに光っている。


——どうして、こんなに。


似合いそう、って思ってくれたんだろうか。


そう考えただけで、胸がぎゅっとなる。


ネックレスをそっと手に取り、鏡の前に立つ。


鎖を首にかける。


小さな白い粒が、鎖骨のあたりで揺れた。


鏡の中の自分が、少しだけ違って見える。


嬉しい。


でも、それ以上に。


手紙の最後の一文が、頭から離れない。


綾子はそっとネックレスに触れながら、

静かに息を吐いた。


スマートフォンが、テーブルの上で静かに光っている。


——連絡、する?


まだ、少しだけ勇気が足りなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ