「集中できない」前編
3月2週目、月曜日
出社してすぐ、白石綾子は足を止めた。
自分のデスクの上に、見覚えのない紙袋が置いてある。
落ち着いた色味の、小さめの手提げ。
「……?」
周囲を見渡す。誰も特別な様子はない。
そっと持ち上げると、ずしりと重みがあった。
席に座り、袋の中をのぞく。
縦長の上品な箱と、白い封筒。
封筒の表には、丁寧な文字で
白石さんへ
裏返す。
新田
——心臓が、どくん、と強く跳ねた。
一瞬で血が巡る。手のひらが熱い。
(ここで開けるのは……無理)
周囲は普通に仕事を始めている。
綾子は深呼吸し、そっと紙袋を閉じた。
ひとまずロッカーへ。
紙袋を抱え、更衣室へ急ぐ。
廊下の角を曲がったところで、橘真由と鉢合わせた。
「あれ~? 忘れ物?」
「う、うん」
声が、思った以上に上ずる。
真由はじっと綾子の顔を見て、ふっと笑った。
「ふうん」
その一言に、全部見透かされた気がして、綾子は余計に顔を赤らめた。
席に戻ってからも、落ち着かない。
早く読みたい。
なにが書いてあるのか。
どうして、わざわざ手紙で。
午前の業務は決算前で容赦なく忙しい。
数字を確認し、入力し、照合する。
なのに頭の隅では、ずっとロッカーの紙袋が存在感を放っている。
(集中、集中……)
そんなとき、電話が鳴った。
1コールで受話器を取る。
「お電話ありがとうございます。○○株式会社でございます。」
「お疲れ様です。新田です。」
——心臓が跳ねる。
「お、お疲れ様です! 白石です」
新田は先週末は出張で、
今週も今日から出張のはず。戻りは再来週。
(どうしよう、紙袋のこと……)
一瞬迷っていると、向こうから先に言った。
「白石さん、今朝デスクに紙袋置いてなかった?」
「……置いてました。まだ、開けてなくて……」
自分の声が、少し小さい。
「うん。手紙に全部書いたから。
また夜にでも、落ち着いて開けてみて。」
優しい声。
落ち着いて、なんて言われたら余計に落ち着けない。
「ありがとうございましす……」
噛んだ。
新田が小さく笑う気配がする。
一瞬、何か言いかけたような間があった。
けれど仕事の顔に戻る。
「では、片山部長に取り次いでもらえますか?」
「あ、はい。少々お待ちください。」
受話器を押さえ、深く息を吸う。
(公私混同しない。今は仕事)
立ち上がり、片山部長の席へ向かう。
歩きながらも、胸の奥がざわざわしている。
夜になるまで、あと何時間あるんだろう。
ロッカーの中の紙袋は、
まるで静かに鼓動しているみたいだった。




