「私らの仕事には意味がある」
三月に入ると経理部の机の上は静かに荒れる。
朝から営業が、ひっきりなしにやって来るからだ。
封筒、領収書、精算書。
「金田さん、小口お願いします」
「こっちもいいですか」
「これ今日中って言われてて……」
次々と差し出される紙の束を、金田遥は無言で受け取っていく。
黒髪を後ろでひとつに束ね、ノーメイクのまま、細い眼鏡越しに書類を確認する。視線は速く、手元は正確。必要なところだけを淡々と指摘する。
「日付抜けてる」
「ここ、税込と税抜逆」
「交通費、経路」
短い。だが的確だ。
「あ、すみません!」
「あとで直します!」
営業たちは慣れた様子で頷き、修正してまた差し出す。
金田は余計な言葉を足さない。受け取り、次の束へ。
その列の中に、見慣れた二人が混ざっていた。
「お疲れさまです、金田さん」
新田が軽く頭を下げる。隣では森海斗が、書類をぱらぱら整えていた。
「……多いね」
金田が淡々と言う。
「決算前ですからね」
新田が苦笑する。
「経理が一番大変な時期でしょ」
「毎年」
それだけ返す。
森が封筒を差し出した。
「小口精算、まとめて三件。領収書全部入ってます」
金田は受け取り、さっと中を確認する。目線だけで紙を追い、必要箇所を一瞬で把握する。
数秒。
「……完璧」
「でしょ」
森海斗が少し得意げに肩をすくめる。
「白石さんに鍛えられてるんで」
その名前に、新田が小さく笑う。
金田の脳裏にも、丁寧に説明する白石の姿が浮かんだ。
「助かる」
短く、しかし確かに柔らかい声。
新田が机の上の山を見る。
「今日、すごい量ですね」
「まだ午前」
「うわ……」
森が顔をしかめる。
「経理ってほんと、決算期えぐいっすね」
「毎年」
同じ言葉。だが声音は、どこか落ち着いている。
「じゃ、お願いします」
新田が軽く頭を下げる。
「佐倉、無理すんなよ! これ終わったら飲みにいこーぜ!」
森が同期の佐倉に声をかける。
「うん、ありがと!」
二人が去っていく。
その背中を見送りながら、金田はふと視線を横に向けた。
佐倉と目が合う。
一瞬だけ、先日の面影が重なる。
迷っていた目。比べていた目。
けれど今は違う。
「私、もう大丈夫ですよ」
佐倉が少し照れくさそうに笑う。
「会社のインフラですから」
金田の眼鏡の奥の目が、ほんのわずかに細くなる。
「よろしい」
短く、それだけ。
だがその一言には、確かな承認が込められていた。
止まらない水。
消えない電気。
当たり前に回る数字。
誰も困っていない。
それが答えだ。
金田は再び視線を落とし、次の書類をめくる。
三月の経理部は、目が回るような忙しさの中で、今日も静かに会社を支えている。
気づかれなくていい。
止まらなければ、それでいい。
私らの仕事には、意味がある。




