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裏アカで同僚のアイドルの推し活していたことがばれました  作者: 木山楽斗


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第7話 差し伸べられた手を(玲奈視点)

 ステージの上で輝く彼女に、私は憧れていた。

 どうすればあのように笑えるのだろうか。それを知るためには、あそこに立つしかないのだと、幼いながら私は思っていた。

 いや、幼いからこそ、そう思えたのかもしれない。あそこに立てば全てがわかるのだと、私はそう考えていたのだから。


「玲奈ちゃんって、本当に綺麗だよね」

「うん、お人形さんみたい」

「……そうかな?」


 私は、多くの人から好まれるような容姿をしているらしい。

 これまで何度もそう言われてきたし、それを否定することが良くないことだということもわかっている。だからそれはきっと、事実なのだろう。


「ねえ、そこで一回グルって回ってみて」

「えっと、こう?」

「わあ、綺麗に回れるね。玲奈ちゃん、アイドルみたい……」


 私の周りには、多くの人がいた。その人達は時に、私に偶像を求めてきた。

 歌って踊ると、彼女達は笑ってくれる。それが私は、とても嬉しかった。かつて見た彼女のようなことができる。それに私は、幸福を感じていたのかもしれない。

 そうやって期待に応えるのは、嫌いじゃなかった。誰かの笑顔が見られる。それは本当に幸せな時間だったから。


「おーい、そんな所で何やってんだよ?」

「こっちで鬼ごっこしようぜー」

「鬼ごっこ? もう、子供だよねー。玲奈ちゃんは、そんなことしないんだから」

「はあ? 何だよ、それ」

「そうそう、玲奈ちゃんは、あなた達とは違うんだから」


 ただ同時に、私にかかる期待というものは、時に枷にもなっていた。

 走り回るのは嫌いではなかったけれど、周囲の子達は私にそれが相応しくないと、思っていたようだ。何故か一人だけ、大人びているという風に捉えられていたのかもしれない。


 今思い返してみれば、本当はそんなことはない、そう言えば良かったのだと思う。

 あの時、あの頃の皆はまだ私のことを知らなかった。だから、なんとなくのイメージで言っただけなのだろう。


 でも、少なくともあの頃の私には、それができるだけの勇気がなかった。

 皆の中にある私の像を崩したくないだとか、言葉を否定して嫌われたくないだとか、そう考えて黙ってしまっていた。それは本当に、愚かしいことだったと思う。


「何だよ、お高く留まっちゃってさ」

「そうだ、そうだ」

「えっと、その、今日は走りたい気分ではないかな? また誘ってくれると嬉しいな」

「んっ……まあ、そういう気分なら仕方ないか」

「あ、何? 照れてるの? 恰好悪いー。さっきまでの勢いはどうしたの?」

「う、うるさいな!」


 誘いを断った子にも、誘ってくれた子にも、私はいい顔をしようとしていた。八方美人とでもいうのだろうか。私はなんとも、ずるい人間だった。

 我ながら、可愛い子供ではなかったと思う。皆にあるような純粋さとか、そういったことは私には縁がなくて、人の顔ばかり伺う子供だった。


 今の私なら、もっと上手くやれただろうか。鬼ごっこをしたいと言って、誘いを断った二人も巻き込んで、皆で一緒に遊ぶ。そのような流れに、持っていけたかもしれない。

 いや、それでも八方美人ということに変わりはないか。その部分は、未だも変わっていないのかもしれない。私はやっぱり、誰からも嫌われたくはないと思っていることだし。


 ともあれ、私という人間は幼少期から概ね完成していた、ということなのかもしれない。

 年齢が上がるにつれて、多少は積極的な面も身に付いてきていたけれど、誰かの期待に応えたいという気持ちと、誰からも好かれたいという気持ちは、私の中にずっとあったといえる。


「……」

「玲奈ってさ、この人のことめちゃ好きだよねー」

「……え?」

「まあ、有名なアイドルだから、そうなのかもしれないけれど、結構不思議だなー。テレビとかそんなに見る方でもないのにさ」


 ある時私は、遊びに行った琥珀の家でそのようなことを言われた。

 それは、とあるアイドルの特集をテレビでやっていた時で、私はどうしてもそれが見たくて琥珀と一緒にそれを鑑賞していた。

 そこで琥珀から投げかけられた言葉は、私にとってはなんと返していいかわからないようなもので。


「……昔、この人のライブに行ったんだ。それを見て以来、ずっとファンで、ね」

「叔父さんと叔母さんって、そういうライブとか行くんだね? ちょっと意外かも」

「いや、二人にとっては仕事だったからね。当時のそのアイドルが着ていた衣装は、家が作ったものだったんだ」

「ああ、そっか。そうだよね。よく考えてみれば、家の芸能事務所とかからもお仕事お願いしているんだっけ?」


 琥珀の父――私にとっては伯父さんは、芸能プロダクションを手掛けていた。

 皇家は国内でも有数の財閥で、色々な事業を手掛けている。しかしそれに対して、琥珀は左程興味を抱いていないようだった。

 私の方は、割と興味があったのだけれど、琥珀がそんな感じだってので、そのことについて話したことはなかったのである。


「とはいえ、二人ともあれ以来彼女のファンのようなものかな? すごいライブだったからね」

「ふーん……まあ、パパに頼めば会うこともできるかもしれないよ?」

「いや、そういうことは望んでいない、かな。伯父さんの権力を利用してなんて、あまり良いことだとは思えないし」

「まあ、そうだよねー。玲奈はそう言うと思ってたけど」


 私がそのアイドルのライブを見に行ったのは、たった一度きりであった。

 両親も忙しかったし、その暇はなかった。一人で行くことはできたのかもしれないけれど、生憎その勇気も私にはなくて。

 ただ、テレビやネットなどで見られるライブには両親ともども目を通している。私達は紛れもなく、彼女のファンだと言えた。


「でもさ、興味はあるんだよね? アイドルとかに」

「興味? いや、それは……」

「目を見たらわかるって。やってみたい気持ちとかも、あるんでしょ? それくらいは、パパに頼んでもいいんじゃないかって、あたしは思うけどなー」

「……そうかな?」


 琥珀は、私のことはお見通しであった。アイドルになってみたい、その気持ちが私の中にあることを見抜いていたのだ。

 伯父さんに頼んで、芸能プロダクションに入れてもらう。その選択肢を、琥珀は私にくれた。

 ただそれも結局の所、権力の乱用に過ぎない。私としては、あまりそういうことはしたくはなかった。


 それなら、伯父さんとは関係がない所で、オーデションを受けてみようか。そのようにも思ったけれど、それでも皇家の影響は拭えないような気がした。

 鳳の家だって、有名ではあるし、私が鳳の娘で皇の姪であることはすぐに明らかになるだろう。そうなった場合、忖度というものは必ず生まれる。


「私から伯父さんに頼むのは、ずるいことじゃないかな?」

「ずるいか。でも、玲奈の容姿なら別に、そういうこと考えなくてもいいと思うけどなー。パパの姪とか抜きに、事務所は玲奈のこと欲しいんじゃない?」

「そうかな? 確かに昔、アイドルみたいだと言われたことはあるけれど……」

「いや、もうさ、やっちゃおうよ。あたしも協力するからさ、とりあえずパパに相談、相談……」


 琥珀は迷っている私の手を引っ張ってくれた。彼女の前に進もうとする意志は、本当にすごいものだと思う。

 だから私も、勇気を出してみることにした。忖度とか何かとか、そんなものは気にせずに突き進んで行くべきだ。私の心は、そこでそう定まった。


 ただ、私も琥珀もこの時は理解していなかった。伯父さんという人は、スケールがまた一つ違うということを。

 私達の相談に快く応じてくれた彼は、斜め上の措置を取ったのだ。私のために、新たに一つ芸能プロダクションを作るという形で。


「……何故、このようなことになったのか、私としても正直よくわかっていない」


 私と琥珀はある時、一人の男性と対面することになった。その男性とは、何度か会ったことがあった。父と伯父さんの友人だったからだ。


「一条さん、ごめんなさい。家の父がまたご迷惑をおかけして……」

「まあ、その辺りには慣れている。とはいえ、今回のことには参ったものだ。まさか、姪のために新たな芸能プロダクションを作るとは……無論、傘下とはいえ」

「すみません。伯父さんに相談した時には、このようなことになるとは思っていなくて……」

「それはよくわかる。奴は昔から突拍子もなく、とんでもないことをすることがあった」


 一条さんは、ゆっくりとため息をついた。三鷹プロの大本となるプロダクションでプロデューサーなどを務めていた彼は、急遽社長として抜擢されることになったのだ。その気苦労は、計り知れないものである。

 そもそも彼は元々、芸能などとは縁のない職業に就いていたそうだ。それを伯父さんが強引に引き抜いた。それでこうなっているのだから、本当に溜まったものではないだろう。


「とはいえ、これは私にとってもチャンスだといえる。このプロダクションを成功させることに、今は注力するとしよう」

「えっと、とりあえずここには私と玲奈が所属する訳ですけれど……」

「玲奈はアイドルとして、琥珀はモデルとして活動していく。それで良いのだな?」

「はい……アイドル」


 アイドルという言葉に、私は心を躍らせていた。紆余曲折あったけれど、それになれる。そのことが私にとっては、何よりも大きかった。

 ただ私の呟きに、一条さんは目を細めていた。その鋭い視線は、怖かったものだ。ただそれは、今考えてみれば、彼の社長としての優しさからのものだったのだろうけれど。


「……琥珀の父は、顔が利く。そのコネを使って、仕事の一つや二つくらいは、すぐに回してきてくれることだろう。ただ、そのコネだけでやっていける程甘くはない」

「それは……」

「玲奈、私は君には輝きがあると思っている。しかし成功できるかは、別の問題だ。それは君の努力と、さらには運も絡んでくる。簡単なことではないぞ」

「……そうですね」


 一条さんの言葉に、私は自らの認識が甘いことを思い知らされた。

 当然のことながら、成功するということは簡単なことではない。数多くいるアイドルの中でも、人気が出るのは一握り。

 私は根拠もなく、あの時見た彼女のようになれると思っていた。それが甘い考えであると、社長は論じてくれたのだ。


 だからこそ、私の気持ちは引き締まったといえる。

 努力して努力して、その上で叶わないかもしれない夢へと向かっていく。私はその道を突き進んでいくことを、そこで改めて決めた。

 そう、簡単な道ではないと思っていた。それは紛れもなく、事実であったはずだ。私は実際に見てきた。夢破れた子達の姿を。アイドルの世界から去る人達のことを。それなのに私は――


「本日は人気急上昇中のアイドル、鳳玲奈さんに来てもらいました」

「よろしくお願いします」


 鳳玲奈の名前は、すぐに世間に知られるようになった。私はデビューしてからすぐに話題となったのだ。

 それは私自身、予想していなかったことだった。運が良かったということかもしれない。ともあれ私は、成功していた。


「玲奈さんは、先日デビューされたばかりですが、破竹の勢いで話題となっていますね?」

「そうですね……ありがたいことに、そうなっているようです」

「歌もダンスもお上手だとか……」

「そう言っていただけているなら、嬉しく思います」


 デビューして話題になってから間もなく、私はテレビに出演していた。

 事務所の指示で始めたSNSのフォロワーもどんどんと増えていって、私はその現象を奇妙に思っていた。この売れ方というのは、おかしいのではないかと。

 ただ同時に私は、浮かれてもいた。アイドルとして自分が軌道に乗っている。それが心地よいものであったことは、紛れもない事実だ。


「玲奈さんは、アイドルとして輝いていらっしゃいますね? その秘訣といものは、ずばりなんなのでしょうか?」

「秘訣ですか? それについては、私もまだよくわかっていません。ただ、私が輝けているのはファンのお陰だと思います。ファンの笑顔と歓声、それが私に力をくれるんです」

「素晴らしいお言葉ですね。それならカメラの前のファンの皆様に何か一言どうぞ」

「皆さん、いつも応援ありがとうございます。皆さんの応援のお陰で、私は輝けています。これからもどうか、応援よろしくお願いします」


 ライブの時に見られるファンの笑顔は、本当に良いものだった。皆が私を求めてくれている。それがわかって嬉しくなった。

 だから私も、できうる限りのパフォーマンスを見せた。それが皆の元気に繋がるならと、精一杯。そうすることで、私はファンとの間に絆を結べていると、そう思っていたのである。


 ただ私は、色々と勘違いしていた。自分という人間がどういう人間であるか、それは幼少期の頃から知っていたはずなのに。

 それに気付いたのは、握手会が開かれた時のことだった。そこには多くの人が来てくれたけれど、私は知った。皆は、玲奈様を求めているということに。


「玲奈様、応援しています」

「ありがとうございます。これからも頑張りますね」

「玲奈様……かっこいい。年下とは思えないよねー」

「すらっとしているし、モデルさんみたい。あ、いとこの琥珀ちゃんはそれこそモデルなんだっけ」

「二人ともすごい家の出身らしいよー。やっぱり育ちの良さとかあるのかなー」


 ファンの人達との交流は、とても楽しかった。

 だけれど私は、壁のようなものを感じていた。私と対面したファンの子達は、喜んでいながら同時に恐怖とかそういった感情を抱いているような気がしたのだ。

 それは、畏怖とでも言うべきだろうか。私としては、心苦しいものだった。私としては、会うことを心から楽しいと思って欲しかったから。


 玲奈様、それが私の愛称である。よくわからないけど、自然とそう定着していた。

 アイドルというものは、もっと気安いものだと思っていた。例えば「ちゃん」付けとか。


 ともあれ私はどうやら、気安い存在という訳ではなかったらしい。お高く留まっている、幼い頃に言われた言葉を私は思い出す。

 そう、私は小さな頃から何一つとして変わっていなかった。皆に嫌われたくないし、期待に応えたい。そうやって私は、自分自身という存在から逃げてきたのだ。


 世間が求めている「玲奈様」、それを私は演じていた。いやもちろん、素の部分もある。それを苦しいことだとは思わなかったし、私の本質でもあるのだろうけれど。

 でも少なくとも、私があの時ステージで見たアイドルの形と、玲奈様としての私の形は違うような気がしていた。


「ファンの子達との距離か、それは難しい問題だよね……」

「そう思いますか?」

「うん。私だって、そういうことで悩むことはあるし……誰でもそうなんじゃないかな?」

「そうそう、私だってそうだった。いや、大変だよね。まだデビューしたばっかりな訳だし……」

「まあ、仕方ないんじゃない? そういうこともあるでしょ」


 いつからか私は、玲奈様であることに少しの心苦しさを覚えるようになっていた。

 決して無理をしている訳ではなかったが、それでも苦しいことはあった。そんな悩みを打ち明けられたのは、同じアイドルの子だった。


 幸いにも私は、良き先輩に巡り会えたのである。

 私の周りには、良い人が多かった。親身になって相談してくれる人達に、私は甘えていた。

 それは私にとって、心の拠り所であった。でも私は知らなかったのだ。彼女達もまた、色々な苦労をかかえているということに。


「……引退?」

「うん。やめようと思うんだ、アイドル」

「それは、どうして……?」

「私には、才能がないんだと思う。玲奈ちゃんみたいに、きらきらすることはできないんだってわかったの。ああ、別に玲奈ちゃんのことを責めているとかそういう訳ではなくて、ね……これからも玲奈ちゃんのことは応援しているから」


「まあ、この辺りが引き際かなって思ってね。自分なりにそれなりにやれたとは思っているし、後悔はないかな? 玲奈ちゃんは頑張ってよ。私の分まで、なんていうつもりはないけどさ。あなたはすごい人だから……」


「潮時って所かな。仕方ないことだと思う。やっぱり人気が物を言う商売だし。玲奈ちゃんのことは、これからも応援してる」


 先輩や同期、それ所か後輩さえも、私の前から姿を消していった。

 その時に私に優しい言葉をかけられるのは、私にとってまたとても悲しいことで。

 だから私は、去っていった人達の分まで頑張ろうと思った。でも何故だろうか。時が経つにつれて、私の体はどんどんと重くなっていた。


「……あなたにはわからないでしょうね?」

「天才……恵まれた環境にあって、才能があるなんて、ずるい」


 時には、ひどいことも言われたりした。

 そこでわかった。誰からも好かれるなんてことは、できないということに。

 アイドルという世界は、ただでさえ競争が激しい。その中で恨み言の一つも言いたくなるだろう。私はそう思うようになっていった。


「……大丈夫?」

「……え?」

「ああ、ごめんね。なんだか苦しいそうに見えたから」

「ああ、そうかな? ごめん。なんだか、色々と考えてしまってね……」


 そんな時私は、ある人と出会った。とあるドラマのオーディションの会場で、彼女は優しく言葉をかけてくれた。

 あの時の私は本当に、いっぱいいっぱいだったといえる。どうしてそうなったのかはわからないけれど、とにかく私の体は重たかったのだ。


「今日のオーディション、緊張しているの?」

「そう、だね……確かにそうなのかもしれない」

「そういう時はね、人という字を手の平に書いて飲み込むといいよー……なんて、ありきたりすぎるかな?」

「いや、そんなことはないとも。うん、確かに少し気が楽になったかも」


 私にそのように声をかけてくる人は、その時にはもうほとんどいなくなっていた。

 それはそうだろう。私は当時既に売れていたのだから。周りからしてみれば、敵に思えたかもしれない。

 とはいえ私としては、活動の場を少しでも広げていきたいと思っていた時だった。そうすれば、何かが変わるのではないかなんて、そんな希望を抱いていたから。


「やっぱり効果があるんだ」

「おや、私に言っておきながら、自分では試していなかったのかい?」

「ううん。実は一回やってみたんだけど、ちっとも効果がなくて、もしかしたら嘘なのかなって、思っていた所なの」

「そうかい? それならもう一度やってみるといい」


 それから私達は、しばらくの間話をした。それはなんというか、他愛もない話だった。まるで普通の友達のように。

 私はその時、気付いていなかった。そこで話しているのが、卯月陽依というかつて人気だった子役だったということに。


 結局私は、その後のオーディションで受かった。その後にドラマに出演してから、彼女のことを知ることになった。演技の参考に見た作品に、彼女が出演していたのだ。

 ただそのオーディションが終わった直後に、私にある知らせが届いた。卯月陽依が当面の間、芸能活動を休止するという知らせが。

 彼女にとってそのオーディションは、最後のチャンスだったつもりらしい。私は結果として、それを打ち砕いたということである。


「……」


 その時の私はなんだか、よくわからなくなっていた。

 アイドルとして「玲奈様」として振る舞う。その結果として多くの人達が、私の前から去っていく。それはなんとも、心苦しいものだった。

 だから結局私は、ファンの人達を支えとしていた。「玲奈様」として振る舞うのが辛い部分はあったけれど、それでも皆は喜んでくれていたから。


<ふわあ、玲奈様すごい~。今日も素敵過ぎる>

<おみ足がすごい。というかスカート短すぎない?>

<まあ何が言いたいかというと、今日のライブもすごかったってことだよね>


 その一人、むぎりんは私にとってとても大切なファンであった。

 彼女はデビューした時からずっと私のファンで、いつも愉快な呟きをしてくれていた。

 その呟きを見ていると、なんだか笑顔になれた。だから私は、頑張れていたのかもしれない。心が折れる、その寸前まで。


「グループを作る?」

「ああ……」


 ある時私と琥珀は、社長に呼び出された。

 そこで社長から告げれたことは、驚くべきことであった。アイドルグループを作る。社長は表情を変えることもなく、淡々とそう言ってきた。


「玲奈を中心としたアイドルグループを作ることにした」

「社長、それはまた唐突ですね……私のパパみたいに」

「そう言われるのは心外だな……事務所としてはこれからの活動の展望があるということだ。玲奈、琥珀、二人の人気を踏まえてグループ活動を目指していきたい」


 当時の私は売れていた。琥珀もモデルとして有名だった。

 その二人をセットで売る。社長が言っているのは、そういうことだと思った。

 私達はいとこでもあるし、丁度良いものなのかもしれない。戦略としては、理解できないという訳ではなかった。


「セット売りってことですか? まあ、あたしは構いませんよ?」

「そうか? 君にそう言ってもらえるのはありがたい限りだ。モデルの身からアイドル活動に転じるなど、簡単なことではないだろうからな」

「まあ、それはそうかもしれませんけど、上手くやってみせますよ」


 琥珀はなんとも軽く、アイドル活動への意欲を示していた。

 それに私は驚いた。けれど同時に、嬉しくもあった。琥珀が一緒に活動してくれるというなら、とても心強かったからだ。


「さて、メンバーが二人決まったな」

「二人決まった……? 社長、それはどういうことでしょうか? 私と琥珀の二人でグループではないのですか?」

「いや、メンバーは五人だ。君達二人と、それからもう三人集める予定だ。一人はあてがある。卯月陽依という人物だ」

「彼女が……?」


 社長の言葉に、私はひどく驚くことになった。メンバーが五人というのもそうだが、その一人があの時の彼女だとは思っていなかったからだ。

 ただ陽依は元より、三鷹プロダクションの大本となる皇財閥の芸能プロダクションに属していた。

 子役として有名でもあったので、三鷹プロが作るグループに抜擢されるのは、おかしな話という訳でもなかった。


「後の二人は、オーディションを行うことになるだろう。それからグループを作るにあたって、玲奈の個人としての活動は当面の間、休止する予定だ」

「社長、それは……」

「最近は色々と精力的に活動していたが、一旦は休むべきだ。働き過ぎは良くない」


 社長の言葉に、私は察することになった。その一連の動き全てが、私のためだということを。

 社長は知っていたのだ。私がアイドル活動に、孤独を感じるようになったことを。だから仲間を作ろうとした。

 同時に私を、アイドルという元々の夢へと引き戻してくれたのだろう。当時の私は、恐らく迷走していたのだろうから。


 ともあれこうして、Pentasというアイドルグループが生まれることになった。

 それはきっと私にとって、新たな始まりだったのだ。そう、私は仲間に出会えた。琥珀に、陽依に、冴に……それから何より、紬に。




◇◇◇




 Pentasというグループの存在は、私の心を随分と軽くしてくれた。

 仲間がいる、一人じゃない。そう思えることは、本当に幸せであった。


「玲奈? どうかしたの? あたしの顔になにかついてる感じ?」

「いや、別になんでもないよ」


 皇琥珀は、私のいとこである。私の傍にずっといてくれた彼女は、姉のような存在だ。

 彼女がいると、辺りは明るくなる。その持ち前の気質というものは、どちらかといえば暗い方である私にとって、本当にありがたいものであった。


「玲奈ちゃん、調子はどう?」

「良いと思うよ。うん、今日は朝から元気いっぱいだ」


 卯月陽依も、周囲の空気を和らげることに長けていた。私に声をかけてくれた時もそうだ。彼女との会話のお陰で、私は随分と救われていた。

 ただどうやら彼女の方は、あの時の会話を覚えていないらしい。改めて会った時に「初めまして」と言われたことは、少し悲しかったけれど。

 それでも今は、Pentasの仲間として親しくさせてもらっている。同い年ということもあって、彼女とはよく話していた。


「鳳さん、ダンスのことで少し聞いてもいいですか?」

「何かな? もちろん、構わないとも」


 水瀬冴は、私よりも年下の子だ。Pentasのオーディションに受かってデビューした子で、冷静沈着な性格をしている。

 真面目ないい子であり、ともすれば私よりも大人びている。ただ、彼女のアイドルに対する熱意はすごい。

 その目を見ていると、いつもそう思う。もしかしたら彼女も、私のようにアイドルに憧れてこの世界に入ってきたのかもしれない。


「……」

「紬? どうかしたのかい?」

「あ、いえ、なんでも、ありません……」


 そして最後の一人は、佐藤紬だ。冴と同い年であり、経歴も同じ彼女は、大人しい性格だと思っていた。

 同時に私のことを嫌っているのではないか、という疑惑があった。だって話しかけてもいつも、明るい反応が返ってこなかったから。

 冴の方はクールではあったが、話には応じてくれていた。だから紬の反応というものが辛くて、私は不安であった。


「うん、私は大丈夫、大丈夫だ。仲間がいてくれる。それはなんて、心強いことだろうか」


 しかしそれでも、四人の存在は私を強くしてくれていた。

 個人の関係で悩むことはあっても、アイドルとしての活動に悩むことなんてなかった。一度は折れかけた心が繋がっていることを、私は実感していた。ただ一つ、むぎりんのアカウントの存在は気掛かりであったけれど。


<……>


 そう、Pentasというグループができてから、彼女のアカウントは起動しなくなった。

 実に半年間もの間、呟きがないという状況に、私は彼女に何かあったのではないかと心配していた。

 けれど、呟かなくなった理由がないという訳でもなかった。私の活動の仕方が変わったから、ファンをやめたというのは、充分に考えられるものだったのだ。


「単独ライブ?」

「ああ、久し振りにどうかと思ってな。Pentasでは現在の所、君個人の歌などは歌っていない。ただ、それを聞きたいファンもいるだろう?」

「それは……そうですね」


 そんな折、私に個人ライブの話が持ち上がってきた。

 Pentasというグループ活動で、心が回復したからか、社長の方から申し出があったのだ。

 私はそれを受け入れることにした。そうできるだけの余裕があったから。


「わかりました。それならよろしくお願いします」

「……いい顔になったものだな」

「……社長のお陰ですよ」

「そうか。詳細は追って連絡することになる。これからも頑張れ」

「はい、頑張ります……頑張れます」


 そのライブにあたって、私は頭の片隅でむぎりんのことを考えていた。

 もしかしたら個人のライブという形ならば、彼女がまた呟いてくれるかもしれない。そんな期待が、私の中にはあったのである。


<玲奈様のライブ、今日も最高だったな~>


 そして実際にライブが終わった後、むぎりんは呟いていた。Chirptterに久し振りに表示された呟きに、私は心を躍らせた。

 しかしそこで私は、あることに気付いた。Chirptterには、現在の位置を表示する機能がある。むぎりんはいつも、それをオフにしているけれど、今日は表示されていた。


「迂闊だな……いや、でもこれはもしかして」


 もしかしたらそれは、不具合なのかもしれない。そう思った私は、Chirptterで少し調べてみた。すると、そういった被害が出ていることが散見されていた。

 そうやって調べて戻ってみると、むぎりんの呟きから現在の位置は消えていた。一瞬だけ、表示されていただけに、過ぎなかったらしい。


「そうか……なんだか、少し申し訳ない気分だね。意図していないとはいえ……でも、まさかむぎりんは――」


 だけど私は、見逃していなかった。むぎりんの呟きに表示された現在地――それは詳細まで表示されているけれど、私がよく知っている地域であった。

 そこで私は、あることを思いついてしまった。一度そう思ってしまうと、確かめずにはいられない。私は事務所に向かうことにした。


<現地で見れて、本当に良かった。抽選当たるの久し振りだから嬉し過ぎた>


 そう、むぎりんの呟きは事務所の所在地の周辺を指示していたのだ。

 そのことから、私はもしかしてむぎりんは近くにいるのではないかと考えた。具体的にはグループのメンバーに、だ。

 もしもそうなら、Pentasができてから呟かなくなったことに納得することはできる。自分自身が活動していたのだから、呟きにくいだろうと。


「……いや、私は何を馬鹿みたいなことを考えているんだろうか? それはこじつけにすらなっていない考えじゃないか」


 それは我ながら、馬鹿げた考えであった。でも結局私は、事務所まで辿り着いていた。

 何をやっているのだろうか。自分のことながら、少し笑えた。

 そんなことはあり得ない。考えればわかることだ。偶々むぎりんが事務所の周辺いただけである。私は段々とそう思ってきていた。


<最近は辛いことも多かったから、玲奈様のライブに行けて本当に良かったって感じだ>

「……え?」


 そこで私のスマホの画面に、むぎりんの呟きが表示された。

 その呟きは、いつも明るい彼女にしては随分と暗いもので、私は心配になってきた。

 それはなんとも、むぎりんの悲痛な叫びに思えた。辛いこと、それは何だったのだろうか。頭の中で考えが廻った。


「むぎりん……」

<決心ができた>

「……とにかく、一度落ち着こう」


 アイドルとしての立場を顧みず、むぎりんにメッセージを送ろうとさえ考えた。

 ただそれは早計であると思った。あまりにも焦り過ぎていたものだから、逆に冷静になって休憩室に向かうべきだという結論を出した。

 そこで落ち着けば、何かいい案も思いつく。むぎりんを励ます手段を、そこで考えよう。そう思って、私は休憩室の戸を開けた。


「……紬?」

「……え?」


 戸を開けた私は、驚くことになった。そこに紬がいたからだ。

 休憩室には誰もいないと思っていたものだから、少し私は焦った。それも紬は、私のことを嫌っている可能性もあったから。


「れ、玲奈……さん? どうしてここに?」

「ああ、事務所に忘れ物をしてしまってね。それを取りに来たんだ。紬はどうしてここに? 今日は仕事もなかったと思うけれど」

「あ、えっと、私も、忘れ物とか、そんな感じです」


 紬に問いかけられて、私は咄嗟に嘘をついた。罪悪感はあったけれど、事情を話すと長くなると思ったのだ。

 いや、それは嘘である。本当は、あまりも突拍子もないことを考えてそこまで辿り着いた自分が、恥ずかしかったからだ。

 ただそれでも、その時の紬は割と自然に受け答えしてくれたので、私としては嬉しかった。それまでは、あまりまともに会話をしたことがなかったから。


「紬? 危ないよ?」

「え? 危ない……あっ」


 それでも、紬がスマホを手から零した時には焦った。

 私と話すのが、やっぱり嫌だったのか。そう思って、少し落ち込んだ。


「紬、スマホが……え?」

「……あっ!」


 しかし幸いにもスマホが休憩室のテーブルを滑り、特に大きく傷つかなかったことに私は安心した。ただその時ふと、そのスマホに映っている画面を見た私は――

 そう、あの時はただただ嬉しかった。紬がむぎりんであったこと、紬とたくさん喋れたこと、それから紬は。


「……玲奈様、私は玲奈様のことが大好きです! だって私はファンですから!」

「……紬」


 そうだ。そんなことも、言ってくれた。色々とあって忘れかけていたけれど、それは忘れてはならないことだった。

 紬は私のことが大好き、そうだったのか。どうしよう? 今更嬉しくなってきた。いや、言われた時ももちろん、とても嬉しかったのだけれど。


「ふふっ、紬になら見せてもいいよ」

「あ、ああっ……」

「なんて、実は今日は見せパンを履いているんだ」

「見せパン……?」


 そういえばあの時は、大胆なことをしたものだ。むぎりんと出会えたことで、紬と話せたことで、気持ちが昂っていたのだろうか。

 なんだか今更、とても恥ずかしくなってきた。あの時はそんなに、恥ずかしいとも思わなかったのに。


「……やめようと思っているんです」

「やめる? それは……Pentasを、ということかな?」

「私にはアイドルなんて無理だって、わかったんです。玲奈様に憧れてオーディションを受けて、それで何かの間違いで受かってしまったけれど、自分のいるべき場所じゃないってことが、ここ最近の活動で理解できたんです」


 それから紬は、私に胸の内を明かしてくれた。

 それがむぎりんの叫びだったと知って、私の心は一気にぐちゃぐちゃになった。


 よく知っていた。アイドルの世界は、過酷であることを。紬がそこで心を痛めたのだということを。

 かつての私がそうだったように、紬にとってこの世界は苦しいことが多かったのかもしれない。

 だから仕方ないと、そう言おうと思っていた。去る者は追うべきではない。きっとこれからも、痛くて苦しいことがある。私はそれをわかっていたのに。


「玲奈様……」

「……やだ」

「え?」

「嫌だよ、紬……いなくならないで」


 その時私は、言ってしまった。紬に対して、わがままを。ただ私の感情だけで、彼女を引き留めようとした。

 すぐに取り下げはしたけれど、それでも紬はそれを聞いてしまった。私はあの時、彼女を追い詰めてしまったのだ。


「……やめません」

「え?」

「やめませんよ、私!」


 紬は優しいから、私のために残ってくれると決めてくれたのだろう。

 それを聞いて私は、すごく嬉しくなって、同時に申し訳なくなって、でも私は紬と離れたくなったから、その優しさに甘えてしまった。

 それは残酷な決断だった。人に無理をさせようなんて、そんなことは良くない。良くなかったはずなのに、どうして私は……


「……玲奈様?」


 ああ、そうだ。あの時も私は、考えていたっけ。

 自分という存在の在り方を、私は悩んでいたのだ。紬と一緒に出掛けて、彼女のファンと会って、勝手に傷つきながら。


 紬が遊びに誘ってくれたことは、本当に嬉しいことだった。琥珀のお願いということはわかっていたけれど、それでも気持ちは変わらない。

 だけどそこで出会った女の子と接して、私はよくわかった。「玲奈様」という存在が、お高く留まった存在だということを。


「紬、私は別に……」

「玲奈様……玲奈様は、私の――友達、ですよね?」

「それは……」


 だからその時紬が、私のことを友達だと言ってくれたことが本当に嬉しかった。

 いや私は、紬と話すようになってから、そういったことばかりだ。彼女はいつも、私の道を明るく照らしてくれた。

 彼女のような人こそが、本当のアイドルなのだろう。紬は笑顔も素敵だし、本当に心からそう思う。


「……今日はめいいっぱい、楽しもう」

「紬……」

「ぼうっとしてたら置いていくよ、玲奈」


 それから彼女は、私を「玲奈様」から解放してくれた。

 そう、私は紬の友達で、鳳玲奈だ。それ以上でもそれ以下でもない。あの日私は、本当にそう思っていた。紬の前では、そうしていられる。その幸福を噛み締めた一日だった。

 でも私は、考えてもいなかった。あの日の出来事を発端に、紬のそれ所かPentasの行く末を大きく変えることになるなんて。


「理解したようだな、佐藤」

「社長、あのこれって、一体……」

「今君は、世間に求められているということだ。佐藤紬が、むぎりんがな」

「求められている? 私が?」


 事務所の執務スペースで、明理さんと社長、それから紬が話していることがわかって、私は思わず隠れてそれを聞いていた。

 出て行ってしまえば、良かったのに。私はそこでもまた、勇気を出せなかった。結果として紬をたった一人で、社長と対峙させてしまうことになった。


 社長――一条さんは優しい人だけれど、それなりに野心も秘めている。紬にそんな彼と対峙されることは酷なことだ。それなのに私は、足を踏み出せずにいた。

 私は期待していたのかもしれない。自分が引き留めてしまった紬を、社長が元の世界へと返してくれることを。

 あの時の紬は、あまりにも大きな傷を負っていた。だから、その方がいいのではないかと、私は心の片隅でそう思っていた。


「……木下さん、社長、私、やります」

「佐藤さん? あなた、何を……」

「これがチャンスだというなら、掴んでみせます。私は……玲奈の隣に立っていたいんです」

「ほう……」


 だけど紬は、あの社長に堂々と言い放った。

 その言葉を放つ紬を見て、私は――なんて強い子だろうと、素敵な子だろうと思った。

 紬は格好良かった。本人にそう言えば否定するかもしれないけれど、紬は格好良くて可愛い子だ。私などよりも、余程。


「あの、玲奈……」

「う、うん。紬、何かな?」

「言ったことは、私の本当の気持ちだよ。私は玲奈の隣に、立っていたい。玲奈様としてステージで輝くあなたに、並びたい」

「そうか……それはもしかしたら、大変かもしれないよ?」

「そうだね。でも、やるって決めたから。時間はかかるのかもしれないけれど、それでも私は前に進んでいくから」


 社長に呼びかけられて情けなく出て行った私に、紬はまた心強い言葉をかけてくれた。

 それだけで私は、もう何もいらないとさえ思えた。その言葉があれば、どこまでも頑張れる。そう思えた。

 でも当然、できることならば、隣に紬がいて欲しい。私の隣で、紬がずっと一緒に笑ってくれるならば、それはどれだけ幸福なことなのだろうか。


「紬、君はどこまで私を……」

「玲奈?」

「……いや、ううん。嬉しいよ、紬」


 紬の言葉によって温もった心は、私に無限の勇気を与えてくれた。

 Pentasができてから、大丈夫だと思えていたけれど、まさかそれ以上に大丈夫だと思えるなんて、それは私も予想していなかった。

 紬は私に、何度も嬉しいをくれた。彼女の存在、それは特別なのだろう。他の皆だって大切ではあるけれど、紬は少し違っていて――


「それじゃあ、玲奈、とりあえず、これからもよろしくね……」

「え? あっ……」

「玲奈?」


 紬に手を取られた瞬間、私の胸は高鳴った。

 鼓動が早くなって、紬に触れられるのが嬉しいけれど、なんだかとても恥ずかしくて、それから息が少し苦しくなっていた。


「ご、ごめんね。急に手なんか取っちゃって、私、調子に乗っているのかな?」

「いや、それは構わないんだ。ただ……」

「ただ?」

「……いや、その、ううん。なんだろうね? よくわからないんだ」

「うん?」


 紬に触れられて嬉しいはずなのに、何故か咄嗟におかしな反応をしてしまった。

 それで紬は手を離してしまった。それはなんとも、悲しいことだった。せっかく紬が手を繋いでくれたのに、私は何をしているのだろうと。

 大きな矛盾が、私の中を渦巻いた。でもそれは段々と、一つの結論に向かっていた。


「今のは一体……」

「玲奈?」

「うっ……すまない、紬。君が先程、随分と嬉しいことを言ってくれたから、私はどうにも平静ではいられない、ということらしい」


 そう、あの時はまだわかっていなかった。わかっていないフリをしていた。

 本当は気付いていたはずなのに、そうではないのだと、自分に言い聞かせていた。だってそれはあまりにも、身勝手なことだったから。

 でも、一度抱いたその感情を捨てることは、容易ではなかった。否定すればする程、私の中にある思いは大きくなっていく。


 そうだ。うん、認めるしかないのだろう。この思いを私は、噛み砕くしかないのだ。

 私、鳳玲奈は……恋をしている。佐藤紬に。同じグループの仲間に、同じ女の子に。

 その感情は、とても温かくて時に切なくて――でもどうしようもなく、私は紬のことが好きだった。

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