第8話 私が世間を賑わせています
「この度は、ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」
レッスン室に、Pentasのメンバー全員が集まっている。
新曲のお披露目ライブに向けて、五人全員での練習の日、私はまず謝罪することになった。それは私の裏アカウントが判明したことで、Pentasが被った迷惑に対する謝罪だ。
「顔を上げて、紬ちゃん。大丈夫、私達は別に怒っている訳ではないから」
「まあ、びっくりしたけどねー。紬ちゃんが玲奈のファンだってことは聞いていたけど、まさかあんな感じだったとはねー」
「あ、はい。そうですよね……」
陽依さんと琥珀さんは、私に対して優しい言葉をかけてくれた。
ただ当然のことながら、二人もあのアカウントで呟かれた内容は知っているらしい。
なんというか、とても恥ずかしかった。いや、呟きの内容は最早全世界に発信されている訳なのだが。
裏アカウントの一件に関して、佐藤紬はその存在を認めて謝罪した。
むぎりんのアカウントは、現在削除されている。ただそれまでの間に、私の呟きは保存されており、現在でも検索すればすぐに見られる状態なのだ。
これはなんという辱め、なのだろうか。いや、元より全世界に発信していたものではあるのだが。
「……迂闊としか言いようがないと、私は思うけどな」
「み、水瀬さん……」
「佐藤さん、アイドルとしての意識が低すぎ」
「お、仰る通りです」
二人とは違って、水瀬さんは手厳しい言葉をかけてきた。
しかしそれは当然のものだ。私は本当に迂闊としか言いようがなかった。今は心底、反省している。
「冴ちゃん、紬ちゃんも反省しているみたいだし、あんまり言うのはやめてあげてね? 多分、木下さんや社長からも、きつく言われているだろうし……」
「……まあ、そうですね」
「ああいや、私が迂闊だったのは本当なので。怒られるのは当然のことです」
陽依さんのフォローに水瀬さんが頷いたので、私はそれを止めることにした。
年齢的にも芸歴的にも上の陽依さんがそのスタンスであると、なんというかバランスが取れていない気がしたからだ。
その優しさはありがたいものだが、甘えてはならないものだと、私は思っている。Pentasにとって、ともすれば不利になるようなことを、私はしていたのだから。
「別に怒っている訳ではないけど」
「え? そうなの?」
「アイドルになる以上、誰かに見られているって覚悟は持つべきだと思う。佐藤さんは自分に人気がないから、特定とかされないと思っていたのかもしれないけど」
「……まあ、確かに」
水瀬さんは、私からすれば怒っているように見える。でも本人的には、ちょっと釘を刺しただけに過ぎなかったということだろうか。
ただ彼女の言っていることはもっともだ。私は自分が興味なんて持たれていないと思っていたので、特定されるなんてことは一度も考えていなかった。
Pentasの一員として活動する以上、見られていることは意識しなければならない。それは肝に銘じておくとしよう。
「結果として、佐藤さんは大きな代償を支払った訳だしね……」
「大きな代償?」
「まあ、そうだよねー。今は紬ちゃんでネットは賑わっている訳だし。プライベートな呟きも、すごい人に見られているよね」
「……ああ、そういうことですか」
水瀬さんの言葉に対する琥珀さんの発言で、私は改めて理解する。本当に大きな代償を支払ったものだと。
社長はチャンスだ、などと言っていたけれど、全然ピンチかもしれない。むぎりんとしての呟きが、全世界の人に見られているなんて。それは苦境過ぎる……
「ああ、また恥ずかしくなってきました……」
「紬ちゃん、大丈夫だよ。そんなにおかしなことは言っていなかったと思うよ?」
「そんなに、ということは、多少はおかしかったということでしょうか?」
「え? あ、うん。うん? ううん、おかしくなかったと思う」
陽依さんの慰めは、少しぎこちなかった。やっぱり私の呟きって、気持ち悪かったのかな?
あの陽依さんにそう思われているという事実が、何よりも心にきた。これから距離を置かれたらどうしよう。
「でも社長は本当に、いい性格してるよねー。これをチャンスだとか言い出すなんてさ」
「まあ、佐藤さんの裏アカウント発覚以来、実際にPentasが話題になっている訳ですから、チャンスと言えばチャンスなのかもしれませんね……」
「関係ないあたしらとかも話題になっているのは、不思議だけどねー」
私の裏アカウントが発覚してから、Pentasは話題になっている。それは怪我の功名ともいえることだろう。
当然のことながら、それを成果として誇ることはできない。ただ私の失敗がPentasの成功に繋がってくれるなら嬉しいものである。
「次の新曲ライブも、注目度ヤバイみたいだわー。これは失敗できないねー。いいライブにしないとだね……」
「うっ……そうですよね。はあ……」
「紬ちゃん? どうかしたの?」
「いえ、新曲の振り付け、まだ自信がそこまでないというか……」
新曲のお披露目ライブは迫っている。それまでにダンスは、完璧にしておかなければならない。
玲奈との一件以降、私のダンスへのモチベーションも上がり、大分上手く踊れるようになっているとは思う。
しかしそれでも、自信があるという訳ではない。まだ人前で踊ったことはないし。
「弱気になるのも、どうかと思うけど」
「よ、弱気にもなるよ、水瀬さん。だって私、歌もダンスも下手くそだし……」
「この間会った時ならともかく、今の佐藤さんならちゃんと踊れると思う。もうちょっと自分のことを信じてみたら?」
「え? あ、う、うん……そうかな?」
「うん、そうだと思う……あれ? 私、またわかりにくかった?」
私に言葉をかけた水瀬さんは、また悩むような素振りを見せた。一言多いとか少ないとか、そういうことを心配しているのだろう。
つまり水瀬さんとしては、私を励まそうとしてくれている訳だ。それはとてもありがたい。やっぱりちょっと、わかりにくい所もあるけれど。
「冴ちゃんは、紬ちゃんのことを励まそうとしていたんだよね? そういう時は、大丈夫だって声をかけてあげたらいいんじゃないかな?」
「な、なるほど……佐藤さんは大丈夫だと思う」
「……ってかさ、二人ってちょっと距離遠くない? 佐藤さんと水瀬さんとか、同級生なのにさ」
「そうですかね……? いやでも、佐藤さんとは……」
水瀬さんに対して、陽依さんと琥珀さんがそれぞれ声をかけた。
陽依さんのはただのアドバイスである訳だが、琥珀さんの方は私も考えなければならないことだった。
水瀬さんとの距離が遠い。そうなのだろうか? いやもちろん、呼び方などに関してはそうなのかもしれないが。
「……紬」
「え?」
「あ、いや、別になんでないけど……」
私が考えていると、水瀬さんが呟いた。
その呟きを彼女はかき消そうとしたけれど、私には確かに聞こえた。
水瀬さんに名前で呼ばれる。そのことに私の胸は、少し高鳴った。なるほど、確かにこの方が嬉しいかもしれない。
「そ、そっか……それなら、冴、ちゃん?」
「なんでちゃん付け?」
「さん付けだと遠いかと思って、駄目かな?」
「別にいいけど。冴ちゃん、か……」
という訳で名前呼びを刊行してみたけれど、何故かちゃん付けで呼んでしまった。
玲奈の時は、迷わず呼び捨てにできたのだけれど、どうしてだろうか。冴ちゃんとは同級生だから? いや、年上を呼び捨てにする方が変か。
「おおー、いいじゃんいいじゃん。それじゃあさ、冴ちゃん、私は?」
「こ、琥珀さん……」
「あーあ、いいなぁ、琥珀ちゃん。冴ちゃん、私は……」
「陽依さん……」
冴ちゃんは、琥珀さんと陽依さんにいいようにされていた。
年上には弱いのだろうか。二人のことはすんなりと名前呼びしている。
いや、この辺りはあの二人の手腕という方が正しいだろうか。Pentasの雰囲気を良くしてくれる二人には、頭が上がらない。
「あはっ、陽依もやるねー。よし、次は玲奈だね?」
「玲奈さん……」
「ん? あれ、玲奈?」
琥珀さんの指示で、冴ちゃんが玲奈に呼びかけた。
しかし返答が返ってこない。玲奈なら笑顔で、喜びそうなものなのに。
私達四人は、ほぼ同時に周囲を見渡した。そしてその視線は、一点で止まる。玲奈はレッスン室の壁によりかかり、ぼーっとしていたのだ。
「ちょ、玲奈、何やってるの?」
「……琥珀?」
「玲奈ちゃん、大丈夫?」
「ああ、私は大丈夫だよ、陽依」
「あの、玲奈さん……」
「おや、冴が名前を呼んでくれるなんて、これは驚きだね」
三者三葉の呼びかけに、玲奈は答える。その返答は、特におかしいものではない。元気そうにも見える。
それなら一体どうして、あんな風にぼーっとしていたのだろうか。いや、この所私のせいで色々とあったので、疲れているのかもしれない。だとしたら心配だ。
「玲奈、大丈夫?」
「え? あ、うん。大丈夫だよ、紬」
「そう? あんまり大丈夫そうには見えないけど……」
私が話しかけると、玲奈は少し俯いた。
そんな風にされてしまうと、益々心配になってくる。私はそっと、玲奈の顔を覗き込む。
「わあっ!」
「れ、玲奈?」
私の動きに、玲奈は大きく体を動かした。
素早く体を離すその動きに、私は困惑してしまう。何故、そのようなことをするのだろうか。
あれ? 私ってもしかして玲奈に嫌われている? おかしい、先日仲良くなれたと思ったのに。
「玲奈、どしたの? なんか変だよ? いきなり体離して、紬ちゃんが可哀そうじゃん」
「あ、えっと、いや、別に今のは、紬が嫌だった訳ではなくてね。顔を見られたくなかったというか……」
「顔? なんか変だったけ?」
「その、今はみっともない顔をしていたんだ。紬は、私のファンだろう? そのような顔を見せる訳にはいかないさ」
琥珀さんの言葉に、玲奈は少し慌てた様子で私に弁明してきた。
顔を見られたくなかった。それは確かにあり得る話だ。先程まで玲奈は本当に、ぼーっとしていた。あれはみっともないと言えば、そうなのかもしれない。
ともあれ、嫌われていないなら良かった。玲奈に嫌われてしまったら、泣いちゃってたかも。
「……ってか、紬ちゃん、玲奈にタメ口になったんだ」
「え? あ、ああ、そうですね……色々あって、そうなりました」
「ふーん、良かったじゃん。というか紬ちゃん、全体的に玲奈に気安くなった感じか」
「……そうかもしれません。その、友達になったので」
私の態度に対して、琥珀さんは疑問を抱いたようだ。それはそうだろう。それに関しては、大きく変わっている訳だから。
友達、その単語を口にするのは、まだ少し気が引けた。それは玲奈だからとかではなくて、単純に友達が少ない者として。
玲奈は私のことを、ちゃんと友達だと思ってくれているのかな? それは常に気になっていることだ。
「友達になった、か……それなら、あたしと紬ちゃんは友達じゃない感じかな?」
「え? あ、それは、その……」
「今から友達ってことでいい? ああ、でもちょっと年齢離れすぎてるから無理かな?」
「いえ、そんなことはないです」
琥珀さんの言葉に、私はゆっくりと首を横に振る。
彼女は私よりも確かに年上ではあるが、それで友達になれないなんてことはないだろう。琥珀さんは光の人だし、年齢差なんて気にならないはずだ。
「それなら、今から友達ってことでいい?」
「そ、そんな簡単に?」
「紬ちゃん、それなら私も友達でいいかな?」
「陽依さんも?」
先程の冴ちゃんではないが、私も琥珀さんと陽依さんに挟まれていた。
陽依さんも、また光の人だ。ぐいぐい来られると、陰の者である私としては少し気が引ける。
でも同時に、気分もいい。この二人にこのように迫られるなんて、なんとも贅沢な話だ。
「そういうことなら、お二人とも友達になっていいですか?」
「もちろんだって」
「ふふっ、紬ちゃんと友達に慣れて嬉しいよー」
という訳で、私は琥珀さんと陽依さんとも友達になった。
友達って、こんなに簡単に増えるものだったんだ。いや、単純に二人の友達のハードルが低いというだけか。
「あ、冴ちゃんも紬ちゃんと友達になりたいよね?」
「……え?」
「ちょ、陽依さん、待ってください……」
私が陰陽の違いを実感していると、陽依さんが冴ちゃんの肩を押した。流れ的に、彼女とも友達にということだろうか。
それ自体は、別に構わない。ただなんだろう。妙に緊張してしまう。同い年の冴ちゃんだからだろうか。
「え、えっと……冴ちゃんとも友達って、ことでいいのかな?」
「あ、うん。まあ、紬がいいのなら、それでも……」
「それじゃあ、よろしく……」
「うん……」
冴ちゃんは、私の言葉にぎこちない態度で返答してきた。
もしかして、彼女も友達作りが得意な方ではないのだろうか。それはなんというか、少し親近感が湧いてくる。というか冴ちゃんって、案外不器用なのかも。
「まあ、Pentasは皆友達ってことかな? あ、私は皆で遊びに行ったりしたいなー」
「お、それいいじゃん。あたしが車出す……あ、五人は乗れないか。でもレンタカーとかもあるわ。後で皆の予定とか聞いてもいい?」
「ほ、本当に遊びに行くつもりなんですか?」
「冴ちゃんは嫌?」
「嫌ではありませんが……」
陽依さんと琥珀さんのお陰で、レッスン室は明るくなっていた。二人のそういった手腕は、本当に見事なものだ。いや、別に意識してやっている訳でもないのかもしれないけれど。
しかし私は、玲奈が静かなことが気になった。彼女ならば、二人の話に乗っかっていきそうなものなのだけれど。
そう思って視線を向けてみると、玲奈と目が合った。目が合ったということはつまり、彼女が私のことを見ていたということである。
「れ、玲奈?」
「あ、その、紬……」
「そういえばさ、色々とあった訳だけれど、玲奈と紬ちゃんは一緒にお出掛けしたんだよねー」
「え? あ、はい。そうですね……」
玲奈はどうして私を見ていたのだろうか。それについて尋ねようとしていた私だったが、琥珀さんからの質問でそれを中断することになった。
まあ、玲奈も私が会話に参加しないのかと思って見ていただけかもしれないし、深く考える必要もないだろうか。
「どうだったの?」
「楽しかったですよ? えっと、私の地元の方の商店街を歩いて……」
「うんうん」
「あ、ああ、あの時は本当に楽しかったよ。紬の行きつけの店のコロッケがおいしくてね」
ファンの女の子とあった後、私は玲奈とともに行きつけの商店街を歩いた。
そこにあるお肉屋さんは、私が小さな頃から行っているお店で、コロッケが辺りでもおいしいと評判だ。
玲奈と一緒に、それを食べた。それだけではない。商店街にあるお店を何店か巡り、本当に楽しい一時だった。あの時はこんなことになるなんて、思っていなかったけれど。
「いやー、あたし達も連れてって欲しいなー。紬ちゃん、案内してくれる?」
「あ、はい。そうですね、機会があれば……でも今はちょっと、無理かもしれません」
「あ、そっか。Pentasが話題になっているもんね。写真の場所のすぐ傍ってことだろうし、行くのはまずいかー」
玲奈だけではなく、三人にも商店街を案内するのはやぶさかではなかった。
ただ今は、時期が悪い。琥珀さんの言う通り、Pentasは良くも悪くも話題になっているからだ。
商店街の人達に、迷惑はかけられない。少なくともほとぼりが冷めるまでは、あの辺りに行くのは避けた方が良いだろう。
「……」
「玲奈……?」
「あっ……」
そこで私は、玲奈の方に視線を向けてみた。
すると再び、彼女と目が合う。また見られていた? 二回もこうやって目が合うということは、恐らくそういうことなのだろう。
私は、自分の頬に手を当ててみる。今日の私は、何か変だろうか。他の皆は特に何も言ってこないし、それはないと思うのだが。
「……」
玲奈の方は、ほぼ反射的に私から視線を外してしまっていた。しかし彼女は、なんというかもじもじとしているし、何か言いたいことがありそうだ。
いや、待てよ? もしかしたら玲奈は、先程の会話などに対して、何か思う所があるのかもしれない。それが言い難いことで、隙を伺っていた。それなら玲奈の様子にも辻褄が合う。
「玲奈、あのさ……」
「う、うん? 紬、何かな?」
「もしかして、嫉妬している、とか?」
私は、玲奈にずばり聞いてみることにした。もしかして先程からの会話に対して、彼女は嫉妬しているのではないだろうか。
私と玲奈は、先日友達になったばかりだ。であるというのに、私はその彼女の目の前で、今三人もの友達を作り、仲良くしている。
それに玲奈が、嫉妬しているのではなかろうか。友達間でもそういうことがあると、聞いたことがある。
「嫉妬……」
「……あれ?」
玲奈は、目を丸くしていた。それは私の指摘が、的外れだったことを表している。
それで私は、一気に血の気が引いた。嫉妬なんかしていなかったというなら、私としてはとても恥ずかしい。とんでもない自意識過剰だった訳だし。
「ち、違ったのか……」
「あ、えっと、そうだね。違ったといえば、違ったのかもしれない」
「いや、はっきりと言ってもらっていいんだよ? 気を遣わないで……」
私の嘆きに対して、玲奈は曖昧な返答をしてきた。それは明らかに気を遣っているという風で、こちらとしてはさらに居たたまれなくなる。
「えっと、嫉妬とかではなかったんだ。私を見ていたのは……」
「……まあ、そうなんだ。うん、嫉妬はしていないよ。むしろ、嬉しく思っているかな。紬が皆と仲良くしていることが」
「そうなんだ……」
玲奈は、本当に嬉しそうに笑顔を浮かべていた。その言葉には、嘘偽りなんてものはなさそうだ。
私がPentasに馴染んだこと、それを玲奈は喜んでいるということだろうか。グループを率いる者として、そういった所には気にしていたのかもしれない。
それなのに嫉妬しているのではないか、などと考えた私は、浅はかだったといえる。私も玲奈のように、もう少し広い視野を持たなければならないのかもしれない。
「……でも、嫉妬とかしていないなら、どうして私のことを見ていたの?」
「え? あ、それは、その……」
「言い難いことなのかな? 今日の私の顔に何かついているとかなら、遠慮せずに言ってもらった方がありがたいんだけど……」
勘違いはともあれ、玲奈が私のことを見ていたことは間違いない。それについて私は、本人に聞いてみることにした。
もしも私に、何か違和感があって、それに玲奈しか気づいていないというならば、できれば早めに教えてもらいたい所だ。今ならまだ、お手洗いなどにも行けることだし。
「……いや、そういうことではないんだ。紬はどこも変ではないさ」
「そっか。それなら良かったんだけど……」
「ただ、今日の紬は……ううん、紬はいつもそうだけれど、可愛いと思って」
玲奈は少し頬を赤らめながら、そのようなことを言ってきた。
それに私は、目を丸めてしまう。一瞬、思考が追い付いてこなかった。私が今、誰に何を言われたか、それを噛み砕くまでに数秒かかった。
それから私の顔からは、火が噴き出した。玲奈から可愛いなどと言われると、当然のことながら動揺してしまう。
「か、可愛いなんて、そんな……」
「紬は可愛いよ。うん、そうだ。そうだった。デートの時も、そう言おうと思っていたんだ。紬は私に、そう言ってくれたよね? それなのに私は、気が利かなくて、浮かれていたんだ。その時は本当に、すまなかった」
「いや、いいよ、そんなことは……」
玲奈は、少し慌てた様子だった。そのお陰か、私は少しだけ冷静になれた。
とはいえ、それでも受け止め難い言葉だ。私が可愛いなんて。
ただ、それでは駄目なのだろう。私はアイドルだ。自分のことを可愛いと思わなければならない。そう思うこともできずに、人前に立つなんておかしな話なのだから。
「……そっか。玲奈が可愛いって言ってくれるなら、私も少しは自信を持ってもいいのかもね?」
「もちろんだとも。紬は可愛いさ」
「でも、それは玲奈だってそうだよ? 今の表情とか、本当にそう思う」
「そ、そうかな……?」
なんとか虚栄を張った私は、私の可愛さを熱弁してくれる玲奈の表情に気が付いた。
そう言ってくれる彼女の少し照れた顔は、なんとも可愛い。いつもはかっこいい玲奈様が見せるその一面には、笑顔を浮かべずにはいられない。
「……紬にそう言ってもらえるのは、とても嬉しいよ」
「うん、私も玲奈にそう言ってもらえるのが嬉しい……って、あれ?」
「紬? どうかしたのかい? ……あっ」
玲奈と話していた私は、ふと視線を感じて、そちらの方向に目を向ける。
するとそこには、陽依さん、冴ちゃん、琥珀さんの三人がいた。三人はそれぞれ、苦笑い、気まずそうな顔、楽しそうな顔でこちらを見ている。
「いやー、お二人ともお熱いものですなー」
「こ、琥珀ちゃん、あんまりからかったら駄目だよ」
「えー、これはさ、ネタにしておくべきことでしょ? 何もなかったことには、できないってー」
私と玲奈は、顔を見合わせることになった。
そんな私達に、琥珀さんはまた楽しそうに声をかけてくる。陽依さんが止めてくれているけれど、これはからかわれそうな流れだ。
「……なんだか、見ているこっちまで恥ずかしくなるような会話でしたね」
「さ、冴ちゃん? それは言わない方がいいと思うけど……」
「え? そうですか?」
冴ちゃんは冴ちゃんで、とても鋭い言葉を発してきた。
いや確かに、私達は随分と恥ずかしい会話をしていたことだろう。でも、それをわざわざ言われてしまうと、益々恥ずかしくなってくる。
「あははっ、これは本当に、恥ずかしい所を見られてしまった、かな……?」
「うっ……そうみたいだね」
「まあ、二人の世界に入るのは勝手だけどさー。周りに私達がいることは、ちゃんと覚えておいてもらわないと困るって」
「そうだね。すまなかった。でも、別に皆のことを蔑ろにしていた訳では……」
「玲奈ちゃん、大丈夫だよ? その辺りについては、わかっているから」
「そ、そうかい……」
玲奈との会話に、夢中になり過ぎてしまっていた。周りの様子が見えなくなる程に。
それはやはり、会話の内容が原因でもあるのだろう。あまり恥ずかしい会話を、こういった場でするべきではないのかもしれない。
「……そろそろ時間みたいですよ?」
「え? あ、本当だ」
そこで冴ちゃんが、レッスン室のドアの方に視線を向けた。
それに釣られて私もその方向を見ると、ダンスのトレーナーさんが入ってきていた。どうやら、レッスンの時間が来たようだ。
私は、気持ちを切り替えて、気を引き締める。次のライブは、本当に失敗できない場だ。玲奈と並び立つためにも、頑張らなければ。
そのためにも、レッスンに励むとしよう。大丈夫だ、きっとできるはず。私はそう自分に言い聞かせながら、レッスンに臨むのだった。




