第6話 世間に裏アカウントがばれました
玲奈とデートをして、少し距離が縮まったような気がする。
そう琥珀さんに報告すると、喜んでもらえた。「紬ちゃんに任せて良かった」、彼女にそう言われて、なんだか少し誇らしい気分だ。
とはいえ、これからのことは少々心配であった。玲奈とは問題なく友達としてやっていけるだろうけれど、アイドル活動という面に関して。
私は玲奈の傍にいると決めた。陽依さんや水瀬さんからも色々と教えてもらって、それから何よりもファンとも会えたことだし、アイドルをやめる気なんてもうない。
しかしそのように決意すると、自分が色々と不足していることがより如実にわかってきた。アイドルとしてやっていくために、私は努力をしなければならない。
「おはようございます……って、あれ? 木下さんに、社長……?」
こういったことはマネージャーである木下さんに相談するべきだろう。そう思って事務所を訪ねた私は、少し驚くことになった。
私が所属している三鷹プロダクションの社長である一条剛健さんがいたからだ。普段は社長室にいる彼が、執務スペースがあるこちらに来ているなんて珍しい。
いや、珍しいなんてことを言っている場合ではないか。いつもはいない社長がいるということは、何かが起こっているということだろうし。
「……佐藤か。丁度良い所に来たな」
「佐藤さん……」
「うぇ?」
社長と木下さんの言葉に、私は思わず唸っていた。
このタイミングで丁度良いなんて言われたということは、何か問題が起こっていて、その原因が私にあるとでも言うのだろうか。
何か悪いことをしたっけ? 玲奈と遊びに行ったことがまずかったのだろうか。事務所の中心である彼女は、気軽に連れ出してはいけなかったのかもしれない。
とはいえ、私は彼女の友達だ。例え何を言われようとも、強く心を持ってみせる。
「あの、何かあったのでしょうか?」
「むぎりん」
「……え?」
「あなたのユーザー名よね?」
木下さんの口から出た名前に、私は固まることになった。
むぎりん、その名前をどうして知っているのだろうか。いや、それは考えるまでもないことだ。私のアカウントが――裏アカウントが発覚したのである。
いや、違う。問題はどうして、それが発覚したのかということだ。玲奈がばらす訳もない。それならつまり――
「……今日、むぎりんというアカウントの存在が発覚したわ。あなたの裏アカウントだという情報が拡散されているの」
「わ、私の裏アカウント……」
「その情報に、誤りはないかしら? 事務所としては、それを確認しておきたいの」
「……はい、そうです」
私は木下さんの言葉に、ゆっくりと頷いた。
ここで嘘をついても仕方ない。事務所には包み隠さず話すべきだ。
そもそもの話、あのアカウントを残しておいて、その上事務所に話していなかったことが問題だったといえる。
あの頃から私は、アイドルとしての意識が低かったのだ。今ならもう少しくらい、それらしい対応をしていただろうけど。いや、それは所詮言い訳か。
「……はあ、そうなのね」
「申し訳ありませんでした。今までそのアカウントのことを隠しておいて……いえ、そもそもの話、裏アカウントを作っていたのが間違いでした」
「まあ、作ったのは随分と昔のようだけれど……」
「そうですね。三年前に作ったアカウントです」
木下さんは、ゆっくりと重たくため息をついた。それは当然のことだろう。裏アカウントの存在なんて、良いものではないのだから。
それはPentasのイメージを、著しく下げるものかもしれない。私の短絡的な行動で、それを招いてしまったというならば、それはなんとも申し訳ない限りである。
私は、どう償えば良いのだろうか。それはわからない。でも私は、Pentasにいたいと思っている。皆と一緒に、玲奈の隣に私はいたい。
「あの、私はどうすれば良いのでしょうか?」
「どうすればって、それは……」
「……良い目をするようになったな」
「え?」
私が木下さんに質問を投げかけていると、それまでずっと黙っていた社長が口を開いた。
社長は笑っている。この状況には不釣り合いなほどに楽しそうに。それは私が叱られる所を面白がっているという訳ではなさそうだ。
社長は私の目を、真っ直ぐに見てきている。その眼光はなんとも、鋭いものだった。
「佐藤、何か変化があったようだな。何があったのかを、殊更聞こうとは思わないが……」
「あの、社長? 急に何を……」
「木下、少し私に話をさせてくれ……佐藤、君は過ちを犯した。アイドルとして、裏アカウントを持つということは迂闊なことだ。そこから情報が漏洩するかもしれない。グループのメンバーに迷惑をかける可能性もあった。それは理解しているな?」
「は、はい……」
社長の言葉に、私は背筋を伸ばす。鋭い視線を向けながら放たれたその言葉は、私を咎めるものだった。
ただそれは、当然の誹りだ。私は本当に、愚かなことをしていた。いつまでも一般人気分で、迂闊な真似をしていたのは私の失態としか言いようがない。
「……えっと、佐藤さん。一応、あなたのむぎりんとしての呟きは、問題になるようなものではなかったわ。一通り目を通したけれど、あなたは本当に日常のことを呟いていただけだったみたいだし、もちろんアイドルとしては迂闊なことではあったけれど」
「木下さん……」
社長が叱ったからだろうか、木下さんは逆に優しい言葉をかけてくれた。
それは私にとっては、ありがたいものである。しかしそれに甘えてはいけないだろう。私はしっかりと、反省しなければならない。
「まあ、そのあなたの日常というものが、玲奈と密接に結びついていたことは驚きだけれど」
「そ、それは……」
「あなた、玲奈の大ファンだったのね……知らなかったわ」
木下さんは、苦笑いを浮かべていた。私の呟きの数々、それに本当に目を通してきたのだろう。その表情からは、それが伝わってきた。
ファンだということは陽依さんや琥珀さんにもばれたことだが、あの二人はChirptterを見ていない。ただファンだと聞くのとは、訳が違うはずだ。
「佐藤、問題はそこだ」
「……え?」
「君が玲奈のファンだった。この事実が何を表しているか、わかるか?」
「え? 何を表しているか、ですか……」
社長の言葉に、私は少し考えることになった。
私が玲奈のファンだったこと、それがどうかしたというのだろうか。いやもちろん、ファンが同じグループに潜り込んでいるなんて、ストーカーめいたことかもしれないが。
「えっと、私は決してストーカーとかそういうものではなくて、ですね……」
「……その点について、君の行動を咎めている訳ではない。むしろそれは、強みと言える。同じグループに属する者に憧れて、アイドルになった。そのエピソードは強い」
「強い、ですか?」
「さらに言えば、君のその憧憬は今回の一件で偽りではないと裏付けられた。それは人々の心を揺さぶるものだ」
社長は笑っていた。それはなんとも、悪い笑みだ。元々人相が怖いと思っていたけれど、今の笑顔は本当に悪人のようである。
私は、木下さんの方を見た。彼女も引いている。ただ木下さんは、すぐに首を横に振った。彼女は何かを思い出したのか目を見開き、社長に詰め寄る。
「社長、まさかとは思いますが、今回の一件を利用するつもりですか?」
「そうだ? 何か問題があるか?」
「あるに決まっているでしょう? むぎりんのアカウントは、佐藤さんのプライベートな部分ですよ? それを利用するなんて、あんまりじゃないですか」
「しかし、最早ことは広まっている。むぎりんのアカウントの呟きは、既に消えないものとなった。それは必ず、佐藤紬と結びつくことだ。既にネット上で、話題になっている」
木下さんと社長の口論に、私はスマホを見た。
社長の言う話題、それは一体どういうことなのか。私はとりあえず、佐藤紬という名前でエゴサーチしてみる。
すると画面上に、様々な言葉が表示された。私はそれに目を通していく。
<Pentasの佐藤紬、裏アカ発覚!>
<佐藤紬の裏アカ、マジで玲奈のファンじゃん>
<裏で推し活してたとか笑えるわw>
<裏アカ発覚したけど、好感度あがったわ。てか、玲奈様のこと好き過ぎじゃね?>
<れなつむっていうか、つむれなかな?>
<プライベートで出掛けてこればれるとか、できすぎてるだろ。って思っていたら、三年前からあるアカウントだし、マジなのか……>
ネット上は、かなり湧いているようだった。
有名な玲奈有するアイドルグループのメンバーの裏アカが発覚したのだから、それは当然のことではある。
ただ、湧き方というものが奇妙なものだった。私と玲奈、その関係性が注目されている。
よく見てみると、先日玲奈と出掛けた時に女の子と撮った写真が拡散されていた。どうやらこの写真をきっかけに、私とむぎりんが結びついたらしい。
今まで見たことがない程に、佐藤紬やむぎりんという名前が目に入ってくる。
自分が話題になった。その事実に私は震える。それはとても怖いことだったからだ。
「理解したようだな、佐藤」
「社長、あのこれって、一体……」
「今君は、世間に求められているということだ。佐藤紬が、むぎりんがな」
「求められている? 私が?」
社長が言っていることは、よくわからなかった。
これは本当に、求められているということなのだろうか。いや違うはずだ。人を惹きつけるということは、玲奈のように光り輝くということで――これは違う。
「……私は、玲奈みたいに輝けている訳ではありません」
「玲奈のように? なるほど、確かに玲奈には人々を惹きつける天性の才があるといえる。しかしそれは、所詮玲奈の輝きだ。君の輝きとは違う」
「私の輝き?」
「私は、君に素質があると思ったからPentasの一人として採用した。思っていた通りだ、君は今、チャンスを引き寄せている」
社長の鋭い視線が、こちらに向く。それはまるで、私を試しているかのようだ。
私の額から、ゆっくりと汗が流れる。この状況がチャンス、本当にそうなのだろうか。
確かに、Chirptterは盛り上がっている。佐藤紬という名前が、こんなにも注目されたのはこれが初めてのことだろう。
「社長、これがチャンスなんて、そんなことは……」
「木下、君とてわかっているはずだろう。佐藤の裏アカは、悪いものではなかった。その存在は、佐藤紬を舞台の上にあげ、評価を上げている。この状況を我々は利用するべきだ。チャンスというものは、そう回ってくるものではない」
「それは……」
社長の言葉に、木下さんは押し黙る。彼女としても、その意見には同意できる部分が、あるということなのだろう。
もしもそうだというならば、私はこのチャンスを逃してはならない、気がする。この世界は簡単なものではない。それは私もわかっている。
私は、玲奈の傍にいると決めた。ファンの存在も知ったし、今はアイドルでありたいと思っている。
そのためには結局の所、成り上がっていくしかない。いくらやる気があっても、人気がなければ生き残ることなんてできないのだから。
私は拳を握りしめる。当然のことながら、まだ怖かった。でも勇気を出す。ここで突き進めなければ、もう一歩を踏み出すことなんてできないのだろうから。
「……木下さん、社長、私、やります」
「佐藤さん? あなた、何を……」
「これがチャンスだというなら、掴んでみせます。私は……玲奈の隣に立っていたいんです」
「ほう……」
私は、ゆっくりと自分の気持ちを口にした。
それに木下さんは、目を丸めている。しかし社長の方は、笑っていた。また楽しそうに、嬉しそうに。
これは、社長の口車に乗せられてしまったということだろうか。いや、最早それでも構わない。私は前に進んでいくと、決めたのだから。
「……だそうだ。そろそろ入って来たらどうだ?」
「……うん?」
「社長、何を言って……あら?」
社長はそこで、私でも木下さんでもない人物に呼びかけた。
一瞬混乱した私だったが、すぐにそれが誰に対するものであるかはわかった。
なぜなら部屋の中に、その人が入ってきたからだ。鳳玲奈、私の友達は頬を赤らめながらこちらにゆっくりと歩いてきていた。
「れ、玲奈、聞いてたの……?」
「あ、ああ、すまないね、紬。盗み聞きするつもりは、なかったんだ。ただ入っていくタイミングがわからなくて……」
「社長、気付いていたんですか? その上で佐藤さんにあんなことを言わせて……」
「……別に聞かれて困ること、という訳でもないだろう。最早その程度揺らぐ佐藤ではないと、私は思っている」
玲奈に聞かれていた。それは私にとって、かなり衝撃的なことだった。
そのことで木下さんに詰められた社長は、私に視線を向けてくる。この程度で私が揺らがない。そう信じてくれているのだろうか。
いや、別に普通に動揺してますけど? いるならいると言ってくれたら良かったのに。今日でちょっと、社長のことが嫌いになった。
「……なんだ、その目は?」
「社長って、意地悪なんですね?」
「そうなのよ、佐藤さん。この人ね、本当に滅茶苦茶で……」
「苦労していらっしゃるんですね、木下さん……」
「……まるで、私は悪者だな。まあ、別に構わないが」
木下さんの大変さというものが、よくわかった。この人の元で働くなんて、それは苦しいことこの上ないだろう。
とはいえ、社長が悪い人ではないことはわかっている。こうして面と向かって悪口を言ってもいいと、思えるくらいには。
「あの、玲奈……」
「う、うん。紬、何かな?」
「言ったことは、私の本当の気持ちだよ。私は玲奈の隣に、立っていたい。玲奈様としてステージで輝くあなたに、並びたい」
「そうか……それはもしかしたら、大変かもしれないよ?」
「そうだね。でも、やるって決めたから。時間はかかるのかもしれないけれど、それでも私は前に進んでいくから」
私は、玲奈にゆっくりと言葉をかけた。自分の気持ちを噛み締めながら、進むべき道を私は改めて考える。
それはなんとも、険しい道に思えた。しかしそれでも、前を向くことができた。それはきっと私の道を明るく照らしてくれる、友達がいてくれるからだろう。
「紬、君はどこまで私を……」
「玲奈?」
「……いや、ううん。嬉しいよ、紬」
玲奈は私に、笑顔を向けてくれた。それはアイドルとしての笑顔とは、少し違う。玲奈の少女としての笑顔だと、私は思った。
「それじゃあ、玲奈、とりあえず、これからもよろしくね……」
「え? あっ……」
「玲奈?」
私がそっと玲奈の手を取ると、彼女は目を丸くした。
もしかして、嫌だっただろうか? いや、玲奈がそんなことを思うはずはない。恐らく、急に手を取ってびっくりしたのだろう。
よく考えてみれば、そうだ。私はなんとも、らしくないことをしているではないか。
大体玲奈の手なんて、お金を払わないと取っちゃいけないものである。どうかしていた、今の私は……
「ご、ごめんね。急に手なんか取っちゃって、私、調子に乗っているのかな?」
「いや、それは構わないんだ。ただ……」
「ただ?」
「……いや、その、ううん。なんだろうね? よくわからないんだ」
「うん?」
私の謝罪に対して首を横に振った玲奈は、自身の手を胸に当てている。
私が取ったその手が、どうかしたのだろうか。もしかして怪我とか? それなら一大事である。ライブももうすぐそこまで、迫っているというのに。
「今のは一体……」
「玲奈?」
「うっ……すまない、紬。君が先程、随分と嬉しいことを言ってくれたから、私はどうにも平静ではいられない、ということらしい」
私が顔を近づけると、玲奈は少し後退った。
その動きはちょっと悲しかったが、すぐに事情を話してくれたため、私の方も軽傷で済んだ。
なるほど、今玲奈は動揺している、ということか。それはそうだろう。あんなことを言われた後なのだから。
しかし考えてみると、私はなんとも大胆なことを言ったものである。もちろん本気で言ったことではあるが、今となっては少し恥ずかしい。
社長のせいで、変なテンションになってしまったということかもしれない。そうだ、全ては社長のせいにしよう。深く考えると、ドツボにはまりそうなので、私は責任転嫁することにした。
「……というか、木下さん。私の裏アカウントへの対応をしないと駄目ですよね?」
「うん? あ、そうだった。そうだわ、早い所対応しないと……」
そこで私は、すっかり忘れていたことを思い出した。
今もまだ、むぎりんのアカウントは話題になっていて、きっと多くの人の目に留まっている。ぞの事態を私は、収束させなければならないのだ。
あのツイートが、多くの人に見られているなんて、それは考えるだけでも恥ずかしい。元より全世界へと発信したものではあるが、今は私の顔も名前も割れている。
「があっ、これがデジタルタトゥーなの……」
「つ、紬、大丈夫さ。うん、紬は変なことは呟いていなかったし……」
「えっと、とりあえず謝罪文とか用意して……」
落ち込む私を、玲奈は励ましてくれた。その横で、木下さんは謝罪などの準備を進めている。
社長はいつの間にか、いなくなっていた。一応、各所にかけあってくれているということだろうか。もしもそうなら、とてもありがたい。
ともあれ私は、随分と大きな傷を背負うことになった。自業自得ではあるが、あんまりだ。SNSって怖い……。




