09.大人の境界
噂の人物、ブロードが姿をあらわした。大半の生徒たちが羨望のまなざしをむけるなか、ブロードの取った態度といえば……。
「ブロード、君の話をしているところだったんだ」
ジリアードは、とってつけたような笑顔を顔に貼りつけた。
「君ならきっとどんな世界でも乗り切れるに違いないというのが大多数の見解だったよ」
「どの口が言うか、卑怯者め」
ロスアルドが、その丸顔を真っ赤にしながら、小声で言った。
「心配してくれてありがとう」ブロードは何の感情もこめずに言った。その手には王からたまわった鳥かごがある――なかのハトがじっとバーリントンを見つめていた。「僕の実力ならどの世界であろうとそこにマナがある限り問題はないだろうがね」
マナがある限り、というのはずいぶん大きくでた表現だった。すべての物質にはマナが含まれるからだ。砂漠の砂つぶにも、海洋のひとしずくにも。
「まあ僕は異世界遊行へと乗り出すつもりはないけど」
「何だって⁉︎」
誰もが驚かされた。中でもひときわ大きな声を上げたのはアルマだった。
「じゃあ君は太陽級魔術師になる気がないと言うのか⁉︎」
「そのつもりだ」
「ウソだ!」
窓際最後列の自席に向かうブロードに、アルマが食いついた。
「キミの魔術の才能を考えろ。天命が下っていると言ってもいい。キミは太陽級になるべきだよ!」
「興味ないね。僕は宮廷に入り、そこでコネクションを作って王立の魔法研究所につとめるつもりだ」
ブロードはバックパックにテキスト類を詰めこみながら言った。
「研究職だって」アルマは頭を抱えた。「君ほどの魔術師が研究職? 軍職に進まないのは王が許さないだろう」
「王の許しは得ている」
ここで初めてブロードはアルマに視線を向けた。どう言いつくろってもその視線にあたたかさはなかった。
「なあ、僕の人生をキミにああだこうだ言われたくはない。そのおしゃべりな口をつぐんでいてほしいな。それからそこを通してくれないか。今から実家に帰るんだ」
アルマは、顔を蒼白にして、一歩後ろへ下がった。ブロードは、その前をゆったりとした歩みで通り過ぎていく。
「相変わらずイヤミな野郎だ。だから俺はやつが好かんのだ」
ブロードが教室を出たのを見計らって、ジリアードは言った。これにはロスアルドやアルマからも反論の声はなかった。
バーリントンは、ブロードを追って教室から廊下に出る。その背中に向かって名前を呼ぶと、ブロードは振り返った。
「君に話がある。あまり面白い話ではないが」
バーリントンは言った。
「いいよ。話してくれ。きょうの僕は機嫌がいいんだ」
そう言って、ブロードはほほえんだ。
「この前の戦闘でのことだ」
ブロードの顔が、真正面からバーリントンに向けられる。相変わらず美しい顔立ちだ。髪の毛はサラサラで、顔は驚くほどにちいさい。学校のどの女の子よりも美しい。バーリントンは、ほおがわずかに赤らむのを感じた。
「えーとだな。あの闘いにわれわれ義勇兵が参加していたことは、君も承知であったはずだ。ひとりきりで解決せずに僕たちとチームになって戦ってほしかった。君ひとりでなんでもやれるのは分かるが、われわれも実戦での経験値が欲しいんだ」
「何を言い出すかと思えば」ブロードはため息をついた。「僕はチームで動くのが嫌いだ。僕は自分の意思で自分だけで動く。反論があるのなら実力で僕を凌駕してみれてくれ。それなら納得しよう」
「独断専行で動くのは子どもと変わらないだろ。大人であろうとするのであれば――」
言いかけたバーリントンの目の前からブロードが姿を消した。直後すぐ背後から右肩に手が置かれる。
「大人と子どもを分ける境界は、ただ実力のみだよ。わかったか、クラスリーダー?」
――瞬間移動。長い詠唱も省略してやってのけた。化け物みたいな実力の大きさに、有無を言わさず納得させられる。
ブロードは、次の瞬間には背後からも消えていた。廊下の窓から三階下の地上に目をうつせば、背を向けて校舎から遠ざかるブロードの姿があった。バーリントンは声もなくその背中を見送った。
バーリントンを凌駕する実力をみせつけたブロード。その背中が遠ざかっていく。これから、彼はどこにむかう?




