76.サプライズ
日付が変わる瞬間。本日誕生日を迎えた桜野ミリアが玄関のドアを開けたところ――。
この時のことは生涯忘れないとミリアは思った。
キッチンに足を踏み入れた瞬間に、鳴りひびいた無数のクラッカーの音。似ても似つかないのに銃声と勘違いしてしまい本気で驚いた――間髪入れずに届く「サプライズ!」の声。
テレビ台や茶箪笥の影から麗亜、朱子、サフィー、フィリックスが姿を現した。
背後にいるブロードも一緒になって「ミリア、誕生日おめでとう」の声。
一瞬なんのことか分からなかった。
誕生日。
――そうか、きょうはわたしの誕生日だったんだっけ。
朱子が覆いを取ると、その上には山と積まれたプレゼントの数々、麗亜とサフィーは手際よく部屋を飾り付け、フィリックスは、同じくあっけに取られる総司と重吾を誘って、皿盛りを運んできた。
「知ってたの?」
ブロードにたずねた。
「それどころか主犯グループの一人だよ。朱子が中心になって兼ねてから計画していたんだ」
「やだもう。全然気が付かなかった。あなたたちいつもと様子が全然変わらないんだもの」
「いいサプライズになった?」
ミリアはほほえみ、「うん」と答えた。
「シケた顔してないでホラホラ、これあたしからね」
朱子はミリアに小箱を手渡す。
「ありがとう。なんだか今日はいろいろありすぎて感情が追いついていないみたい」
「プレゼントを全部開けおわるころには、うれしい気持ちでいっぱいになってるよ」
「うん」
ミリアは、ペーパーナイフを取り出して、包装用紙をきれいに外してたたむ。相変わらず几帳面だねと朱子がいい、サフィーとフィリックスが笑う。
麗亜と朱子の二人からはイヤリングが、サフィーとフィリックスからは猫の小物や財布がプレゼントされた。ブロードからはミリアの欲しがっていた置き型のスマホ充電器。
「すんませんね、俺たちなんも用意してきませんでした。知らなかったんで」
重吾は頭を下げた。
「いいのよ。気持ちだけもらっておくわ」
「じゃあさ――」
朱子は顔をにんまりと歪めた。総司と重吾は、パーティー会場の後片付けと食器洗いすることをしぶしぶ了承した。
「腹減ったな。食っていいか?」
総司が言った。
「今まで何も食べてなかったのかい? どうぞ。好きなものを取って」とフィリックス。
「多めに用意した甲斐があるわね。どうぞ、たくさん食べて」とサフィー。
食卓には、色彩豊かなたくさんの食事が用意されていた。アラビアータ、ローストビーフ、エビチリソース、フライドポテト。中華風焼きそばからは、香ばしいにおいが漂ってきた。サフィーが手作りしたというトルコのケーキもあった。深夜にも関わらず、みんな食欲旺盛に食べた。
大人たちはワインを、子どもたちはコーラやジュースを飲んだ。重吾はワインを飲もうとして止められかけたが、その時二十歳を超えていることが分かった。
「ブロードくん、コーラでいいかな?」
麗亜がブロードに言った。フリルをふんだんに使ったかわいらしい服装をしていた。
「本当はワインがいいんだけど、そうするよ。ありがとう」
「やだぁ。お酒?」
麗亜は、高級ウイスキーでも注ぐような慎重さでコーラをグラスに注いだ。いかにもお嬢様然とした態度で。それから「ぬるくなっちゃったね」などと言い、ブロックアイスをグラスに落とした。「どうぞ、ブロードくん」小首をかしげてほほえみかけた。
その一部始終をながめている間、ミリアはスパゲッティをすする手が止まっていた。ミリアの背中に指先を走らせるものがいた。もちろん、それは朱子にほかならない。
「ちょっともう、なによ」
「麗亜はブロードにお熱みたいじゃん。取られちゃったらどうすんの?」
朱子はニヤニヤと笑みを浮かべた。
「変なこと言わないでよ。どうもしないわよ」
顔を真っ赤にして反論すると、朱子はしたり顔で頷いて、
「一緒に暮らしてるからって油断してると痛い目にあうぜ〜。彼は旅人だべさ。ふらっといなくなったりしちゃうかもよ。次は、麗亜の家にやっかいになったりしてね」
朱子はくすくす笑った。
――分かってる。
――分かってるわよ。そんなの。
やがて宴は佳境を迎えた。
フィリックスの演奏するギターの伴奏でハッピーバースデーを歌った。ミリアの好きなポップスも数曲。みんな隠れて練習していたのだ。重吾はタンバリンを鳴らして盛り上げた。クールに構えていた総司も時折手拍子して参加した――いつもの仏頂面ではなく笑顔を浮かべて。その間、食べ残しのピザを、ギリアンはむしゃむしゃ食べた。
歌はイマイチだが、頑張って歌っているブロードの横顔がいつまでも頭に焼き付いている。
パーティーの後片付けをしている最中、総司が話しかけてきた。
「この人たちが、姉貴が築いてきた人間関係なんだな。素晴らしい人たちだと思うよ」
「ありがとう。私だって、あなたがいい友達を持ってるって分かってうれしいわ」
「今日一日でかなり失っちまったけどな」
総司はため息をついた。ふかいため息だった。
「数じゃないと思う。重吾とブロードくんが友達でいてくれればそれでいいと思う」
総司はゴミ袋に紙クズを集める手を止めた。感慨にふけるように宙を見て、それからミリアを見た。
「姉貴は、親父とお袋の後をついで民宿やろうとしてるんだろ。俺も手伝うよ」
「本当? それなら嬉しいけど……」
「大学だってそこまで行きたいわけじゃない。勉強するのは嫌いじゃないが、もし行きたくなったら自分で金を稼ぐさ。十年かければ嫌でも学費ぐらい貯まるだろ。姉貴、自分のために稼いだ金は自分のために使ってくれや」
われ知らずその背中に飛びついていた。いつの間にか広くなった背中。やさぐれて色んなものを背負い、ついさっきその全てを失った男の背中。
「ありがとう」
ミリアは言った。
「でも、高校は卒業してちょうだいよ。ちゃんと勉強もするのよ」
「へいへい」
すてきな人たちとのつながりを噛みしめるミリア。弟と和解し、ブロードとの関係になやむのであった。




