72.上階へ
狼とともに上階へと駆け上がっていく総司と重吾。上階から聞こえてくるのは銃声。なにがおこったのか。
「な、総司? 重吾?」
扉が破壊された物音に反応するように、フロアのドアが一斉に開かれた。そして、飛び出してきた男の誰もが、目をひんむいた。ズタボロにしたはずの男たちが、すぐ目の前にいたのだからそれも当然だ。
「てめえら、覚悟しやがれ」
総司が飛び出す。
「かかってきやがれ!」
重吾も吠えた。
その横を飛び抜けていく巨大な狼。
男どもは悲鳴を上げながら、慌てて部屋に戻ろうとし、狼の足に踏みつけられた。ガルルルル! ヒグマですら全力で逃げ出すような咆哮が、夜のマンションにこだました。
それから上階へ行くと、フロアを歩いていても驚くほど誰も立ち向かってきたりしなかった。
なかには襲撃を試みたやつがいて、そっとドアを半開きにして顔をのぞかせてきたが、バカでかい狼の姿を目の当たりにした直後、カチャリ、やつらは部屋を締め切った。
総司たちの姿は、監視カメラから目撃されているはずで、完全武装した亜寒帯連合のやつらが言った乗り込んできてもおかしくないのだが、二人と一匹の姿に恐れをなしたようだ。
「これが無敵で知られた亜寒帯連合の実態かよ。情けねえな」
総司はつばを吐いた。
「俺たち三人、なかなかのコンビだと思わないか、なあヒロシ」
重吾は巨狼の首元をよしよしとなでた。
「三人はコンビじゃなくてトリオだろ。てか、ヒロシなのかよ、こいつは」
「そう。ヒロシだ。前飼ってた犬に似てるんだよ。ははっ。かわいいやつめ」
重吾はヒロシをなでてやった。目を細め、口を半開きにし、甘んじてなでられているヒロシの態度から察するに悪い気はしていないらしい。
「前、写真見せられたけど、アイツはチワワじゃなかったか。こいつと似てるかよ?」
「そういうのはフィーリングなんだよ。なあヒロシ」
重吾に答えるかのようにクゥーンと鳴くヒロシ。どうやら自分の名前をヒロシと認識したらしい。
ふと、ヒロシの両耳がピンと直立した。
舌を出していた口を閉じ、両目を階段の方に向けた。それから長い前足でじゅうたん敷きの廊下を息もつかせぬスピードで進むと、階段を駆け上がっていった。
ヒロシの背中を追いかけるように、重吾と総司は階段を登った。
「今のって」
重吾は恐々と言った。
「ああ、確実に銃声だ」
上階には連合の人間たちがひしめいていた。雑魚どもとは違い、肝の座った連中だ。親分のいるフロアを守るために上階で待機していたらしい。総司は感心した。
ただ、その決意もヒロシの巨体の前では揺らぐらしく、失踪する狼に道を譲った。
男たちが群がり、ヒロシが突撃した部屋は、おそらく鷲胴のものだろう。廊下の奥にあり、入り口は両開きで広く、その扉二枚(大部分ヒロシに破壊されたのだが)にわたって『風神雷神』の絵が描かれていた。
重吾と総司がその部屋にたどり着くまでの間に、もう四、五発の発砲音があった。
――何が起きてんだよ。
ブロード、姉貴、無事か。
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銃口が火を噴いた。射出された弾丸がブロードへと向かってきた。全てがほんの一瞬のできごとだった。ミリアの悲鳴が聞こえた時には手遅れだった。
ブロードの両足はくずおれ、その身体は真っ赤なじゅうたんの上に倒れた。
鷲胴の歪んだ顔が、ブロードを見おろしていた。
「ブローニング。お気に入りの拳銃なんだよ」鷲胴は言った。「兄貴に連れて行ってもらったハワイの射撃練習場で初めて撃ったんだけど。その時に一目惚れしてさあ。日本で手に入れるのに苦労したぜ」
「ブロード、嫌だ」
ミリアはブロードのそばに駆けようとしたが、足枷に引っ張られて転倒した。
「卑怯者。あんた、なんてことしたのよ!」
ミリアは金切り声を上げた。足に巻き付いた鎖を引きちぎろうと引っ張り、無駄な努力に終わった。
「この銃で殺した最初の一人にしてやったぜ。ありがたく思うんだな」
鷲胴は、熱を帯びた銃口に唇をよせた。ミリアに向けたまなざしが好色さを帯びた。
「奴は死んだ。ミリアちゃんさ、今度こそお前は俺のものだな」
鷲胴の手がミリアの小さなあごをつかみ、強引に自分の方に向かせた。
鷲胴が銃を放ち、ブロードは倒れた。泣き崩れるミリアを、鷲胴は好色な目で見つめる。




