71.決戦
ブロードと鷲胴の睨み合いが始まる。ミリアをめぐってふたりは衝突する。
ブーツの底が、床に敷かれた毛足の長い赤じゅうたんを渡り、ブロードはキングサイズのベッドとの距離を縮めた。
「動くなこの野郎」
男――総司は確か鷲胴豪と呼んでいたか――はミリアの体を腕に引き寄せ、ナイフを突き出した。
「動いたら、この女を刺し殺すぞ」
「そうしたらお前も無事では済まないぞ」
ブロードの返答に鷲胴は顔を蒼白にさせた。
ブロードは歩みを進めた。
「近づくんじゃねえよ!」
鷲胴豪が吠えかかった。
「ブロード、やめて」
震えた声でミリアが言った。
「死にたくないの。分かって。この人のいうことを聞いて」
そう言いながら、ミリアはブロードに視線を合わせる。震え切った声とは裏腹にそのまなざしが放つ輝きは強かった。ミリアの手は足に巻きつく鎖を手繰り寄せていた。音を立てないように慎重に――ミリアは何かをするつもりだ。
「鷲胴豪、お前を倒す!」
ブロードは吠えた。自分でも演劇的だと思った。男の視線がミリアに逸れないように、鷲胴をにらみ続けた。
「やってみろや、糞外人が!」
その直後だった。ミリアが自らをいましめる黒い鎖を鷲胴の首に回した。
「何だッ!?」
鷲胴の顔に驚愕の色がにじんだ。
「このッ!」
ミリアは渾身の力を込めて鎖を引き絞る。鎖が鷲胴の無防備の喉元に食い込む。
「この野郎ッ」
自分がナイフを持っていることを思い出したらしく、鷲胴はそれを逆手に構えた。するどい刃の先端がミリアの白肌に向けられた。
熱にほだされて頬が熱い。そのころには、ブロードの錫杖の先にマナが集まっていた。ステップも軽やかに、火の精霊は上機嫌でダンスを踊っていた。
ブロードは熱線を放ち、鷲胴の持っているナイフの刃を焼き払った。急速に熱を持ったナイフの柄を鷲胴は手放した。
何が起きたか信じられないという顔をしている鷲胴の懐にもぐり込んで、握り拳を叩き込む。地の精霊の力で肉体を鉄と同じくらいに硬くしてある。風の精霊の勢いを借りて威力も倍増した。
鷲胴はベッド横の壁に叩きつけられ、もんどり打った。その直後、壁に飾っていたボッティチェリの「ヴィーナス誕生」のレプリカ画が落ちてきて、鷲胴の頭と右肩に額縁の角をぶつけた。
「クソがッ。何が起きてんだッ」
驚愕が鷲胴の顔にはりついていた。視線はブロードの錫杖に釘づけになっている。何が起きたのかは分からないが、この杖から何やら恐ろしいことが起こるらしいことだけはその身で理解したらしい。
「ミリアの足枷の鍵を渡せ」
ブロードは喉元に杖の先を突き出した。鷲胴が体を震わせた。
「殺す気かよ」
「お前の態度次第だ。鍵を渡せ」
ブロードが杖を退けると、鷲胴はゆらりと歩き出し、ベッドサイドテーブルの引き出しを引いた。
「訳わかんねえぜ。お前一体どういう技術を使ってんだ」
背中越しに鷲胴がブロードに尋ねた。
「言ってもわからんだろう」
「それって光線銃っていうんだろ。そんなのスターウォーズの世界だけだと思ってたけどさ、なんてことだ、実現化されてたんじゃねえか。光線銃なんて何だか馬鹿っぽい話だけどよ。俺はこの目で見たものは信じるぜ」
無駄話をする鷲胴だが、手元を見やればしっかり目当てのものを探っているようだ。サングラス、数珠、乗り物の鍵、なにかのリーフレット。
「お前は武器のブローカーなんだろ? その光線銃は米軍から仕入れたのか?」鷲胴は探しながら一方的に話し続けた。「もし在庫があるならうちの組にも卸してくれねえかな。俺の兵隊に持たせたいしよ」
「鷲胴。早く鍵を出せ」
ブロードは言った。
「クールな面構えの割にせっかちなやつだな。まあ待ってくれよ。おっ。あったあった――今渡すぜ」
鷲胴の手に握られていたのものは鍵などではなかった。
「――ウソ」
鷲胴が手にしたものを目の当たりにして、ミリアの声は力なく言った。
撃鉄が降ろされ、引き金に人差し指があてがわれた。
ブロードはその道具を知っていた。
映画やドラマで見たことがある道具。
だが、一般的に馴染みのないもの。
その名は拳銃。
引き金が引かれた。
テーブルの引き出しから鷲胴が取り出したのは……拳銃。ブロードに向かって引き金が引かれた。




