70.召喚獣
ブロードが上階へと飛び出していったのを、あぜんと見守る総司と重吾。
「しんじらんねえ」
総司は、建物の上階を見上げて立ち尽くすしかなかった。ミサイルのごとくブロードは急上昇して飛んでいった。背中にジェットエンジンを積んだわけでもなく、ワイヤーで引っ張られたわけでもない。謎の力で飛んでいったのだ。
「おいおい、甘えるなっての。俺を舐めても美味しくないぜ。総司、こいつどうにかしろよ」
困ったようなよろこんでいるような声で、重吾が言った。
信じられないと言えば、前足を地面につけて重吾の全身に舌をはわせているこの巨大狼もそうだ。こいつはブロードに呼び出された。
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「召喚魔術だ」
その時、ブロードはこともなげに言った。
「それを使えば、異世界――僕にとっても君たちたちにとってもだが――から契約した魔獣を呼び出すことができるんだ」
「こいつが」狼を目の当たりにして重吾は面食らった様子だった。「お前の言ってた匂いのエキスパートってやつ?」
「ああ」
ブロードはうなずいた。
匂いのエキスパートを呼んで、ミリアの正確な居場所を探るとブロードは言った。その直後、ブロードの背後に雄牛ぐらいありそうな巨大な狼が、とつじょ姿を現したのだ。ひと一人ぐらい飲み込めそうな巨大なアゴ。鋭い爪をたたえた野太い四本の脚。グルルルル……獰猛なうめき声があがり、その金色の目が総司と重吾に向けられた。
「連れてこられた時、ミリアはどこにいた?」
「あそこだ」
重吾は部屋の隅を指さした。そこに向かうと、ブロードはかがみこんでなにかを拾い上げた。総司と重吾が見守る中、ブロードが見せたのは髪留めのゴムだった。夏の日のひまわりの花びらのような黄色いろいもので、もちろんミリアのだ。総司がうなずいたのを見て、ブロードは狼の鼻先に運んだ。
狼が外に鼻先を向けた。ブロードがその背にまたがる。
「ミリアを助けに行く。僕の乗り物はちょっと手荒だ。ついてこられるか、鉄馬の騎士たちよ」
ブロードを乗せた狼は、軽い足取りで前進し、わずかの間に距離を取った。
「手荒と言うなら俺たちのマシンも同じだ、なあ重吾」
「その通りよ。なんかカッコいいな。その鉄馬の騎士ってヤツ」
そうして三人の男たちが夜を駆けた。先頭を切るのはブロードとその召喚獣である巨狼、後ろを守るのは鉄の愛馬に跨った総司と重吾である。
狼が向かった先は総司が予想していた通り、鷲胴会が所有する高層マンションの三棟あるうちのひとつ―C棟だった。一番高さはあるが、繁華街からは一番距離を置いている。地下の駐車スペースはおそらく不良どものバイクでひしめいているのだろう。
「お前たちは下から上に登ってきてくれ。狼がミリアの場所を知っている。僕はいち早く駆けつける」
ロケット噴射のごとくブロードが上空へと駆け出したのはその直後のことだった。
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「いい加減ビショビショだあ。やめろ、このイヌ。舐めるのやめろ!」
「犬じゃなくて狼だろ」
「違いなんて俺には分かんねーよ」
「毛並みでなんとなくわかるだろうが」
よほど巨狼に懐かれたのか、重吾の頭は整髪料がすっかり落ちてしまい、せっかくまとめた髪型も台なしだ。
「とりあえずよ、乗り込むとしようぜ」
「でもどうすんだ? セキュリティは硬いぜ」
マンションのエントランスは、ドアが固く閉ざされていた。カメラのレンズが抜かりなくあたりを見据えている。
「他にどこか入れるところを探して――」
巨狼が飛び出していって、長い前脚を振るった。ドンと激しい音がして、鋼鉄と強化ガラスでできたドアが、前方に吹っ飛んでいき、エントランスの床の上に惨めにひん曲がった姿を晒した。
「やべえ」と総司。
「やべえ」と重吾。
狼はマンション内に入り込み、首を後ろに向けて二人が突っ立っているのを見つめている。口を軽く開き、舌を出してハッハッと呼吸する様は犬によく似ている。
「ついて来いって言ってるみたいだな」
「行くしかねえな」
総司と重吾は、ブロードが呼び出した召喚獣の巨大狼とともに最上階を目指す。




