68.ズッ友その2
ブロードと重吾が壁を突き破って、総司のもとへやってくる。暴走族の池沢はブロードの魔術に翻弄される。
部屋にいる男たちはにわかに騒がしくなった。どうやら重吾とブロードに手間取っているらしい。『手負いの重吾とクソ外人相手に手こずってんじゃねえ』と池沢はキレ散らかしていたが、どうやら相手がヤバいやつだと知って、態度が変わってきた。
「なあ逃げるか?」
池沢が言った。すっかり泡を食っていた。
「逃げたら鷲胴さんに殺されますよ」
「鷲胴にゃ殺されたくないけどよ、今来てるヤバい奴も敵に回したくねえよ。爆弾持ってるテロリストなんだろ?」
「俺らのバイクみんな燃やされたみたいです。腕も立つみたいで、涼しい顔してぶっ飛ばしてくるみたいですよ」
痛みで床に横たわっていた総司は、池沢たちが誰の話をしているのかすぐに判断できなかった。しかし、その人物こそブロードであると気がつくのにさほど時間を要しなかった。
――あいつがケンカ強いだって?
――テロリストってなんだ?
総司の疑問は間もなく氷解した。突如、爆発と共に壁が崩れたからだ。飛び散る壁材の木片やコンクリート片、男たちの悲鳴。そして壁に空いた穴からは、重吾とブロードが姿を現した。
「総司、よかった、息してた!」
重吾は声を弾ませた。
「……重吾!?」
総司の声は相変わらず蚊の鳴くような弱々しさだった。
「ひでぇケガだけど息があってよかった! ブロード、総司も治してやってくれ!」
「ミリアはどこだ」
ブロードは声を張り上げた。ナヨナヨしたこの男にしては、肉食獣を思わせるような苛烈さがあった。
「う、うるせえ、死にやがれ!」
池沢はそれでも怒声を張り上げ、ナイフを突き出してブロードに向かっていく。ブロードは涼しげな表情で応じる。池沢はナイフを投げた。狙いは正確で見事ブロードの左目に命中したはずなのだが、アクリルの壁に守られているかのごとくナイフは弾かれた。池沢はあんぐりと口を開けた。
「ミリアはどこだ」
ブロードは繰り返した。
「な、なんなんだ⁉︎」
池沢は、つぎは徒手空拳で立ち向かって行った。しかし、ブロードが右手の金属棒をふると、池沢の身体は、進行方向とは反対側の壁に向かってぶっ飛んで行った。壁がみしっと音を鳴らし、木片を散らした。壁が池沢の形をした窪みを作った。
池沢は、激痛にうめき声をあげ、次に床に顔を埋めた。
「……なんだ、こりゃあ」
「二度と言わせるなよ」ブロードは距離をちぢめ、池沢の顔のそばで両足を屈めた。「ミリアは――」
「ま、待ってくれ」強く背中を打ちつけたのだろう、池沢の声はすっかりか細くなっていた。
池沢の口からミリアに何が起こったかが語られた。
「そんなの許されるかよクソッタレ!」
重吾が怒鳴り声を上げた。
「お、俺がやったわけじゃねえ、俺にそんなに怒るなよ」
池沢は重吾をなだめたが、結局重吾に頭のてっぺんを殴られた。
「場所を教えろ」
池沢は教えた。すすきの近くにある最も危険な場所。通称ヤクザアパートだ。
「ヤクザアパートは三つあるだろうが。どこだ」
「A棟だ」
「本当だな」
「本当だ。誓うよ」
池沢は声を震わせながら言った。
「今すぐ向かうがその前に」
ブロードは総司に近づいてきた。総司より頭ひとつ分は背の高い男だ。倒れたところを近づかれるとそれなりに迫力があった。
「総司。僕はミリアのところに向かう。君はどうする。行きたいのなら連れていく」
やはりこいつもイカれた男だ。こんだけ怪我を負った自分を鷲胴のいる場所に連れて行こうとしている。
「当たり前だろうが。舐められたままじゃ死ねねえし、姉貴を奪わせてたまるか」
「総司、やはりお前はイカれてるな」
「お前に言われると光栄だよ、爆弾魔」
ブロードは、何を思ったのか、杖(それは半切りにした鉄パイプに似ていなくもなかった)を取り出し、その先端を総司の胸のあたりにそっと近づけた。
ぶつぶつと何かを呟く。外国語らしい。総司は重吾をみやる。視線には『こいつは何をやっているんだ』と疑問の意味を込めた。
対する重吾は、腕を組み満足そうな笑顔で応じた。どうやらブロードのやっていることに意味を見出しているようだった。こいつはバカだけど無意味なことは大嫌いだったはずだ。
結果としてブロードのやっていることは無意味ではなかった。杖の先から乳白色の光がほとばしり出た時に確信した。
光が総司の体を包み込んだ。温泉につかかっているみたいに温かな感覚が体の隅々まで広がった。目の傷が、額の傷が、腹の傷がじわじわと熱をおびた。
全ては一瞬で終わった。
腫れ上がったまぶたで塞がれていた総司の視界は元に戻り、苦しげな呼吸は貫通したトンネルみたいに空気の通りがよくなった。不愉快さが一掃され、爽快さだけが残った。
手のひらを見ると、ナイフや拳で傷つけられたあとがなくなっている。顔の皮膚に触ればつるつるとしていて風呂にでも浸かってきた後のようだ。
「さすがブロードだぜ、総司くん、怪我はなくなったろ。こいつスゴいんだ。魔術師なんだよ」
「魔術師だと」
総司は今や容易に立ち上がることができた。
奇跡を起こすのが魔術師だとすれば、ブロードは間違いなく魔術師だった。突風を起こし、爆発を起こし、傷をいやした。
「ブロード」
総司は言った。声を出すのに背中が痛くなることはなかったし、口の中で鉄錆の味がすることもなくなった。
「俺を殴ってくれ」
「総司くん!? 何をこんな時に!?」
重吾は声を張り上げた。
「俺はお前を殴った。悪かったと思ってる。許しが欲しいんだよ。だから殴ってくれ」
「殴られればスッキリすると言うのか?」
ブロードは言った。
「ああ」
ブロードの拳が飛んできた。頬に当たった。案の定、腕力そのものは強くはない。強いのは魔術だか仙術だか訳のわからない力に支えられてのことなのだろう。それでも効いた。初めて会った日から筋肉も発達しているし、腕力も強くなっている。きっと赤く腫れることだろう。
間髪入れず、ブロードは手を差し出してきた。その手は握手を求めている。
「俺たち、ズッ友になれるだろうか」
「なんだよそれ。ギャルかよ、お前」
苦笑の後、総司は握手に応じた。
「俺だってお前らとズッ友だぜ!」
重吾は、総司とブロードの肩に抱きついてきた。
ブロード、総司、重吾は「ズッ友」になる。いざ目指すは、ミリアのいるヤクザアパートへ。




