67.闇の中
趣味の悪い暗がりの部屋で目覚めたミリア。そこへ暴力団のヘッド・鷲胴豪が姿を現す。不気味な笑いを浮かべながら。
ぼやけた視界が像を結んだ時、ミリアは自分がホテルの一室にいると思った。
まるでヨーロッパの王宮にあるような天蓋付きのベッドに横たわっていた。清潔な白いシーツには一点のくもりもない。赤色灯の明かりが、ぼんやりと周囲を照らし出していた。かけ布団は趣味の悪いヒョウ柄だった。
頭痛と耳鳴りがする。どうしてこんなところにいるんだろう。意識はもうろうとしていて、夢の中にいるみたいだった。
部屋の一面はガラス張りで、ベランダに面している。外からいくつものビルや大通りのテレビ塔が見えた。どうやら建物の高いところにいるようだ。
いや、果たしてホテルなのだろうか?
バトミントンコート四つ分くらいの空間があり、ミリアの横たわるキングサイズのベッドがあり、インスタントラーメンでも調理できそうなキチネットがあり、人ひとり入れそうな冷蔵庫がある。客室と呼ぶには生活感がありすぎ、趣味が個人的すぎた。
特に違和感があったのは、ベッドのある壁の対面にある床の間だ。大きな虎を描いた水墨画があり、その下にライトアップされた日本刀があった。こんなものを置くホテルがあるのだろうか?
床の間前のダイニングテーブルの上には自動車あるいはバイクのキーが置かれているのが見えた。
ふと脳裏に男の顔が浮かんだ。ブラックレザージャケットの怪しい男たちだ。体がすくみ上がる。全身の毛穴が引き締まって、喉の渇きを覚えた。
――私、誘拐されたんだった!
一体誰の部屋なのだろう。とにかく、あの二人組の部屋とは思えなかった。
逃げなきゃと思った矢先、左の足首に足枷が嵌められているのにミリアは気がついた。足枷からはブラッククローム製の鎖が、ベッドの天蓋の柱の一つに伸びていた。大蛇の死体のような陰気さをかもしだす鎖に、ミリアは身がすくむ思いだった。
――逃げられない。
どこかでドアが開く音がした。誰かがいる。低い話し声がした。
一人の男が姿を現した。
背が高く、顔立ちの整った冷たい目をした男。髪型はオールバック。ブラックジーンズに、上半身は裸で、筋骨隆々とした体の表面には、昇竜と花吹雪の刺青があった。
「よう、ミリアちゃん」
歩みを進めながら、男は手を挙げた。顔馴染みにあいさつをするかのように気さくな様子だった。
男はベッドまで部屋を横切ってくると、何ひとつ遠慮することなくミリアの隣に腰掛けようとしたので、ミリアは距離を取った。それは壁際まで自分を追い詰めることと同義だった。
「誰なのよ、あんた。何で私の名前を知っているの!」
精いっぱい吠えたつもりだが、喉から放たれた声は、はらぺこの猫よりも頼りなかった。
「俺は鷲胴豪。あんたの弟からあんたをもらったんだよ。あんたは俺のものってこと」
「総司が? あいつがどうして私のことを――」
「裏切られたんだよ、あんたは」
鷲胴はミリアを遮って言った。
「わが身かわいさのあまり、姉の自由を他人に売り渡したんだ。情けないやつだよな」
鷲胴は、甘いマスクをにやりと歪めた。
「総司はどこ?」
「どこだったっけな。忘れちまったよ。ここにあのチンピラは永久に来れないぜ。ここに立ち入れるのは、俺と俺の女だけだ」
「帰りたい」
「ダメだ。今日からここにいてもらう。学校も仕事もやめて全部俺に尽くしてもらう。俺の欲望に付き合ってもらう。それが奴隷として売り飛ばされたやつの生き方だろう」
「訳わからないわよ」
理不尽な状況に涙が出てきた。総司は一体何をしているんだろう。どんな人と付き合いを重ねてきたのだろう――ずっと心配していたけど、それが現実になるなんて。
「弟は、総司は無事なの?」
「生きてはいるよ」
鷲胴の笑顔は得意げだった。
「ただ、あいつを憎んでる奴に渡してきたから無事で済むかわからねえけど」
ミリアのやせた肩を、鷲胴の野太い腕がさする。凍えた子犬を慰めるかのような優しげな態度からは、自分が拉致監禁の加害者だという自覚が完全に失われているようだ。
「弟のことはあきらめろよ。お前の寂しさは俺が埋めてやるぜ」
「く、くるな!」
身をよじったミリアの足にクローム製の枷が食い込んだ。
「あんた総司に似て気がつええじゃねえか。ますます気に入ったぜ」
鷲胴の両手が、ミリアへと伸びてきた。
弟の危機と自らの危機を知ることになるミリア。彼女は――。




