66.火球
総司の囚えられた事務棟へとやってきたブロードと重吾。出迎えてきた池沢の部下と一線混じえる。
倉庫街の事務棟前に重吾のバイクが乗り込んだ時、出迎えた連中の数はそう多くはなかった。重吾は手負いだと思われていたし、後ろに連れた人間も強そうには見られなかったのだ。
「何しに戻ってきた、重吾」
金属バットを手にした男がにやにやしながら近づいてきた。
「もう総司は終わりだぜ。大人しく帰りな」
「そこを通してくれ」
ブロードは言った。
「おい、誰だテメェ。誰がてめーに話していいって言った、このチンカス野郎」
「そこを通してくれと言っただろう。できれば誰も殺したくないんだ」
バット男は振り返って、後ろに控えていた男たちに視線を合わせた。みんな笑っていた。巡業に来たお笑い芸人でも目の当たりにしたかのような反応だった。それでも、姿勢を元に戻した時にはバット男の眉間と口元に極限までシワがよっていた。
「ふざけやがって。てめーから殺してや――」
男が最後までセリフを言えなかったのは、重吾の拳が顔面ど真ん中にぶつかって、その意識を奪ったからだ。
「ちんたら話してんじゃねえよ、馬鹿野郎」
重吾は地面につばをはいた。
「野郎!」
「殺せ!」
バット男の崩れゆく背中を目の当たりにして、闘争心に火をつけられた男たちが、バットや鉄パイプを手に立ち向かってきた。
「来たぜ、ブロード」
重吾は、ボクシング選手のようなファイティングポーズで相手を迎えた。
「死ね、金髪ヤロー!」
金属バットがブロードの脳天に向かって振り下ろされた。男は、金髪ヤロー(正確には亜麻色髪ヤローだ、彼は)が避けるか、または避け損ねて体の一部を打たれるのを想像していたのだろう。だから、ブロードのその細腕が金属バットを受け止めたのを見て、驚愕した。
「君、いい帽子をかぶってるな」
ブロードは言った。
その直後、その男は自分の帽子が燃えているのに気づいて大慌てで脱ぎ捨てた。そこをブロードの錫杖がすごいスピードでぶつかってくる。ごちん。男は地面に倒れた。
「やるじゃねえか。いつの間に火をつけた?」
あっけに取られた様子で重吾がたずねた。
攻撃はいささか地味だったせいか、敵は果敢に襲いかかってきた。
「もっとビビらせないといけないかな――彼らが逃げ出したくなるくらいに」
ブロードは、杖の先にマナを集めた。マナをエサに精霊が集まってくる。ダンスする火の精が作り上げるのは、火炎。やがて、それはバスケットボールぐらいの大きさにふくれ上がった。熱を帯びたオレンジ色の光輝が、夜闇を照り返した。
「な、なんだぁ?」
火球の熱に汗をかいたヤンキーの一人が、うわずった声をあげた。
ブロードは、くるりと体を右に向けた。
ぶつける先は、敵の肉体そのものではなく、彼らの命より大事な大事なバイクだ。
火球は、時速二百キロはあろうかというスピードで放たれ、バイクが連なって置かれている場所に届いた。そして、バイクを包み込む。引火したガソリンが爆発を起こした。すると、連鎖反応が起きて、悪漢どものバイクは、次々に爆発炎上していった。
「何したんだテメェ」
男たちの怒鳴り声に、もはや覇気はなかった。ガソリンの鼻を突く臭いがあたりをただよい、砕けたプラスチックの破片が宙を舞った。灰色の煙が、柱のようにもうもうと天まで伸びていった。
「次はお前らを焼くぞ」
ブロードは、すごんだ声で言ったわけでもなく、かと言って冷酷なニュアンスを出したわけでもない。それでも、威勢よく立ち向かってきた連中が、色をなして逃げ出すのに十分だったようだ。
「お前さっき何したんだ? 爆弾でも投げたのか?」
ビビったのは敵だけではないようだ。
「そういう無粋な武器、僕の好みじゃないかな」
それより、ブロードは言った。
「入り口を守っていた連中はみんな姿を消したようだ。早くミリアを助けに行こう」
「総司もな」
「ああ、総司もだ」
ブロードの魔術に驚愕した池沢の部下の大半が逃げ出した。ブロードと重吾は事務棟のなかへと乗り込んでいった。




