65.疾駆する夜
異世界よりきた魔術師を乗せて、暴走族のバイクが街を疾駆する。目指すはミリアのいる倉庫街へ――。
ネオンに照らされた夜の街を、一台のバイクが疾走する。メーターは時速二百キロを超えている。混み合った道路にさしかかっても、重吾は車と車の間を器用にすり抜けた。
「うまいもんだな」
「ああ。総司はもっとうまいぜ」
その直後、重吾はくそっと悪態をついた。
「どうした」
「前を見ろパトカーだ」
赤色灯を光らせた車両が対向車線にいた。運転席に腰を下ろした警察官の視線はブロード達の方に向いていた。
「構うな。行け」
「あ? 何を言ってんだよ。捕まったら元も子もねえだろ!」
重吾は声を荒げた。
「僕を信じろ。行け」
重吾は片手で頭をガリガリとやった。
「くそっ。何があっても知らねえぞ!」
重吾は加速をゆるめず前進した。すると、パトカーは何事もなかったかのように素通りしていった。
「たまげた。あいつら気づかないでやんの。なんかやったのか、ブロード。さっき俺の傷を治したみたいな手品をさ」
「僕たちの光の反射を操った。マシンも含めてだが、誰にも見えないようにしたんだ」
「そうなのか。光の反射をね――よく分かんねえけど。でも、助かったぜ。このまま倉庫まで突っ切るぞ!」
*****
油染みがついて虫がはい回る壁にもたれていた。総司は壁づたいに立ち上がって、男たちに反撃を試みようとしたが、体力が持たず、立ち上がる前に床に伏してしまった。
すかさず男たちの革靴の裏が、総司の胸に押し付けられる。
「ぐっ」
総司の折れた肋骨に体重がかけられた。総司は叫ぼうとしたが、叫び声は喉の奥でにぎりつぶされ、かすかな雑音にしかならなかった。
「ざまあねえよなあ。これがノーザン・エンペラーのヘッドの末路かよ」
カシャ。カシャ。シャッターを切る音が、薄暗い部屋にひびいた。別の男の一人が、スマートフォンを構えていた。
――撮るな、殺すぞ。総司は心の中で唾を吐いた――池沢。ノーザンにいたときは散々へり下っていやがったクセに。
「おい、写してくれ」
総司の胸に足を置いた男は、相好を崩し腕を組んでポーズを取った。
「はい」
カシャ。カシャ。
「その写真はグループにシェアしろ。ノーザン・エンペラーのヘッドを倒したのはこの俺だって喧伝するんだ」
「池沢さん」写真男の声のトーンが一つ下がる。「それって、まずくないですか。鷲胴さんが知ったら俺たち殺されますよ」
「ああん? 何ビビってんだよ。鷲胴が俺たちに桜野総司を好きにしていいって言ったんじゃねえかよ。俺の手柄にしてなんの問題があるんだ?」
「そんなん手柄にしてもダセえよ」
写真男は聞こえるか聞こえないかの声で言った。池沢の機嫌をそこねていないのを見る限り、聞こえなかったのだろう。
「こいつどうするんですか」
写真男が尋ねた。
「殺すつもりだけど、ただ殺すのも惜しいよな。決めた、オモチャにしよう。ゆっくり楽しませてもらおうぜ。それこそ生皮剥いでやるのはどうだ、あん? リーダーさんよ」
その時、ドアが開いた。
池沢とよく似た背格好の男が、部屋に入ってきた。
「バイクが一台きます。重吾です」
その言葉を聞いて総司は目を剥いた。重吾が戻ってきた?
――なぜだ。
あいつはうまく逃げられたんじゃないのか。
どうして戻ってきたりなんかしたんだ。
「重吾だぁ? あいつ、ズタズタのボロ雑巾だったじゃねえかよ。いまさら戻ってきてどうするつもりなんだ」
「さあ。なんか後ろに一人連れてきてるみたいです。背の高い、金髪ロン毛のガイジン」
「何者だ、そいつ?」
「分かりません」
総司にもすぐには見当がつかなかった。まさか、あいつが? ブロード・レッドマイアか?
皮肉な笑いが込み上げてきた。
――重吾もヤキが回ったか。頼る相手に困って、わけのわからない姉貴の彼氏を連れてくるなんてな。
ブロードが来たがる理由も分からなくはない。自分の女を取られたんだからな。だが、あいつの腕っぷしは強くない。戦力としてはまったく期待できない。
ミリアは、一旦この倉庫に連れてこられた。
ミリアの美貌に我を忘れた男たちが、複数の汚い手を伸ばしたが、それを鷲胴豪がはねのけた。ミリアをひとり占めにすることを決めたらしい。鷲胴は連れて行った。おそらくあのヤクザアパートだろう。そこでミリアがされることを思うと胸が痛む。
」
体は動かない。総司にできることは何もない。絶望が冷たい水となって流れ、総司の全身を浸す。
もう俺はおしまいだ。
だけど重吾、ブロード、お前らまでここに死ににくることはなかったんだぜ。
ブロードが魔術師であることを知らない総司は、ブロードと重吾が戻ってきたことに失望する。




