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凍結世界の無能力魔術師  作者: 馬村ありん
第五章 凍結世界の無能力魔術師
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65.疾駆する夜

異世界よりきた魔術師を乗せて、暴走族のバイクが街を疾駆する。目指すはミリアのいる倉庫街へ――。

 ネオンに照らされた夜の街を、一台のバイクが疾走する。メーターは時速二百キロを超えている。混み合った道路にさしかかっても、重吾は車と車の間を器用にすり抜けた。

「うまいもんだな」

「ああ。総司はもっとうまいぜ」

 その直後、重吾はくそっと悪態(あくたい)をついた。

「どうした」

「前を見ろパトカーだ」

 赤色灯を光らせた車両が対向車線にいた。運転席に腰を下ろした警察官の視線はブロード達の方に向いていた。

「構うな。行け」

「あ? 何を言ってんだよ。捕まったら元も子もねえだろ!」

 重吾は声を荒げた。

「僕を信じろ。行け」

 重吾は片手で頭をガリガリとやった。

「くそっ。何があっても知らねえぞ!」

 重吾は加速をゆるめず前進した。すると、パトカーは何事もなかったかのように素通りしていった。

「たまげた。あいつら気づかないでやんの。なんかやったのか、ブロード。さっき俺の傷を治したみたいな手品をさ」

「僕たちの光の反射を操った。マシンも含めてだが、誰にも見えないようにしたんだ」

「そうなのか。光の反射をね――よく分かんねえけど。でも、助かったぜ。このまま倉庫まで突っ切るぞ!」


*****


 油染みがついて虫がはい回る壁にもたれていた。総司は壁づたいに立ち上がって、男たちに反撃を試みようとしたが、体力が持たず、立ち上がる前に床に伏してしまった。

 すかさず男たちの革靴の裏が、総司の胸に押し付けられる。

「ぐっ」

 総司の折れた肋骨(あばら)に体重がかけられた。総司は叫ぼうとしたが、叫び声は喉の奥でにぎりつぶされ、かすかな雑音にしかならなかった。


「ざまあねえよなあ。これがノーザン・エンペラーのヘッドの末路かよ」

 カシャ。カシャ。シャッターを切る音が、薄暗い部屋にひびいた。別の男の一人が、スマートフォンを構えていた。

 ――撮るな、殺すぞ。総司は心の中で唾を吐いた――池沢。ノーザンにいたときは散々へり下っていやがったクセに。

「おい、写してくれ」

 総司の胸に足を置いた男は、相好を崩し腕を組んでポーズを取った。

「はい」

 カシャ。カシャ。

「その写真はグループにシェアしろ。ノーザン・エンペラーのヘッドを倒したのはこの俺だって喧伝(けんでん)するんだ」

「池沢さん」写真男の声のトーンが一つ下がる。「それって、まずくないですか。鷲胴さんが知ったら俺たち殺されますよ」

「ああん? 何ビビってんだよ。鷲胴が俺たちに桜野(さくらの)総司(そうし)を好きにしていいって言ったんじゃねえかよ。俺の手柄にしてなんの問題があるんだ?」

「そんなん手柄にしてもダセえよ」

 写真男は聞こえるか聞こえないかの声で言った。池沢の機嫌をそこねていないのを見る限り、聞こえなかったのだろう。


「こいつどうするんですか」

 写真男が尋ねた。

「殺すつもりだけど、ただ殺すのも惜しいよな。決めた、オモチャにしよう。ゆっくり楽しませてもらおうぜ。それこそ生皮()いでやるのはどうだ、あん? リーダーさんよ」

 その時、ドアが開いた。

 池沢とよく似た背格好の男が、部屋に入ってきた。

「バイクが一台きます。重吾です」

 その言葉を聞いて総司は目を()いた。重吾が戻ってきた?

 ――なぜだ。

 あいつはうまく逃げられたんじゃないのか。

 どうして戻ってきたりなんかしたんだ。


「重吾だぁ? あいつ、ズタズタのボロ雑巾だったじゃねえかよ。いまさら戻ってきてどうするつもりなんだ」

「さあ。なんか後ろに一人連れてきてるみたいです。背の高い、金髪ロン毛のガイジン」

「何者だ、そいつ?」

「分かりません」

 総司にもすぐには見当がつかなかった。まさか、あいつが? ブロード・レッドマイアか?

 皮肉な笑いが込み上げてきた。

 ――重吾もヤキが回ったか。頼る相手に困って、わけのわからない姉貴の彼氏を連れてくるなんてな。


 ブロードが来たがる理由も分からなくはない。自分の女を取られたんだからな。だが、あいつの腕っぷしは強くない。戦力としてはまったく期待できない。

 ミリアは、一旦この倉庫に連れてこられた。

 ミリアの美貌(びぼう)に我を忘れた男たちが、複数の汚い手を伸ばしたが、それを鷲胴豪がはねのけた。ミリアをひとり占めにすることを決めたらしい。鷲胴は連れて行った。おそらくあのヤクザアパートだろう。そこでミリアがされることを思うと胸が痛む。

 体は動かない。総司にできることは何もない。絶望が冷たい水となって流れ、総司の全身を(ひた)す。

 もう俺はおしまいだ。

 だけど重吾、ブロード、お前らまでここに死ににくることはなかったんだぜ。


ブロードが魔術師であることを知らない総司は、ブロードと重吾が戻ってきたことに失望する。

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