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凍結世界の無能力魔術師  作者: 馬村ありん
第五章 凍結世界の無能力魔術師
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63.魔術師その2

フィリックスとサフィーの待つカフェへとやってきたブロード。彼は早速「魔術書」に目を通した――。

 サフィーとフィリックスは、カフェの長椅子のある席に足を伸ばして座っていた。

「ブロード、コーヒーでいいかな?」

 フィリックスが言った

「それでお願い」

 と言い、ブロードはつるつるした椅子の座面に腰をおろした。テーブルの上には飲みかけのコーヒーカップが二つと、古びた日記帳があった。

「早速で悪いんだけど、読んでみてもいいかな?」

 ブロードは言った。

「どうぞ。そのために持って来たんだ」

 ブロード手に取った。その文字を目にした瞬間、ブロードの榛色(はしばみいろ)の両目が見開かれた。その唇からは熱い吐息がもれた。心臓が高鳴った。旧友とあったような気分だった。日記帳の文字――それはブロードにとっては馴染みがあり、凍結世界人にはほとんど馴染みがないであろうものだった。

「――凍結マナの運用方法覚書(おぼえがき)

 ブロードは読み上げた。

「えっ、ブロード読めるの?」サフィーは驚愕(きょうがく)の声を上げた。「出鱈目(でたらめ)な記号じゃなかったんだ」

「そうだ。古代マリラウラ大陸語――それも魔術師の使う文字で書かれている」

「古代……なんだって? 僕の知らない言葉だな」

 フィリックスは首をかしげた。

 ブロードはページを開き、その中身を(ひも)解いた。



A.D.1922年12月3日


 この本の内容を我が同胞(どうほう)に伝えるために、わが小さな弟子にこの本をたくす。


 私が降り立ったのは、この世界でいうところのエチオピアと呼ばれる国にあるサバンナに囲まれた小さな村だった。

 この世界でなにより困惑したのは、自分自身が突然魔術師ではなくなったことだ。この世界ではマナが凍結しており、魔術が使用できなかったのだ。

 元の世界では大魔術師とたたえられるような私であったが、この世界にあっては無能力にも等しかった。生き延びるために、民家に忍び込んでパンを盗んでは食べていた。情けのない話だがまぎれもない事実だ。


 この盗みは五日間にわたって続けられた。六日目になって、私は異世界人の囚われの身となった。彼らは怒り狂っていた。日干しレンガの家にすみ、麻布のボロをまとった彼らは、困窮(こんきゅう)していた。それなのに、そこに泥棒が現れては、冷静でいられなくなったのだ。

 熱い太陽の光が間断なく照りつける竹製の牢獄の中に、私は何日も(とら)われた。彼らは私を殺す気だったようだ。飲み物も食べ物も与えられずそのままにされた。やせ細り、正気を失いそうだった。 かの『オーシャバールの大断崖(だいだんがい)』を渡るために千もの同胞を引き連れて十日間にわたって、空を飛び続けたこともある。みずからの王国を開くために、巨大な獣のうろつく原野を開拓するなど冒険に明け暮れてきた。そんな私の終着地点がここになるのか……私は死を覚悟した。


 それでも生きのびることができたのは、そこに救世主が現れたからに他ならない。わたしの救世主は小さな女の子だった。十歳にも満たないその少女は、夜になると影に隠れてパンとヤギのミルクを持って来てくれた。その時食べたものほど美味なるものを、後にも先にも私は知らない。

 その頃になると、現地人のひそひそ話から現地語を習得しはじめていた私は、彼女が低い身分にあり、貧困に喘いでいることを知った。その乏しい自分の取り分を、彼女は私に分けてくれていたのだ。


 この事実は私の感情を震わせた。彼女のことを崇高(すうこう)に思うと同時に、私もまた彼女のために何かをせねばなるまいという気持ちになったのだ。

 囚われの身の無能力者に何ができるだろう? 通常であればさらなる無力感にうちのめされていたはずだ。それでも、その時の私は彼女に何かをしてやりたいという愛情が勝っていた。そしてまさにその瞬間、奇跡は起きたのである――マナの凍結を解除する方法を私は知ったのだ。


 風と化して牢を抜け出し、私を助けた少女の手を取って、私は空を飛んだ。

 いま、遠くの街まで行き、これを記している。

 彼女は、我が弟子となり、魔術を使役するようになった。


 ここに弟子のため、それから〈異世界遊行〉によりこの世界に迷い落ちた同胞のために下記の知見を記す。

 ことによると、わが同胞はマナの凍結解除に当たる道筋(みちすじ)を発見しているのかもしれない。この本を読むだけの状況に自分を置けるぐらいには、幸運と実力に恵まれた者だと思われるからである。

 贅言(ぜいげん)を尽くすことが叶うのならば、下記の忠言をどうか自分のものとして受けとめてほしい。


 ・マナの凍結を解除するには、熱い感情をほとばしらせることである。

 ・冷たい感情が少しでもあれば、マナは凍結したままである。

 ・冷たい感情とは、絶望、猜疑心(さいぎしん)憂鬱(ゆううつ)、不安のことである。

 ・熱い感情とは感動である。つまりは愛情のことである。


 以上。


 記 アラバーデュス・アラバード


 ブロードは本を閉じた。そして思いを()せた。今から百年前にこの地上に降りてきた魔術師のことを。彼が小さな少女を抱いてアフリカの上空を飛ぶ姿を。地中海上空を飛ぶ姿を。フランスの街路に降り立った姿を。

 ――国祖アラバード、あなたはその千里眼でもって未来を見通していたのだな。


「魔術書」に記されていたのは国祖アラバードの言葉。そして、それを読み終えたとき、ブロードは凍結マナの解除の仕方を理解した。

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