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凍結世界の無能力魔術師  作者: 馬村ありん
第四章 都市生活
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62.窮地

隠れていたクローゼットのドアを、男に開けられたミリア。絶体絶命の窮地に陥る――。

 男はクローゼットに掛かっているたくさんの洋服を目にしたに違いない。積み上げられた段ボールを目にしたに違いない。だが、その影に隠れているミリアのことは見えていなかった。


 男の手はハンガーに掛かっている洋服を探る。引っ張り出して、部屋の中に投げた。ウインドブレーカーもダウンジャケットも、スプリングコートもみんな無惨にフローリングの床に捨て置かれた。

 男の鋭い眼差しがクローゼットの中を見渡す。男の目から己をさえぎるものがすっかり姿を消した。絶望感と恐怖と不安とが、ミリアの心を壊さんばかりに震わせる。


「ここにはいないな」部屋をあさっていた男が言った。「外に出てるのかも」 

「となりを調べるぞ」

 二人がミリアに背を向けた。

 ミリアは胸を撫で下ろした。

 良かった。

 見つからなかった。

 ひとまず安心だ。


 安心は油断とよく似ている。

 わずかに身じろぎした。そのわずかな肘の動きが段ボールの空き箱を押しやり、さらにはその上に積まれていた空箱を押しやった。


 再び絶望感がミリアを襲った。それは蒸気のようにあっという間にミリアの体を包み込んだ。

 隙間越しに、二人の男と目が合った。


「おい」

 奥にいた男が、手前にいた男を殴りつけた。

「おめえの目は節穴かよこの野郎、バカが」

「見えなかったんだよ!」

「言い訳はいいんだよ」

 奥にいた男はもう一発殴った。鼻穴から垂れた血が顔を真っ赤にする。


「桜野ミリアだな」

 殴った方の男がたずねた。ミリアは答えなかった。喉がひきしまって声が出なかったのである。

「俺たちと来い」

 ドアが開き、男の手がミリアの手首をつかんだ。男の五本の指はミリアの細い手首をキリキリと握りしめる。喉の奥から小さな悲鳴が上がった。

「いや、やめて!」

 ようやくふりしぼった声はか細いものだった。弱気さが相手の嗜虐心(しぎゃくしん)を呼び起こすことを、ミリアは経験的に知っていた。むしろ大声を返すべきだったのだろう。でもどうしようもなかった。


「痛えっ!」

 急に男が手をはなした。男の見開かれた目がミリアに向けられている。ミリアもなにが起きたのか分からなかった。男の手のひらが真っ赤になっているのだけは見てとれた。その場にブロードがいたのならこう分析しただろう――マナをぶつけて、痛みを負わせたのだと。

「何があった」

 もう一人の男がたずねた。

「何でもない。静電気だろう」

 男達は今度こそミリアをクローゼットから引っ張り出すと、後ろに回したミリアの両手に手錠をかけた。かチャリと絶望的な音がした瞬間、ミリアは囚われの身になった。


 ――ブロードくん!

 絶体絶命の境地で脳裏に浮かぶのは、ブロードの姿だった。怒れる暴走族の総長――実の弟の総司に果敢に立ち向かっていった時の勇姿。彼なら自分を助けてくれるという確信があった。

 ――ブロードくん助けて!

 ミリアは心中で叫び声をあげた。


 ミリアの腹を衝撃が襲った。男が拳を叩き込んできたのだ。痛みが全身を駆け抜けると同時に、ミリアの意識は暗黒のなかに落ちた。


ミリアは、鷲胴の部下に囚われてしまう。彼女はどうなってしまうのか。ブロードは……。

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