60.シニガミ
暴走族〈四尼我弥〉の狡猾な罠に捕らえられた総司と重吾。検討むなしく、数で押されることになる……。
鉄パイプが総司の背中を強く打ちすえ、総司は悲鳴を上げた。頭に体重がかかる。整えてきた髪を、血のにじむ頬を、靴の裏が踏みにじる。
「ざまあねえなあ、この野郎」
百もの嘲笑が、倒れた伏した男の背中に降りかかる。
ぶっ倒したやつが二十を超えた辺りだろうか。
油断をしていた。
あっという間に周りを囲まれた。リンチが始まった。総司は殴られ、蹴られ、叩かれ、突かれ、引っ掻かれた。
数には勝てなかった。圧倒された。
コンテナの影の方で戦っていた重吾もめちゃくちゃにやられ、全身傷だらけで事務棟前まで引っ張り出されてきた。
「すまねえ、総司」
重吾の声はかすれきっていた。前歯はおられ、口からは血がこぼれている。片目には大きな青あざがあった。
巨人の一つ目みたいなバイクのフロントライトが作り出す光の輪の中へと、くわえタバコのレザージャケットの男が歩いてくる。
「よう、ボロボロじゃねえか」
鷲胴は笑いかけた。まるで草野球でもしている近所の悪ガキどもに話しかけるように気さくに。こう話してると気のいい男にしか見えない。眼光の鋭さを抜きにすればだが。
「宣言通り殺すけどいいよな?」
ジャケットの中から、バタフライナイフが飛び出てきた。柄は赤黒く血のようだった。鷲胴は、総司の頬に刃の先端を走らせた。鋭い痛みが既に傷まみれの頬に走った。
「痛えかぁ?」
鷲胴はにやりと笑った。
「この野郎」
総司は声を張り上げたが、自分でも驚くほど声が出てこなかった。
また痛み。さっき裂かれたところをナイフがなぞったのだ。総司は叫び声を上げた。
「いいね、痛みにもがくその顔。興奮するぜ」
「総司くん!」
総司を鷲胴から救おうと重吾は立ち上がるが、すぐに殴る蹴るの目にあわされ無力化された。
「お前さ、かわいい姉ちゃんいるんだってな。ミリアちゃんっていうんだっけ。ノーザンの舎弟だった奴らが教えてくれたぜ」
「なんだと」
鷲胴は、油ぎったまなざしで総司を見おろしていた。
「俺にくれよ。いいだろ」
「ふざけんな。誰がおめえみてえな屑に!」
鷲胴の靴の先が総司の腹にめり込んだ。鷲胴の革靴は先がとがっていて、金属を埋め込んであるらしく腹をえぐった。
「お前の口から言ってほしいんだよな。鷲胴豪さんに姉をさし上げますって。それが嫌なら本当に殺すぞ」
「殺してみろ」
また鷲胴は総司を蹴った。今度は複数回に渡ってやられた。腹も顔も脚も出鱈目に蹴られた。
「お前みたいな強気な奴を痛めつけるのってよ、興奮すんだよな」鷲胴は息切れしながら言った。「なあ、お前俺に関する噂いくつ聞いてる?」
鷲胴は、総司の前髪を掴んで無理やり自分と視線を合わさせた。
「チェーンソーとか釘とか皮剥ぎの噂だよ――あれ全部本当だからな」
額がギリギリ痛んだ。鷲胴のバタフライナイフの刃先が、総司の眉間に突き当てられていた。目の前が真っ赤に汚れる。視界を汚したのは総司の額から流れた血だ。
「なあ、まぶたを切り取られた人間ってさ、夜眠れんのかな? 試してみていいか、お前でよ!」
「や、やめろ!」
総司は叫んだ。全身の毛穴という毛穴が引き締まっている。気温が十度ぐらい下がったような気がした。
「やめてほしてりゃ条件があるぜ。何だっけ?」
「あっ、あっ、あっ」
「『あ』じゃ分かんねーんだよゴミ!」
鷲胴が大声を張り上げた。総司の耳のそばで。キンキンと音がして、聴覚を失う。総司は何かを口にした。自分で自分がなにを言っているか分からなかった。ただ、これだけはたしかに言える。総司は自分の姉を売り飛ばした。
自分の命と引き換えに。
鷲胴の満面の笑みからそれが分かった。
危険な暴走族のヘッド鷲胴豪が目をつけていたのは、総司の姉のミリアだった。暴力の手がミリアへと降りかかる……。




