06.火と風のロンド
ブロードは、高等魔術を生徒や兵士の前で披露する。火と風のロンド。そのすさまじさに、バーリントンは息を呑んだ。
ブロードのマントの下から現れたのは、銀製の杖だった。円筒形で、指先から肘までくらいの長さしかない。『杖は長ければ長いほどカッコがつく』という生徒たちの風潮に逆らって小ぶりな形状をしていた。
彫刻や刻印といった装飾は一切なく、それもまた魔術師の杖としては異例なものだった。
矢の雨が叩きつけるなか、彼はゆっくりした動きで杖を握った片手を上げた。
マナがブロードの杖の先に吸い寄せられていくのを感じる。まるで宇宙空間に空いていると言う無限の穴のように、貪欲にマナを吸い集めていく。
「こんな大量のマナを集めて消費し切れるのか⁉︎」
バーリントンは我知らず驚愕の声を上げた。
マナは、精霊を呼び起こす。
赤い輝きは火の精霊、緑の輝きは風の精霊の存在をほのめかしている。
並の魔術師が操れるのは一つの元素のみ。
だが、ブロードの杖の先には赤と緑の輝きがうずまいていた。
――これは火と風の混成魔術だ。
冠位魔術師のみが扱える高等魔術――その奇跡をバーリントンははじめて目の当たりにする。
火と風の力が混じり合う。
杖の先端を中心に、膨大な熱と暴風とがひとつに収束する。
バーリントンの頬を熱風がかすめる。
蛮族の潜む樹木を揺さぶる。
魔力のない者たちにもその恐ろしさが分かるのだろう。勇猛果敢で知られた戦士たちも、武器を放棄して逃亡の態勢を取り始めた。
しかし、すでに遅いのだ。
「巻き起こせ、火と風のロンド」
遠くで口にされたはずのその言葉は、なぜかバーリントンの耳にもはっきりと届いた。
ブロードの杖の先から半球状の光が巻き起こった。膨張しつつ、熱風を振りまきながら、あたり一帯に広がった。
「熱っっ!」
アンディゴが目を閉じた。遠くで見ているバーリントンたちの目にも光線が突き刺さってくる。
百の落雷が同時に巻き起こったかのような轟音が鳴り響いた。
バーリントンは、悲鳴をあげて床に伏せたアルマの手を握る。彼女は強く握り返した。
熱波にも負けず、バーリントンは目を閉じぬよう目の前の光景に食い下がった。見届けねばならない。
学友の姿を。
冠位持ちの勇士の姿を。
ブロードの爆発はあたり一体を灰と化した。黒ずんだ焼け野原が、黒ずんだ森が目の前に広がっていた。
二百人もいた蛮族の戦士たちは残らず灰にされ、息をすって吐くほどの間をおかず、塵芥と化して風の中に消えていった。
「魔術ってのはこんなに恐ろしいものなのかい」
アンディゴは声を震わせていた。蛮族の襲撃にも動じなかった男が今や怯えきっている。
「言ったでしょう、彼は例外的」
アルマは丸太敷きの床から起き上がった。
「冠位半月級第五階梯の魔術師。でも、年齢が成人に達していないからそこに留まっているだけ。本来なら最高階位の太陽級にいたっておかしくないひとなんだよ。彼こそ国祖にして偉大なる大魔術師アラバードの生まれ変わりだと思うの!」
再び空からファイアバードが姿を見せた。その頭を地にふせると、ブロードが背にまたがるのを待つ。ブロードを乗せて、ファイアバードは学院のある首都の東へと飛んでいった。
「ファイアバードが奥に潜む蛮族も焼き殺してきたんだろう。これでもうボクたちの任務も終わりだよ」
国境に迫った蛮族は倒された。義勇兵の任務は終わった。
そうか、終わったのか。
あっけないものだ。
バーリントンは思った。
これから長い時間をかけて、うちに帰るのだ。両方の手のひらを広げる。兵士と自分の血で汚れていた。
戦は終わった。これから長い距離をバーリントンは戻ることになる。その後すぐに、ブロードは王より勲章をたまわるのだろう。




