57.溜まり場
いつものたまり場へとやってきた総司と重吾。仲間たちの姿はそこにはない。そして、驚愕の光景を目の当たりにする。
暗闇に沈む倉庫街を二台のバイクが悠々と進む。ヘッドライトが闇を切り裂いた。積まれたコンテナの迷路を抜けて、昔に見捨てられた古い事務棟へとやってくる。事務棟は、ノーザン・エンペラーの溜まり場で、木造の壁には天下統一だとか喧嘩上等だとか落書きで埋め尽くされている。
バイクを降りヘルメットを脱ぐと、総司の頬を海風がなでさすっていった。
「おい、他の連中はどうした? ちゃんと集会の案内は出てるはずだよな?」
「おうよ。グループLINEにメッセージ送ったのお前も見てるだろ」
重吾は、ヘルメットのストラップを外すのに四苦八苦している。肉まんのような手が留め具のありかを求めて首周りを右往左往していた。
事務棟に総司たち以外の姿は見当たらなかった。闇に目が慣れてくると、赤色灯に照らされてアスファルトの地面に黒い液体のようなものが浮かび上がってきた。総司は、それが血液であるかのように幻視した。
腰をかがめ、水たまりに指先を置く。無色透明で、強い臭いを放っている。それは排気口からこぼれ落ちたガソリンの廃液に違いなかった。
「誰かがここに来たのは確実みてえだ」
その時、アスファルトの地面が振動した。微かな揺れだが確実に感じられた。振動は次第に強さを増していく。闇に目を凝らすと、複数台のバイクとその乗り手の輪郭が浮かび上がってきた。
「四尼我弥の連中か。てめえら隠れてやがったな」
総司はにらみつけた。
事務棟前の二人をぐるり囲んでざっと百人程度のバイカーがいた。手にはクローム製のパイプや金属バットが握られている。
「おい、お前らなんでそっち側いるだよ⁉︎」
重吾はすっとんきょうな声を上げた。
二人を囲む輪の一角に、ノーザン・エンペラーの仲間たちがいたのだ。彼らは、総司と重吾に目を合わせなかった。
「裏切りやがったな、この野郎。絶対に許さねえ」
総司は歯列をむき出しにして、仲間だった男たちをにらみつけた。貝のように黙っているそいつらを見ているとますます怒りが燃え盛った。
「やべえよ、この状況」
重吾は唾を飲み込んだ。
「頭のいい選択をしたのさ、こいつらは」
集団の輪の中から一台のバイクが前に進んだ。水牛のごとき巨大なバイクにまたがっているのは、背の高く手足が蜘蛛のように長い男。優男風だが、その目には暗い輝きがあり、カエルを目の前にした蛇のような狡猾さがあった。間違いない、四尼我弥のヘッド・鷲胴豪その人だ。
「おめえ、鷲胴か。たった二人にずいぶんなお迎えじゃねえか。やろってのか? いいよ、お前含めて全員ぶっつぶしてやる」
「そうイキんなよ」鷲胴はほほえみを浮かべた。顔こそ笑ってはいるが、その冷たい目の輝きは消えることはない。「今日は特攻隊も連れてきたんだ。お前らに勝機はねえ。俺はな、選択の余地を与えてえんだよ。寛大なリーダーだからな。もしお前らが考えをあらためて、連合の軍門に下るなら、制裁はやめてやる。それどころか仕事だってくれてやる。うちの地下カジノの床磨きなんかどうだ?」
「抜かせ」
総司は一笑にふした。
「どうだ、重吾、お前そいつと一緒に死にてえか?」
「総司は兄弟みてぇなもんだ。そうやすやすと裏切れるかよ、この野郎」
重吾は声を張り上げた。
「威勢がいいな。そういうのは嫌いじゃないぜ。で、総司はどうなんだよ」
「仕切りやがって、てめえ」総司は地面に唾を吐いた。「お前らなんかにビビる訳ねえだろ。皆殺しにしてやるからかかってきやがれ」
「そうか。好きにしろよ」
鷲胴はバイクの首を後ろに向けて下がっていった。入れ替わりに金属バットを持った男たちが前に進んでくる。貴族のように悠然とした鷲胴の歩みとは裏腹に、そいつらは野犬のような猛烈さで立ち向かってきた。
「うらみ果たすぜ、桜野!」
溶接用のゴーグルをつけた男が叫んだ。どこの誰かは忘れたが、確かどこかのグループで頭を張っていた奴だ。
ゴーグル男はバットを打ち込もうとするが、空振りに終わる。バットのてっぺんが地面に当たって硬い音を立てた。
総司の拳が、ゴーグル男の横っ面をとらえた。男の体は夜のアスファルトの上に沈んだ。すかさず靴の先が男の背中にめり込む。ゴーグル男は動かなくなった。
リーダーが倒されたのを見て、手下らしい奴らが気勢を失い、立ち尽くした。そこに重吾の巨体が襲いかかる。野太い腕が、野太い脚が、手下どもの腕をひしぎ、足をくじく。
「こいつら強え!」
誰かが叫んだ。当たり前だ、俺たちはお前らみたいなザコとは根本からして違うんだよ――総司は心の中で牙を立てた。
「この野郎!」
「殺してやる!」
総司と重吾に気迫で負けじと、次から次へと有象無象が立ち向かってくる。
こんな奴らには構っていられない。片っ端から拳を叩き込んでやった。
総司の目標は、あくまで鷲胴の首級だ。鷲胴はというと奥手の方で優雅にタバコを吹かしている。まるで総司たちの奮闘を肴にでもしているかのように。
――待ってろよ、鷲胴豪!
総司は敵から奪い取ったバットで目の前に立ち塞がるゴミどもを薙ぎ倒した。
対立する暴走族〈四尼我弥〉に囲まれた総司と重吾。百人を相手に奮闘するが……




