54.スーパーマーケット
夕食の食材がないので、異世界から来た魔術師ブロードは、ミリアとスーパーマーケットに出かける。そこで出会った意外な人物とは……。
ウォーター・プルーフのマスカラで彩られたまつげの映える両目が、二玉のキャベツの間を行き来する。ミリアが、売り場に置かれた地場産のキャベツと千葉県産のキャベツとを比較衡量しているのだ。ブロードにしてみれば、その二つの違いはまったくわからない。
「こっちね。こっちのほうが大きい」
そう言って、ミリアは、ブロードのさげ持った買い物かごのなかにキャベツの片方をおさめた。かごのなかにはすでに、ビニール包装されたにんじんともやしとピーマンが入っている。
「ミリアはどう見分けているんだい?」
「重さと見た目と、あとは勘かな。長年家事をやってると分かるようになってくるのよ」
得意げなほほえみを浮かべて、ミリアは言った。
「つぎは、お肉ね。お肉の選び方にもポイントがあるのよ。お肉のコーナーに行きましょ」
ミリアに手を引かれるまま、スーパーマーケットの廊下を歩いた。
夕方の店内は多くの人で混雑していた。会社帰りのスーツ姿、子連れのお母さん。でも、ミリアのように制服姿で買い物をしている学生の姿はほかにはなかった。
バイトが長引いたようで、ミリアが帰宅したころには、居間の丸時計は午後七時を越えていた。冷蔵庫を見たミリアは『食材がない!』と悲鳴に似た声をあげた。そういうわけで、二人で近所のスーパーへと買いにきたのだ。
『付き合わせてゴメンね』などと、眉をひそめつつミリアはそう言ったのだが、ブロードはスーパーマーケットに来るのが嫌いではなかった。
最初来たときは驚いた。
デパートほどではないにしろ、いろいろなものを取り扱っている。食材から文房具から雑誌から洗剤まで。ここに来れば〈凍結世界〉での日用品をひと通り買いあつめることができるのだ。
面白い場所と言えば、コンビニについても興味がつきなかった。概して、スーパーよりも敷地面積こそせまいが、せまいなかにさまざまな物品が詰め込まれている。二十四時間やっているというのも驚きだった。
この世界は夜眠らない。工場は飽き足らずに生産を続け、インターネット上では情報が発信され続け、歓楽街ではシャンパンのふたが毎晩のように開けられる。
その野放図な力の使い方をブロードは嫌いではなかったが、かといえば、そこに暮らす人々は必ずしも幸せそうではなかった。衣食住という必要最低限なものがそろえば、今度はまた足りないものが出てくるのが人間というものなのだ。そこは、ブロードも共感することが多かった。
「豚肉どっちにしようかな」
ミリアは、今度は豚肉のパックを見比べていた。ブロードには、またしても同じものにしか見えなかった。
「ミリアはどう見分けているんだい?」
「それはね……」
などと会話していた最中のことだった。
「ミリアさん!」
男の声ががわって入った。
ミリアの視線のさきに、シャツと黒いズボンの少年が立っていた。察するにミリアの学友のようだが、彼を見た瞬間、ブロードは息をのんだ。長い前髪に、ほっそりした顎。その少年は、故郷の級友のひとり・ジリアードにうり二つだったのである。
「種田くん」
「やあ。尾上さんのニュース聞いた? びっくりしたね」
「ニュース?」
「尾上機械工業が、ロボット事業に乗り出すことを決めたんだってさ。なんでも世界的な技術顧問がついたとかで、すごく期待されている。株価が上がって、創業家の彼女のお家にも少なからず恩恵があるんじゃないかな。麗亜さんは『めちゃくちゃ儲かった』とかなんとか言っていなかった?」
種田はすらすらとしゃべった。その身動きまで似ていたので、ブロードは面食らった。
「ミリアさん、この人は? あ、ウワサの君と同棲しているっていう……」
「同棲って言われるとすごく誤解を生むんですけど!」
あわてた様子で、ミリアは言った。
「ブロードくんっていうんだね。学校じゃ君の噂でもちきりだよ。あの朱子くんが懐いていて、あの麗亜くんは君に愛の告白までしたそうじゃないか。それも納得の美貌だ」
「そんなことはないよ」
こう言わないと、この世界では反感を買ってしまうことを学習していたので、ブロードは心にもないことを言った。
「ミリアさんのことは君にまかせた。それじゃあ」
そう言い残して、種田は去っていった。長い前髪をかきあげて。
「種田くんったら、変なこというんだから……」
ミリアは顔を真っ赤にして言った。
「それにしてもロボットか」
「すごい会社なのよ。こうしてるとふつうに見えるけど、麗亜ってスゴいお嬢様なんだから」
ミリアは腕時計を見た。
「あ、遅くなっちゃうね。早く帰って、焼きそばつくらないと!」
尾上機械工業がロボット事業に乗り出すというニュースをもたらして去っていった種田。故郷の友人に激似という不思議な現実を噛みしめるブロードであった。




