49.学友
異世界へと降り立った魔術師ブロードの故郷・アラバード国では、クラスメイトたちが彼の身を案じていた。
芋を盛った大皿が、バーリントンのところに回ってきた。自分の皿に五個の芋を取ると、バーリントンは次の相手に渡したが、次の相手は、自分の皿をよそうことなく次の相手に渡した。
「アルマ、食べなきゃ体に触るよ。このところ食が細いぞ。食欲をロスアルドと競った以前の君はどこに行った?」
バーリントンは、自分の芋を二つばかりアルマの皿に置いた。
「ボクのことなら構わないでいてくれ。本当に食欲がないんだ」
バーリントンの方へ、アルマは皿を押し退けた。
「何か食べないと。ボイド先生も言っていただろ。芋類は、マナの運用効率を上昇させる魔術師に最適の食品だって」
「下らないよ。そんなの迷信。食べ物で魔術が上達するならロスアルドは今頃太陽級になってるよ」
松材のテーブルの上、アルマは頬杖をついた。うるおいの消えた瞳は、教室の天井に向けられている。きっと天井の向こうの空とそのまた向こうの異世界とに、思いをはせているのだろう。
「何? 今僕の話をした?」芋を頬張りながらロスアルドが言った。「それ残ってるの? もらってもいい?」
「どうぞ」
アルマが言った。
「ありがとう」ロスアルドは皿へ伸ばした手を途中で止めた。「昨日は君から豆を分けてもらった。その前はニシンをもらった。もらってばかりじゃないか。君は食べないのか?」
「いらないよ」
「しかし、食べなくては死んでしまうぞ。人間三日飯を食わないと死ぬという」
「じゃあボクは死人か?」
アルマは苦笑した。
「死にたい奴は死ねばよいのだ。誰も止めはしない」
別の手が伸びてきて、アルマの芋を全てかっさらっていった。
「おいジリアード、君にやるとは言ってないけど」
アルマはにらみつけた。
ジリアードは芋をかじった。
「ゆでた芋というのは、しかし、あまりうまいものではないな。故郷の油で揚げた芋を、君たちにも味あわせてあげたいよ」
「芋を油で揚げるだって? 気持ち悪っ。そんなものベタベタして絶対おいしくないね。田舎料理だ」
ロスアルドはべっと舌を出した。
「貴族様の舌には合わんだろうな、あのうまさは」
口角を上げて笑った後、ジリアードはバーリントンに視線を合わせた。
「なあクラスリーダー、何か言いたげなクラスメイトに、何が言いたいのかをたずねてあげるのも、クラスリーダーの務めと思うが君はどう考えるかね」
「ぼ、ボクは別に」
渦中の人物――アルマは口をとがらせた。
「アルマ、何か思い悩んでいることがあるのなら聞かせてくれるかな」
バーリントンはたずねた。
「もう一年だよ。みんななんとも思わないの?」
長い沈黙の後で、アルマは言った。
「そうか分かった。きょうは君の誕生日なんだな。すまない、忘れていた!」
ロスアルドは言った。
「違うよ! あと一ヶ月先だ! ブロードが異世界遊行に発ってから一年なんだ。一年なんだよロスアルド!」
アルマは、長い髪を振り乱して、首を左右にふった。
「あ、そうか。ブロードが。あれから一年が経つのか」
バーリントンは、あの夜のことを思い出す。夜中突然巨狼に乗り付けて、異世界への扉へとやってきたブロード。バーリントンは止めようもなく送り出した。あの時から、命綱であるアンカーの指輪を片時も離さずつけているが、反応はない。
バーリントンは、ギリアンとミリアとの結婚式に出席した。ミリアの友人としてだ。幸せな空間ではあったが、威厳あるレイダリアンもその妻もどこか悲しげだった。
「君たち少し冷たくないか? 彼からはなんの音沙汰もないのに」
アルマはうつむき、とうとう涙をこぼしてしまった。
「彼がいなくては蛮族討伐もままならない。王国にとっても痛手だよ」
「確かにそうだ。あの遠征の時の勇姿。すごかったものなあ。ファイアバードに乗って、巨大な爆発を巻き起こし、蛮族どもをこっぱみじんにしたんだ。彼があのまま戦ってたら蛮族は今ごろ死に絶えていただろうね」
夢見るような口調で、ロスアルドが言った。
「あれは確かにすごかった」
初めて目にした混成魔術。召喚獣。それはあたり一体に大破壊をもたらした。あれだけの使い手が、例え異世界であろうと消息を断つということが、あり得るのだろうか? そう思うと、ブロードがまだ生きて旅をしていることに希望が持ててくる。
「あれは確かに蛮族戦線に決定的な変化をもたらした。蛮族はあれから自らの境界内に留まり、王国領に入って来なくなったというじゃないか」
ジリアードが言った。
「だが、斥候によると、奴らはなぜだか戦うのをやめて深い山に分け入り、何かを採掘するのに夢中だという。真っ向から攻め込まれるのとはまた違って、別の面倒な戦況をもたらしたな」
「また水を差すようなことを言うんだから」
ロスアルドがため息をついた。
「やつらは血迷っているだけだよ。あとは王国の精鋭たちで野山を分け行って蛮族をつぶすだけでよくなった。これはブロードの戦績と言えるよ」
「これまで王国の戦士たちが――」
「もうやめてくれよ。今はブロードの話をしているんだよ」アルマがピシャリといった。「バーリントン、今日も彼からの反応は?」
「ないな」
バーリントンは伏目がちに言った。
「これだけの期間なんの音沙汰もないなんて心配だよ。彼が目標だったんだ。彼がいないとボクは」
アルマはまた顔を伏せた。
「僕だってそうだよ。彼が死んだとは思いたくない。ジリアード、君は清々したとでも思っているんだろうが」
ロスアルドが言った。
「ふん」
ジリアードは、大皿に手を伸ばして芋を取るとボリボリと食べ始めた。普段の彼は、これほど大食いではなかったはずだ。
「勝手に決めつけるな。僕にとっても彼は目標だった。君たちは笑うだろうが、彼を超えることが僕の夢なんだ――笑ったな、ロスアルド君。でもそうやって高い目標をかかげた甲斐あってバーリントン、アルマに続いて三番目に新月級の冠位持ちになれたんだ」
ジリアードは、胸の新月を象ったバッヂを誇示する。ブロンズでできた半球状の細工品である。アルマもバーリントンも持っている。ジリアードは努力家で、平民からここまで這い上がったのだ。それもひとえにブロードに執念を燃やしていたからなのだ。
「というわけで、僕は僕なりに彼を思っていることを理解してほしい。それにしても冠位持ちの魔術師たちよ。冠位持ちらしく行動したらどうか? なげき悲しんでいる暇があったら、己の修練に向かって邁進したらよい。それが魔術師の、特に冠位持ちの試練だろう」
「その通りだ。君のことは好きじゃないけれど、君の言ってることは正しい」アルマは言った。大皿から芋をとって丸ごと口に含む。「早速修行だ、行こう。ロスアルド」
アルマとロスアルドは食堂を後にした。タイル張りの廊下を闊歩し、修練場のある校庭へと向かっていった。
「ところで、クラスリーダー殿、友人を激励するのは君の仕事ではないかと思うのだが?」
「その通りだ。不甲斐ない話だ」
「君もブロードの不在によほど堪えているようだな」
ジリアードはくっくっと笑った。
「そんなことはない」
「そうか? そう言い張りたいのならその指輪をながめたり、なでさすったりするのはやめた方がいいな」
指摘の通り、バーリントンの指は、命綱である指輪の宝石の上にあった。顔が赤くなる。
「認めるよ。僕も相当に参ってる。彼が心配でならないんだ」
「僕らにできることは」ジリアードは言った。「信じて待つことだけ。それだけだ。さて、食事はここまでにして我々も午後の修練に向かおうじゃないか。え、クラスリーダー殿よ」
ジリアードは席を立った。バーリントンも後に続く。修練場に向かう道中何度か指輪に触れていた。気が付かぬうちに。
ブロードよ、君は見知らぬ異国の国で元気にしているだろうか。今何をしているのだろうか。もし叶うのなら連絡が欲しい、わが友よ。
ブロードの友人バーリントンは、友人へと思いを馳せる。彼は今どこで何をしているのだろうか?




