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凍結世界の無能力魔術師  作者: 馬村ありん
第三章 無能力魔術師
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48.魔術師

穏やかな夜を過ごしていると、ミリアがやってくる。和やかな雰囲気の中、ブロードは自分が魔術師であることを明かす。

 星のきれいな夜だった。雲ひとつなく澄んだ空の中で星々がさえざえときらめいている。ブロードにとってはこの世界の星座をひとつも知らないのがもどかしかった――あとでインターネットで調べてみよう。夜はあたたかく、半袖でも過ごせそうだった。ベランダに出て川を見つめる。故郷のものとはまるで違う細い川を。

 コーラの缶を開けて飲む。いつ飲んでもうまい。ミリアからは太るから飲みすぎるなと言われた。酒だって飲みすぎると腹を病む。うまいものがそれなりの代償を求めるのは、世界が変わっても変わらないようだ。

 ベランダに誰か入ってきた。ミリアだった。ブロードにほほえみかけてきたので、ブロードはほほみ返した。ミリアは風呂から上がったばかりらしく、バスタオルで乾燥させた髪からは、シャンプーの甘い匂いが立ち昇ってきた。ほおは熱で蒸気しており、外見を幼く見せていた。


「今日、朱子と麗亜が押しかけてきたんだって? 迷惑かけたでしょ、ごめんね。あの子たち好奇心旺盛(おうせい)だから、すぐこういうことしちゃうの」

「とても楽しかった。彼女たちはいい人だ。僕たちは友達になった」

「友だち? そうなんだ。よかったね」

 それから、ミリアはくすっと笑った。

「聞いたよ。告白してきた麗亜を秒でフッたんだって? 惜しいことをしたよ。彼女は尾上機械工業の創業家のお嬢様なんだから」

「それはなに?」

「ロボットとかを作ってる会社だよ。日本でも有数の企業なんだ」

 ロボットのことは動画を見て知っていた。人間に代わってさまざまな仕事をする機械のことだ。自動人形(オートマタ)は、ブロードの世界にもあったが、最後に魔力を込める必要があったので機械とは言わない。ロボットは魔力ではなく電力を使う。凍結世界人は魔力なしで電力を自在に操る。


「僕の実家も金持ちだ」

「そうなの? じゃあわたしもブロードくんを狙っちゃおうかな」

「本当か?」

 ブロードは両目を見開いた。

「冗談だってば!」

 ミリアは顔を見て真っ赤にする。

 沈黙が続いた。二人で空を、川を、河岸を見ていた。今しかないと思った。自分を紹介するだけのボキャブラリーが自分の中にたまっていた――今ならこの世界の言葉で自分が何者かを伝えることができる。


「ねえ、ミリア。僕のことを話す。いい?」

「うん」

 ミリアの瞳は、夜の星をはね返してキラキラ光っていた。

「僕は魔術師なんだ。異世界にあるアラバード国というところから異世界を学びに来た」

 ミリアはしばらく黙っていた。

「なんかすごい話だね、ブロードくん。異世界? 魔術師? それってどういうこと? どこにあるの?」

「どこにあるのかを答えるのは難しい。でも遠くにある。そこでは皆魔術を使う。この世界の人たちが機械を使う代わりに」

「魔術かあ。素敵だね」

 ミリアの表情は何一つ変わらない。穏やかなままだ。


「ブロードくんはどんな魔術を使うの?」

「色んなことができる。空を飛べる。火を操る。雷を起こす。でもここではできない。ここでは、魔術の源となるマナが凍結しているからなんだ」

「残念だね。私も使えたらな。楽しいだろうな」

「君には素質がある。凍結したマナを動かすことができるんだ。君は気づいていないだろうが」

「私が? その何とかってやつを? そうなの?」

「ああ。僕の世界で君が魔術を習ったらすごい魔術師になるだろう」

「そうなったら私も空飛べちゃったりするの?」

「ああ、きっとできる」

 花の匂いを含んだあたたかな夜風が二人の間を通り抜けていった。遠い街の残照(ざんしょう)に照らされて川面(かわも)がキラキラと浮かび上がっている。ミリアは凍結世界の人だ。魔術とは縁遠い人なのだ。


「僕の話を信じてくれるの?」

「魔術や異世界なんて私の想像をはるかに超える話だからね。正直当惑するところもなくはないの。でもね、その話にうなずけちゃうところもある。だって、ブロードくんがそこから来たんだって思えばなんだか納得できちゃう。ともかく、ブロードくんがそう信じているってことを、私は信じているよ」

 ブロードは、このままもう一度魔術で飛べるのではないかと思った。全身が軽くなった。身体中をがんじがらめにしていた鎖が全て解けた感覚。ミリアに拒絶されるのではないかと怖かったのだ。ミリアは拒絶しなかった。信じると言ってくれた。

「ありがとう」

 ブロードは言った。


 ミリアは笑って、

「北海道の五月の寒さって(あなど)れないんだよ。今日はあたたかいけどこのままいたら風邪引いちゃう。部屋に戻ろう。ミルクを温めるよ」

 ミリアが言うように寒くはなかった。ミリアが立ち去った後も、心は熱を帯びていた。


 足が床から離れていると気づいたのはそれからまもなくのことだった――僕は宙に浮いている。比喩(ひゆ)じゃなく。板敷きの床から五センチメートルくらいの高さにいる。

 間違いなくブロードはマナに影響を及ぼした。凍結したマナを使った。

「魔術が使えるのか⁉︎」

 その直後、両足が地面に落ちた。

「なんだったんだ、今のは!?」


知らぬ間に凍結マナを行使していたことに驚愕するブロード。彼は「魔術師に」もどれるのか?

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